聖女の力とは
ギリウス王子お聞きになられましたか」
「なんだ」
小さい声でそう話しかけてくる家臣に苛立ちながらそう言うと、家臣はこれみよがしに首をすくめた後、媚びを売るような笑顔で先を続けた。
「王太子殿下が呼び寄せた客人は、癒しの力を持つようです」
「なんだそれは」
「先日のサーヴィーの討伐で負傷した兵士をあっという間に治したとか」
それだけ言って、家臣の一人は元の位置に下がった。ふん、と言ってから侍女が差し出してくる金の杯に乗った果物をちぎって口に入れる。あの時に出会った女だ。
蔵書室の前で不敬にも俺より先に立ち去ろうとした女。
茶色の髪に金の瞳、王宮に来る女の中ではパッとしない見た目だ。相変わらず女の趣味も悪いと嘲ったのに、そんな能力を持っていたなんて。
「サーヴィーはどうなった」
「まだ討伐されてはおりません」
「兄上はまだ討伐に行っていないのか」
使えないな、と笑うと跪いている家臣たちも合わせたように笑う。サーヴィーが出たという知らせを受けて、父である王陛下はすぐに兵士を向かわせることに決めた。
一個師団を使っても討伐できないとは役立たずにも程がある。兵士たちの質も落ちたな、と鼻で笑う。それにしてもいつもはすぐに兵士たちの尻ぬぐいに出かける兄上がまだ討伐に行っていないとは。
「王太子殿下は、あの女のそばにつきっきりだとか」
一人の家臣がそう言って笑う。それに一緒になって笑わないでいると、すぐに笑顔を引っ込めた。
「女に何かあったのか」
「ずっと眠っているようです」
「それにつきっきりなのか、ずいぶん過保護なことだ」
兄上が王宮に女を連れてくることなんて滅多にない。そんな能力を持った女なら確かに使い勝手がいいだろう。王陛下に自分の方が王に相応しいと誇示する道具としても使える。
「その女の力は本物なのか」
「兵士たちが言うには」
「そんな下賎な奴らの言うことを信じるのか」
「おっしゃる通りでございます」
兄上が嘘をつかせている可能性もある。昔から兵士たちとは仲が良かった。やれ手合わせだなんだと兄上は駐屯地に出入りしていた。
そのたびに、よくあんな下賎な奴らと一緒にいられるものだと呆れたものだ。今も昔も兄上は変わらない。
「いいだろう、俺がその女の力が本物なのか見てやろう」
いい思いつきだ。嘘だった場合、王族を謀ったとして死罪にしてやろう。兄上がどんな顔をするのか見ものだ。
そう言って立ち上がると家臣たちが一斉に傍に避ける。家臣たちが跪いていた場所に足を下ろす。今から兄上の女のところへ行ってやろう。
「ギリウス様、大変良い思いつきではございますが、王太子殿下が邪魔をなさるかもしれません。近いうちに王太子殿下はサーヴィーの討伐に行くでしょう。その時に女のもとへ行くのが得策かと」
一人の家臣がそう言って進み出てくる。俺に意見するとは、と思ったが兄上に邪魔をされるのは鬱陶しい。腰に下げていた剣を抜いて、その家臣に向けると、差し出がましいことを申しました、とその家臣が下がる。
「いいだろう、お前の意見を聞いてやろう」
剣を鞘に収めて、もう一度椅子に座る。侍女が差し出す杯を持って水を飲み干した。
「嘘つきなら処刑してやる」
そう言って笑うと、家臣たちも笑った。




