その価値は
王太子殿下は私が目を覚ました後、すぐに出かけられたらしい。サーヴィーの討伐は一刻を争うだろうに、私が目を覚ますまではいてくれたんだろう。
なんというか義理堅い方だ。あのあと、食事をとってからお風呂に入り、ゆっくりとまた眠ったおかげで、次の日には魔力は完全に近い量にまで回復していた。
良かった良かった、と思いながらも不思議に思ったことがある。魔力の量が僅かではあるが増えている。魔力切れを起こすまで魔力を使っても、前は増えることはなかった。
アルルとよっぽど相性がいいのかな、と思いながら朝食を食べていると、にわかに外が騒がしくなった。
なんだなんだ、と思いながらもベッドの下に隠れようとはしない。こないだ隠れてすぐに出てきた経験があるからだ。
扉を少しだけ開けて外を伺おうとすると、その瞬間、必死な声が聞こえてきた。
「お止まりください、ここは王太子殿下の居住でございます」
「何を言うか、侍女風情が」
何その言い方、と思いながら廊下に出ると、ギリウス王子とその家臣たちが廊下に並んでいた。それを必死に止めようとしていたのはニールだ。
まずい。私、出てきちゃいけなかったかもしれない、と思ってギリウス王子を見ると、私を見つけた瞬間、口角が意地悪く吊り上がった。
「女、お前だ、こっちに来い」
「フューイ様」
「邪魔だ」
必死に止めようとしていたニールのことをギリウス王子が足で蹴った。それを見た瞬間、こいつのことは何があっても治さないと心に誓う。
慌ててニールのところに駆け寄って、倒れたニールを抱き起こすと、ギリウス王子が私のことも蹴った。こいつ本当になんなんだ。
その蹴りを無視して、ニールの足に力を当てる。淡く漏れでる光が辺りをそっと照らす。それを見た家臣たちがおお、と声を漏らすのが聞こえた。全員くたばってしまえ、と心の中で呪う。
「女、癒しの力があると言うのは本当のようだな」
その言葉に反応せず、ニールを下がらせるために廊下を歩き出すと、後ろから腰を蹴られて、前に倒れ込んでしまう。
前に倒れ込んだ時についた両手が痛い。ニールが悲鳴を上げるのが聞こえて、舌打ちをしながら立ち上がる。こんなことで屈服させられると思うのなら一生やればいい。
「ニール、下がってて」
「ですが」
「大丈夫だから」
私がニールに微笑みかけると、ニールが悲痛な表情をして走り出す。そうだそうやって隠れていてくれればいい。
「不敬も大概にしろよ、女」
「大変申し訳ございません。ここではギリウス様がお疲れになってしまいますでしょうから、サロンへどうぞ」
そう言ってサロンの方向を指し示すと、ギリウス王子はふん、と鼻で言って歩き始める。心の中でありったけの言葉で呪いながらその後ろをついていく。
やっぱり厄介なことになった。兵士たちを治療することで一番気にかかったのは、私の力がこのギリウス王子に知られることだ。
何をしてくるかわかったものではない。サロンの扉を家臣が開けて、ギリウス王子は部屋に入っていく。扉くらい自分で開けろよ、と思いながら部屋に入る。
「女、俺の指を治せ」
「指でございますか」
サロンの椅子に座るや否やギリウス王子がそう言って指を突き出してくる。その指をジロジロと見ても怪我をしている箇所は見当たらない。怪我をしていない指は治せない。
「見えないのか、ここに傷があるだろう。顔だけではなく目も悪いのか」
そう言われてもう一度指をジロジロと見ると、確かに僅かな切り傷があった。こう言う感じ、とっても懐かしい。ライアスではこんな怪我ばかり治させられた。
「申し訳ございません。力は一日に一回しか使えないのです」
大嘘だ。けれど嘘でもバレないだろうという確信があった。私の能力について知っていることは大雑把なことだけだろう。癒しの力があるらしいという情報だけ。
ギリウス王子が兵士の駐屯地へわざわざ出向くとは思えない。きっと彼の家臣が誰かから聞いたことの又聞きだ。
「真か」
「真でございます」
本当に申し訳なさそうにそう言うと、椅子に座ったまま手招きをされた。またどうせどっか蹴るつもりだろうと思いながら近づいて行くと、腕を引っ張られてギリウス王子の上に倒れこむ形になった。
驚いていると上を向かされて、ギリウス王子と至近距離で見つめ合う形になる。王太子殿下と同じ青の瞳。けれどギリウス王子の方が青が薄い。
「嘘をつけば殺すぞ」
「ご随意に」
殺したければ殺してみろ、という気持ちを込めて微笑むとギリウス王子が引っ張っていた腕を離した。ギリウス王子の上からことさらゆっくりと退いて差し上げる。
退く時にどっか膝で踏んづけてやろうかと思ったけれど、本気で殺されそうなので何もしない。
「明日、治せ」
「お待ちしております」
頭を下げてそう言うと、ふん、と言ってギリウス王子が立ち上がる。その後ろについて出ていく家臣たちが私のことを順番に見ていくので、無表情を貫く。最後の一人がサロンから出ていく瞬間、舌を出しておいた。




