家族を思う
急いで廊下を走り抜けて王太子殿下の部屋の扉をどんどんと叩いた。王太子殿下に話がある。どうぞ、と言われる前に扉を開けると、王太子殿下は書類を睨みつけていた。今はそんなことどうでもいい。
「どういうことですか!」
「来ると思っていた」
王太子殿下がそう言って書類を机に置く。私が怒っている理由は承知しているらしい。
「テスを騎士団に入れる手続きを勝手にしましたね!」
「勝手というには語弊がある。テスに頼まれたんだ」
「頼まれたからって」
私が怒っている理由はそれだ。テスを騎士団に入れる手続きが済んでいることを知ったからだ。きっかけはニールの漏らした一言だった。テス様も来週から訓練に参加するそうですよ、とにこやかに言ったニールに何それどういうことですか、と問い詰めてことの詳細がわかった。
「フューイ、テスの希望だ」
「テスの希望でも納得できません。騎士団の仕事は危険がつきものです」
「テスはよく動ける。訓練を積めば立派な騎士になる」
「だからって」
「フューイ」
王太子殿下が私の名前を呼ぶ。それでも納得できなかった。私の弟が騎士団に入るなんて。お金は私が稼いでくるから、お母さんとテスはゆっくりしていればいいと本気で思っていたのに。
「お母さんが侍女になる手続きもしましたね」
「本人の希望だ」
お母さんは王太子殿下付きの侍女になった。ニールが侍女服を着たお母さんを連れてきた時は驚きすぎて固まってしまった。何もしないというのは性に合わなくて、と笑うお母さんに複雑な気持ちになった。
「フューイ、家族を守りたい気持ちはわかるが、それと何もさせないことは違うだろう。家族にも家族の人生がある」
たしなめられるようにそう言われて、ふん!と鼻を鳴らしてしまう。二人に幸せになってもらいたいと思うことの何がいけないんだ、と王太子殿下の部屋から出ると、そこにはお母さんがニコニコと笑いながら立っていた。
「フューイ、お茶にしましょう。休憩をもらったから」
「うん」
お母さんについて歩いていくと私の部屋に着いた。部屋の中のテーブルにはもうすでに飲み物と軽食が準備されていた。椅子に座るとお母さんがその向かいに座る。
「テスのこと、言わなくてごめんね。きっと反対すると思って」
「そりゃするよ。アルルでは魔物が出るんだよ。騎士団に入ったりなんかしたら、その魔物と戦うことになる」
「でも、あの子の夢だったの。家族を守れるようになりたいって」
その言葉を聞いて言葉を失ってしまう。そうか、私が二人を守りたいと思っていたようにテスも思ってくれていたのか。
「騎士団に入ることをフューイに言わなかったのはいえば反対するし、心配すると思ったからよ」
「…」
「テスにも守らせてあげて。それにいざとなればフューイ、あなたがいるわ」
「お母さん」
「あなた一人で頑張ることじゃないのよ。みんなで頑張りたいの」
そう言ってお母さんが手を伸ばして私の手を取った。温かい。二人を守れればそれでいいと思っていたけれど、違っていたみたいだ。ため息をついて、お母さんに微笑みかける。
「わかった。でもなるべく安全なところに派遣してもらえるように言ってみる」
「フューイ」
お母さんが呆れたような顔をする。それに頻繁に騎士団には顔を出してテスの様子を伺おう。騎士団で怪我をした騎士を治してあげれば、邪魔だと言われることはないだろう。
「ルリアート様には感謝しているわ。仕事を与えてもらった」
「お母さんが侍女をしなくてもいいのに」
「言ったでしょう。じっとしているのは性に合わないわ」
お母さんの言葉に渋々と頷く。お母さんが私の手を離して飲み物を飲む。部屋には朝の日差しが差し込んできていて温かい。
「フューイ、今日は浄化の日でしょう?」
「うん、もうすぐ王太子殿下と出るよ」
「じゃあ、その時ちゃんと謝っておいてね」
私が王太子殿下に何を言ったかもお見通しらしい。そう言われて何も言わずに頷いておいた。
「まだ怒っているのか」
「…」
お母さんにそう言われたのになかなか素直に謝れないのは、やっぱりテスが騎士団に入ったことに納得できていないからだ。騎士団に入ればブラクニやサーヴィーと戦わなければならない。
死んでしまったらどうしよう、とそればかりを考えてしまう。
「テスは前から入りたかったそうだぞ」
「…優しい子です。戦いに向くとは思えません」
「俺も優しいんだがな」
そう言って王太子殿下が笑った気配がした。ブラクニが死んだ場所は黒くなっていて、そこら一帯に人が入らないように紐が結びつけられていた。その紐をくぐって中に入る。
「力を当ててみます。下がっていてください」
「たのんだ」
報酬は成功したら30サルー貰えるということだった。一回につき30サルーは破格の値段だ。嬉しくなって両手を地面についた。私が地面についた両手の位置から段々黒いものがなくなっていく。エルム様がおお、と声を上げるのがわかった。
「もう少し」
呟いて砂糖菓子を口に含む。そこから一気に出力が上がって数分もしないうちに黒い場所は綺麗になった。
「見事だな」
「よかったです。力が効いて」
「我が国にはありがたい存在だ。明日、サーヴィーの場所の浄化も頼めるか」
「…サーヴィーの場所の浄化のお金は結構です。…その代わり、どうかテスをよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。王太子殿下は騎士団と仲がいい。きっと配慮してくれるだろう。
「わかった」
「そして当たってすみませんでした」
もう一度頭を下げ直すと、王太子殿下が笑った気配がした。気の良い方だ。許してくれるだろう。
「お前は家族思いだな」
「王太子殿下こそ」
そう言うと王太子殿下がポカンとした顔をした。そしてそのあと笑い出す。王陛下とよく似ている笑い声だった。
「ギリウスのことか」
「そうです。まさかあんなことで許されるなんて」
そう言って呆れた顔をしてしまう。ギリウス王子の罰は始まったばかりだ。




