魔物退治は王太子に
目が覚めると王太子殿下の顔が間近にあって驚く。なんだこの人、という顔でその顔を見ると、王太子殿下がニール!と扉に向かって声をかけた。
なんだかこの部屋すごく暑い。なんだ、と思って上半身を起こして辺りを見回すと、まだ早いだろうに暖炉に火が入っていた。それに驚いていると、王太子殿下が私の額に手を当ててくる。
「なんですか」
「あまりにも冷たくてな。死んだかと思ったぞ」
ただの魔力切れで大袈裟な、と思っているとニールがワゴンをついて入ってきた。私の顔を見るなり、嬉しそうな顔になる。
「本当に良かった。頭は痛くない?気分は?」
「大丈夫です」
「これを飲んで。部屋の温度はどうかしら。寒くない?」
暑いくらいだ。でも二人が顔を覗き込んできてくれている時にそんなことは言えなかった。ニールに渡された杯には甘い飲み物が入っていて、その飲み物も温かかった。喉を通っていく温かい飲み物になんだかホッとしてしまう。
「なんで倒れたのか聞いてもいいか。俺は無理をさせたか」
王太子殿下がそう言って顔を近づけてくる。なんだか近いな、と思いながら首を振る。ニールが王太子殿下とは逆側から杯を受け取ってくれた。
「いえ、魔力切れです。ライアスでも度々起こしていました」
「魔力が切れると気絶するのか」
「いえ、今回は急激に魔力を消費したからだと思います。いつもはとても眠たくなるくらいなんですが」
魔力が切れる、という感覚を説明するのは難しい。私の場合、魔力が少なくなってくると右手が痺れてくる。
その痺れが大きいほど魔力の残りが少ないと言うことだ。魔力がすっかり切れてしまうと、右手の痺れはなくなる代わりに眠たくて仕方なくなる。ライアスでは眠たくて仕方ないので寝ます、と言って部屋着に着替えて部屋で眠るくらいのことはできたはずなのに、ここではすっかり気絶してしまった。
王太子殿下も驚いただろう。右手に力を込めると、淡い光が漏れる。魔力は回復してきているらしい。
「どれくらい眠っていましたか」
「丸一日、といったところだな」
「なるほど」
丸一日でこの回復量か、と思って右手を見る。後一日あれば最大量まで回復するだろう。王太子殿下を見ると、近かった顔が離れて、椅子から立ち上がっている。
「今回は本当に助かった。礼を言う」
「いえ、50サルーのためですから」
庶民が稼ぐひと月の給料の十倍だ。それだけのお金のためなら頑張れる。
「私からもお礼を言わせてください」
「ニール?」
「私の息子が兵士にいたのです。だからルリアート様はフューイ様を呼んでくださったのです」
その言葉に驚いて言葉を失う。どの人だったんだろう。全員ちゃんと治療はしたけれど。
「一番、傷が酷かった兵士だ」
「そうだったのですね」
「バカな息子で、私の言うことも聞かずに兵士になって、それでサーヴィーの討伐にいくと聞いて気が気ではありませんでした。案の定深手を負って。ルリアート様にどうか助けてください、と私が泣きついたのです」
ニールの目には涙が溜まっていて、私の両手を取った。本当にありがとうございます、と何度も言うニールの背中を手を伸ばして撫でた。
「そのせいでフューイ様に大変な思いをさせてしまいました」
「気にしないでください。それより息子さんは元気になりましたか?」
私がそう問うと、ニールは顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
「元気いっぱいで鍛錬に出ております」
あの傷を負って、治したとはいえ鍛錬にもう出ているのか、と思うとその精神面の強さに驚いてしまう。
私だったら兵士を辞めると言い出すだろう。それにしてもあの人がニールの息子さんだったなんて。どんな顔だったっけ、と思い出そうとしても傷ばかりが思い出されて顔は思い出せない。
「では俺もそろそろ出るとするかな」
「鍛錬にですか?」
王太子殿下も鍛錬に出るんだろうか、と思っていると王太子殿下は私を見てニヤリと笑う。そのいたずらっ子のような笑い方を不思議に思っていると、王太子殿下はサーヴィーの討伐だ、と言った。
「サーヴィーの討伐?」
「この国では兵士が討伐できなかった魔物は、王太子殿下が討伐することになっております」
ニールがそう言ったのを聞いて、王太子殿下のことをまじまじと見つめる。未来の王陛下なのに、魔物の討伐。私が思っていることを察したのか王太子殿下が笑う。
「サーヴィーはブラクニよりも強いし、血の気も多い。ブラクニもそうだが人を食う」
そう言われてゾッとしてしまう。ニールの息子さんがあの怪我で生きて帰ってこられたのは本当に幸運だったのだとわかった。それにしても魔物の数は減っているのではなかったのか。
「俺が行って仕留めてこないとな」
そう言って王太子殿下が部屋を出ようとする。声をかけようか迷って迷って、やっぱり声をかける。
「お供しましょうか」
「いや、一昨日魔力を当ててもらったおかげで調子がいいんだ。普段でも負けないのに、今ならすぐに倒して戻ってこられるだろう」
「なるほど」
「お前はゆっくりしておくといい」
そう言って王太子殿下が外に出ていく。その背中を見送って、呪いというのは大変だな、と思った。呪いのおかげで強いと言っていたけれど、確かに身体の能力の向上といった側面はあるのだろう。
そうでなければ、人間があれほど飛び上がったりはできないはずだ。兵士の一個師団よりも強いなんて、どうかしている、と思いながら息を吐くと、ニールが隣からふふ、と笑う気配がした。
「ニール?」
「王太子殿下と仲がいいのですね」
「まだ出会ったばかりです」
「馬が合うのね」
そう言ってニールがワゴンに乗せていた桶に布をひたす。お風呂はまだ早いでしょうから、これで拭きましょう、と言われて慌てて断る。
「自分でできるから、ご飯をお願いします」
「そうですか?遠慮はいらないですよ」
「お願いします」
そう言ってニールが部屋から出ていく。お風呂は早いと言われたけれど、今日の夜には入ることができそうだ。体は拭かなくてもいいだろう、と布をテーブルに置いた。
兵士たちの怪我を治したことに後悔はない。ニールの息子さんがいたなら余計にだ。ただ、でも、厄介なことにならないといいな、とため息をついた。




