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呪われ王子と金次第聖女※第一章完結  作者: まる
第一章

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彼女の罪


シュヴァリ王太子殿下の屋敷は思っていたよりも小さかった。この屋敷を王族のものだと思う人は少ないだろう。それでも隅々までよく手入れされているのがわかった。階段の手すりは艶々と輝いていて、至るところに花が飾られている。


出迎えてくれた侍女たちは私たちを見て驚くこともなく、微笑んで受け入れてくれた。いい侍女を雇っていると言うことは、この屋敷の主がいい人だということだ。


シュヴァリ王太子殿下は私たちのことをサロンへと案内してくれた。エルム様が私は警護がありますので、とサロンの扉の前で立ち止まると、ルリアート王太子殿下がその肩をポンと叩いた。


サロンへ入ったのは私とシュヴァリ王太子殿下、それにルリアート王太子殿下の三人だけだった。


「シュヴァリ王太子殿下、なぜ私は聖女の力を使えるのでしょうか」


余計なことを聞かれたくなければ、自分からしゃべるしかない。シュヴァリ王太子殿下が椅子に座ると同時にそう問うと、シュヴァリ王太子殿下が椅子の肘置きに肘をついて、考え込む。


「聖女の力をなぜフューイが使えるかなんて考えたことがなかったな。聖女の力は建国からそういうものだと思っていた」

「建国からですか」

「ああ、建国史を知っているだろう」


当然のような顔でそう言ってくるシュヴァリ王太子殿下は、私の頭にも建国史が入っていると思っているようだった。


「建国史ですか」

「勉強しただろう」

「しました。でもあまり覚えていません」


正直に答えると、シュヴァリ王太子殿下が優しく微笑んでくれる。これは嫌味な微笑みでも裏がある微笑みでもない。彼は私のことを困った子どものように扱う時があった。それが王族の余裕なのかもしれない。


「ライアス王国は元々は不浄の土地だった。その土地に途方に暮れていた人々が神に祈ると、女神ティアの使いの聖女が現れて土地を浄化してくれた。そしてできた国だとされている」


そうだ。そういえばそうだった。だからこそ、聖女の力は王家と共になければならないと教えられた気がする。あんまりにも覚えることが多すぎてすっかり忘れていた。


「女神ティアの使いの聖女の名前はわかっていますか」

「それは記されていないな」

「そうですか」


女神ティアの使いの聖女。突如として現れたその聖女が不浄の土地を浄化して与えたのが王族だとされている。


アルル王国は勇者カリアスが魔王を倒してできた国だ。その時に一緒に倒したとされるのが勇者シュルベル。カリアスが呪いを受けても、その呪いを抑え込むことができたとされている。そのシュルベルと同じ力が私の聖女の力だ。


女神ティアは魔法使いシュルベルに力を与えたと考えて間違い無いだろう。ライアス王国に現れた最初の聖女、建国史に出てくる聖女は、魔法使いシュルベルだったのか、それともまた別の聖女なのか。

もし魔法使いシュルベルが最初の聖女だとしたら、ライアスに残っている最初の聖女の伝説を調べることが魔王の呪いを解くことにつながるかもしれない。


「待て、不浄の土地を浄化したのか?」


私が沈黙していると、ルリアート王太子殿下がそう言った。不浄の土地を浄化したと今言ったではないか、と思いながらそっちを見ると、ルリアート王太子殿下が私のことを見た。


「フューイ、できるんじゃないか」

「何をですか」

「不浄の土地の浄化だ」


その言葉にハッとする。ブラクニが死んだ後の土地、サーヴィーが死んだ後の土地。不浄だとされていた土地の浄化のことを言っているのだと気づいた。


「できるかもしれません。力が戻ればですが」


私の力が戻ったことをシュヴァリ王太子殿下に知られるのはまずい。そう思って付け足すと、ルリアート王太子殿下も気づいたのか頷くだけにとどめてくれた。


「フューイ、力は」

「まだ戻っていません」

「そうか」


シュヴァリ王太子殿下が悲しそうな顔をした。そんなに悲しそうな顔をしなくても力が使えなくなったというのも今も力が使えないというのも大嘘だ。

でもここで力が使えるようになりました、と正直に言うつもりはない。それこそこのままライアスに留まって、という話になりかねない。


「そんな顔をしないでください。私はアルルで幸せに暮らしております」

「本当かい」

「本当です」


強く頷いて見せると、シュヴァリ王太子殿下の顔が少し普通になった。嘘をついている罪悪感はあるけれど、正直に言う気にはなれない。

シュヴァリ王太子殿下はいい人だけれど弱すぎる。また貴族に突き上げられたら、平気で私を非難するだろう。絶対に許さないと思うほど恨んではいないが。信用する気にはなれない。


「最初の聖女の記録というのは残っているのでしょうか」


そう尋ねるとシュヴァリ王太子殿下は少し考えてからすぐに答えてくれた。


「大教会に最初の聖女の手記があったはずだよ」


それを聞いて嫌そうな顔をするのを隠すことができなかった。大教会からは私が力を使えなくなったと嘘をつき始めてからすぐに、大教会への立ち入りを禁止されている。その顔を見たシュヴァリ王太子殿下が手元のベルを鳴らす。


ベルが鳴らされてすぐに扉が控えめにノックされた。シュヴァリ王太子殿下が入れ、というと一人の執事が入ってきた。壮年の執事は私たちの姿に驚いた様子を見せることもなかった。その代わり私たちに対して綺麗にお辞儀をしてからシュヴァリ王太子殿下の近くに歩みよる。


それに対してシュヴァリ王太子殿下は何かを言いつけて、すぐに執事は出ていってしまう。あっけに取られてその光景を見ていると、シュヴァリ王太子殿下が私に向かって微笑んでくれる。


「大教会から手記を取り寄せられないか聞いてみよう」

「助かります。大教会には立ち入り禁止になっているので」


聖女の力が使えないとは、もはや聖女ともいえまい、と言った大司教様の言葉を覚えている。力を使えないとなれば女神ティアに祈ることも烏滸がましい。きっと女神ティアがお怒りになって力を奪ったのだと言われた。懐かしく思い出していると、シュヴァリ王太子殿下が床を見つめていることに気づいた。


私が大教会に立ち入り禁止になったことを自分のせいとでも思っているのかもしれない。そんなこと絶対にないのに。


「疲れたので休ませていただいてもいいでしょうか。できれば朝ごはんをいただけると嬉しいです」


私の言葉に驚いた顔をしたシュヴァリ王太子殿下はすぐにきを取り直してああ、と頷いてくれた。


「朝ごはんは部屋に届けるようにしよう。疲れているだろう」

「お気遣い痛み入ります」


そう頭を下げてから顔をあげると、シュヴァリ王太子殿下が泣きそうな顔をしているように見えた。この方にも色々あるのだろう。私が慮ることでは、もうない。


「部屋を案内させよう」

「ありがとうございます」


シュヴァリ王太子殿下がそう言ってベルを鳴らすと、サロンの扉が控えめにノックされた。外に出ると侍女たちが控えてくれていた。案内に続いて部屋に入るとき、ルリアート王太子殿下をチラリと見る。エルム様と一緒だから大丈夫だろう。


「王太子殿下、それではまた」


それだけ言って部屋に入る。手に持っていたマントを椅子にかけて、侍女から部屋の説明を受ける。


侍女はゆっくりとお過ごしください、と頭を下げてから出ていった。

扉が閉められた途端寝台に倒れ込む。私はいいとしてもルリアート王太子殿下とエルム様はゆっくり休まなければならないだろう。


お母さんとテスは無事だろうか。意図して考えないようにしていたけれど、酷い目に遭っていないといい。ルリアート王太子殿下が到着するまで殺したりはしないだろう。酷い怪我でも私が治せる。とりあえず、勝てるように心身を整えていかなければならない。


体を丸く縮こませて小さく息をつく。自分で思っているよりも怖がっている。無事で居ますように、と祈りを捧げるしかなかった。

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