事件
夜中にふと人の気配を感じて目をそっと開く。誰かが明らかに部屋に入ってきている気配がする。どくどくと自分の心臓が早鐘を打つのがわかった。だれだ、と思っているといきなり人がのしかかってきた。
暗闇で誰がのしかかってきているのかもわからない。どうしよう、誰か、と思っていると紐で手を縛られる。
「あんた、浄化ができるんだろ?いくらになるんだろうな」
その声に聞き覚えがあった。村長の息子だ。浄化ができるなんて一言も言っていないのに、どうして、と思っているといきなり部屋の扉が開かれる。ランタンの光で照らされたそこには、ギリウス王子がいた。
目があって顔が顰められる。私が助けを求める前にギリウス王子が私の上に乗っている人間を蹴り飛ばした。ぐえっという声がして、そのままランタンが村長の息子の頭に振り下ろされる。あれは痛そうだ、と思っていると扉から王太子殿下が入ってきた。
「フューイ!」
王太子殿下は私を見て、それからギリウス王子と村長の息子を見る。それでだいたい状況を察したらしい。腰に下げていた剣の柄に手をかけてそれを引き抜く。
なぜかだめだと思ってしまった。慌てて寝台から起きあがろうと身を捩ると、ギリウス王子が近寄ってきて紐を解いてくれる。
声を出そうとするけど、声が出ない。私の様子に、王太子殿下が村長の息子の首に剣を当てた。
「どうせ打首だ。ここで死ね」
聞いたことのない冷たい声だった。ギリウス王子は私の紐を解いてくれると、自分の上着を私にかけてくれる。その優しさにぼろりと涙がこぼれた。次から次へと涙は溢れて、それにギリウス王子は何も言わなかった。
「兄上、部屋が汚れる。外に連れて行ってくれ」
ギリウス王子がそう言って私はなんとか止めなければ、と思った。なぜそうおもうのかはわからない。これが聖女の心なんだろうか。心の中がぐちゃぐちゃで、何も言えない。王太子殿下が村長の息子を蹴り飛ばして部屋の外に連れていくためか襟首を掴んだ。そこにバタバタという足音が聞こえて、入ってきたのは村長だった。
村長は泣いている私を見て、それから王太子殿下とギリウス王子を見て、そして自分の息子を見た。
「おまえ、おまえ、おまえは!!!!!」
村長がそう言って息子の方へ近寄り、息子のことを殴った。そしてすぐに額を床に擦り付ける。
「お許しください」
その震える声に、どうにか寝台から立ちあがろうとするけれど、足がいうことをきかない。王太子殿下を止めなければ、と思うのにどうにもならない。
「お前は何もしなくていい」
ギリウス王子の声が優しく響く。でも、と思っていると王太子殿下が大きく息を吐いた。
「警備兵を」
王太子殿下がそう言って村長が弾かれたように立ち上がる。王太子殿下はしゃがみ込むと村長の息子と視線を合わせた。
「誰に聞いた」
「な、なにを」
「わかっているだろう。誰に聞いた」
「浄化の力を、つかえそうなのはこいつだとおもっただけだ」
「それだけか」
「女なら、高く売れる」
王太子殿下がそれを聞いて立ち上がり、思い切り村長の息子の顔を蹴り飛ばす。村長の息子は床に倒れて、ほどなくして警備兵が到着した。
「王族に対する罪だ。打首にしろ」
王太子殿下がそれだけ言うと、警備兵は無言で村長の息子を連れて行った。私はまだ泣いていた。
「フューイ」
王太子殿下が静かに名前を呼んでくれる。どうしていいか分からずにその顔を見ると困ったような痛そうな顔をしていた。それに顔を俯けて額を膝に押し当てる。なんとなくリャト王子がいなくてよかったと思った。
私はそのまま泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。目を覚ますと隣のベッドに王太子殿下とギリウス王子が狭そうに眠っていて笑ってしまった。
昨日のことを思い出すとまた怖くなってシーツを握りしめる。もしもギリウス王子が来てくれなかったらと思うとぞっとした。なんとなく魔力が回復しているのか確かめたくて力を込めると、淡く光るだけだった。
やっぱり熟睡はできなかったらしい。
パタリと寝台に倒れ込んで目を擦る。二人がいてくれるならもう少し眠ってみようか、と思っているとコンコンと部屋の扉がノックされた。
誰だろう、と思うけれど扉を開ける気になれない。そうしていると隣のベッドから王太子殿下とギリウス王子が起き上がってきた。
「起きたか」
王太子殿下が優しく微笑む。二人とも心配をしてここで眠ってくれたんだろう。悪いことをしたな、と思った。王太子殿下がノックに気づいて外に出る。
そこにいたのはマーロ様だった。マーロ様は私の部屋の中を見ずにすぐに応対足殿下を連れてどこかへいってしまった。扉がしまって部屋の中には沈黙が落ちる。ため息をついて額を膝に乗せると、頭痛がしてきた。
体の怪我は治すことができる。でも心が傷を負うと厄介だな、と思った。義しりと音がして寝台が軋む。顔を上げると近くにギリウス王子がいて、しかめっつらのまま手を伸ばしてくる。何をするのだろうと思ってみていると、ぎこちなく頭を撫でられた。
「…撫でるの下手くそですね」
そう言って額を膝に乗せる。その不器用な優しさがありがたくて仕方なかった。




