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婚約破棄から始まる忠臣蔵(異世界版)

作者: 和三盆光吉


 一万文字程度の一話完結です。気軽にお読みください。

 テレビで忠臣蔵をやらなくなって随分経ちますね。今の若い世代の方は忠臣蔵をご存知でしょうか?


 ①


 ミルラータ王国歴253年4月初旬。


「マーリレータ。お前との婚約を破棄する」


 王立貴族学園の卒業パーティーでの事だった。

 今年で18歳になるアコード侯爵家令嬢。マーリレータ・フォン・アコードは、婚約者である王太子から突如としてそう告げられた。


「え?」と淑女にあるまじき声が漏れる。


 未来の国王と国母となるはずの2人は、卒業生代表として壇上で挨拶をする予定であった。そのはずなのに。王太子はマーリレータを壇下に一人残して、まるで彼女が汚物であるかの様に睨み、見下ろしている。


 なぜ自分が婚約破棄をされるのか? 

 なぜ本来自分がいるべき王太子の隣には、違う貴族令嬢が並び立っているのか?

 なぜ自分の周りを王太子の取り巻きである、騎士候補生達が取り囲んでいるのか?

 マーリレータは混乱と不安とで、心臓が強く強く締めつけられて息が苦しくなる。


「で、殿下、お言葉の意味が分かりかねます」


 彼女は今の心情をそのまま口にした。

 自分の置かれた状況が理解できないのだ。


 そもそも2人の婚約は、王家とアコード侯爵家との間で決めた政略結婚である。王国有数の力を持ち、さらなる成長を目指すアコード侯爵家。それを危険視すると同時に力を取り込みたい王家。これに本人達の意志が介在する余地などないはずだ。


 王太子1人の考えで婚約破棄など出来ようか? 

 ならば王家の総意なのか? 

 でもそれなら、事前に正式な使者が婚約破棄を伝える書簡を侯爵家に運んで来るはずだ。

 卒業パーティーという、多くの貴族子弟が参加する晴れの舞台で行えるものなのか? これでは晒し者ではないか。


 マーリレータの頭の中を、幾つもの思考が浮かんでは積み重なってゆく。


「白々しい悪女め。予がお前の行いを知らぬとでも思っていたのか」


 王太子の端正な顔は怒りで歪んでいた。汚い言葉を投げかけて、マーリレータを『悪』であると断罪する。


「予が真実愛する男爵令嬢エウレーカ。あろう事かお前は、醜い嫉妬心から彼女に対して卑劣な嫌がらせを繰り返して来た。そうだな」

「エウレーカ様? 嫌がらせ?」


 王太子に寄り添う小柄な令嬢が「ふ」と鼻で笑った。


 マーリレータには身に覚えのない罪であった。

 そもそもエウレーカ男爵令嬢など知らないし、今初めて対面したのである。


 貴族学園は平民が通う学校とは違う。

 同学年であっても、学ぶべき事柄が違えば校舎が変わる。

 将来の妃として、帝王学、外交、高度社交を学ぶマーリレータと、一般令嬢教育を受ける下級貴族との接触は皆無。加えて家の派閥が違えばお茶会で会うこともなく、つまりマーリレータはエウレーカの存在そのものを知り得ない。


「魂が醜く腐り切ったお前に未来の国母たる資格はない。この場にいる将来の臣下達を証人として、予はここに宣言する。マーリレータとの婚約を破棄して、エウレーカを妃に迎える事を神々に誓う」


 パーティー会場が「わぁ!」とざわめいた。

 それは歓声ではない。驚きと困惑と否定の悲鳴である。

 多くの者は分かっているのだ。濡れ衣であると。エウレーカが王太子を誘惑して操っていることを。


 箱入り令嬢として、外界との不要な接触を禁じられていたマーリレータとは打って変わり、男爵令嬢エウレーカは自由奔放で欲が強く淫らであり、男性に取り入るのが上手かった。

 異常に高いコミュニケーション力を駆使して一般貴族学舎を荒らし周り、令息からは人気が高く、令嬢からの評判は最低。事前にその情報がマーリレータの下に届いていたら、或いは歴史は変わっていたかもしれない。


「去れ! それとも無理矢理連れ出されたいか!」


 王太子の激に騎士見習い達が黄ばむ。

 マーリレータは恐怖で身を強張らせている。

 このままでは最悪の事態もあり得る。

 数人の心ある令息と令嬢がマーリレータを気遣い、涙を堪えて俯く彼女を会場から連れ出したのは的確な判断であった。


 ②


 翌日。アコード侯爵は激怒していた。

 昨夜、満身創痍の状態で王都の侯爵屋敷に帰宅した愛娘マーリレータ。目に入れても痛くない自慢の娘に何があったのか? 屋敷まで送ってくれた令息と令嬢や、付き添いのメイドから事情を聴いた彼は即座に行動を起こした。


 自室に籠もり涙を流すマーリレータ。侯爵は見舞い、優しく慰める。


「この件は国王陛下に強く抗議する。必ずお前の受けた恥辱を晴らしてやる。父に任せよ」

「申し訳ございませんお父様。私が至らぬばかりに、侯爵家に泥を塗ってしまいました」

「何を言う。お前は何も悪くない。全ては王太子の責である。泣くな、今はゆっくりと休め」

「お父様、申し訳ございません。申し訳ございません」


 自らを責め続けるマーリレータを憐れみ、侯爵はすぐさまお抱えの密偵に、エウレーカと彼女の実家であるビッター男爵家の調査を命じた。

 名も知らぬ貴族家。たかだか男爵家程度の娘が王家に嫁入りするなど出来ようはずもない。王太子個人の乱心か? 或いは侯爵家を陥れる陰謀なのか? 

 2日後。執務室で密偵から報告を受けた侯爵は再び激怒する事となる。


「国王陛下も宰相府も知らぬ事だと! 全て王太子一人の乱心なのか!」

「はい。王太子殿下にあられましては、ビッター男爵家令嬢エウレーカ様との姦淫に溺れ、言いなりになっているご様子」

「馬鹿な。次代の国王となる人間が、小娘の言いなりだと? 殿下の側近共は何をしていたのだ? おいさめしなかったのか?」

「それが妙なのです。エウレーカ様の周囲にいる全ての男達が熱に浮かされたように傅いているのです。まるで、魅了魔法にでもかかっているかのように」

「魅了魔法? 馬鹿馬鹿しい」


 魅了魔法を含む、精神操作系魔法はおとぎ話の創作である。

 侯爵はそう信じているし、事実この世界に存在する魔法はことごとく研究されて、魅了魔法の存在は否定されているのだ。


「分かった。王家に強く抗議しよう。侯爵家の全力を使い、王太子を廃嫡して別の王子とマーリレータとの婚約を組み直す」

「かしこまりました。では、派閥の貴族家に根回しを」

「左様せい」


 更に5日後。準備を終えた侯爵は国王宛に抗議の書簡を送った。

 国王は事態を重く受け止め、翌日には内密な緊急閣議を開くと宰相に命じる。議題は王太子の廃嫡と次の王太子の選定。王家の重鎮と閣僚貴族に召集がかかり、王太子の廃嫡は確実であると思われた。だが。


「国王陛下が亡くなられただと! 何があった!」


 侯爵は驚愕した。

 公式発表はまだない。これは密偵が得た最新情報である。侯爵は緊急閣議に出席するため外出の支度をしている最中であった。


「昨夜に崩御なされました。死因は十中八九、毒殺。ビッター男爵家を探っていた部下とも今朝から連絡が取れません。悪い予感がします。今すぐ領地にお戻りになるのが賢明かと」


 王太子の豹変。廃嫡。国王の変死。全てを繋げて考えるには十分。侯爵は悩みもせず決断すると、王都脱出の支度を命じる。

 屋敷がバタバタと騒がしくなり、殺伐とした空気が漂い出す。当然マーリレータも当事者となる。


「お嬢様お早く。一刻も早く王都を出なければなりません」


 慌てた様子のメイドに促される。荷物は最小限。とにかく、早く早くと急き立てられるのだ。


「何事です? 理由を話して下さいまし」

「それは馬車の中で。侯爵様がお待ちです」


 屋敷の外には侯爵家の馬車とは別の馬車が待機していた。

 家紋の入っていない、商家が使う上級平民用の馬車である。そして護衛の騎士達は、冒険者の装備に身を包んで変装している。それぞれが乗る愛馬でさえ、あえて泥で汚しているのだ。


「マーリレータ、早く乗りなさい」

「お父様」

「辛いだろが辛抱しておくれ。王都の勢力圏を出れば乗り換える」

「何があったのです? これではまるで、逃亡ではありませんか」

「……逃亡か。さもありなん」


 侯爵の顔が歪む。

 悔しいのだ。怒りで暴れ出しそうなのだ。無事に領地へ帰ったら、直ちに軍を起こして王太子とビッター男爵家を討つ決意を固めているのだ。


「侯爵様ー!」


 護衛の騎士達が騒がしい。殺気立ち、事態の急変を伝える。


「屋敷が近衛騎士団に包囲されています!」

「くっ! 敵が速かったか」

「数の差は歴然です。近衛騎士相手に突破は不可能でしょう。今は大人しく投降して、懇意にしている貴族家の助けが入るのを待つべきと具申致します」

「……やむを得ぬか。左様せい」


 4月中旬。

 捕らえられたアコード侯爵は、国王暗殺と国家転覆罪の冤罪を着せられ、まともな裁判もなく、他の貴族家が助けを出す猶予も与えられず。早々に処刑された。


 末期の言葉は「風さそう花よりもなお恨み晴らさでおくべきか」であったという。


 侯爵家はお取り潰し。マーリレータの兄弟は全て捕らえられて処刑。母親と姉妹達は行方不明。マーリレータ自身も貴族用の監獄に収監される事となる。


 ミルラータ王国歴254年3月。


 あれから約1年。マーリレータは貴族用の監獄で日々を過ごしていた。

 監獄と言っても平民用のそれとは違い、貧しいながら最低限の衣食住は与えられている。ただし、生活空間は高い塀に囲われ、限定された土地内の粗末なあばら家。身の回りの世話をする使用人などおらず、全てを自分でこなさなければならない。


 井戸から水を汲む。冷たい水で洗濯をして、火打ち石で火を起こし料理をする。燃料の薪も、自らナタを振るって割らねばならない。服が破ければ縫い、家が壊れれば直す。


 かつて侯爵令嬢として、蝶よ花よと傅かれた少女はもういない。いるのは薄汚れて生活に疲れた哀れな女性。それだけ。


 カツン。カツン。と薪を割る。それを抱えて家へ入ると、暖炉に薪を足して火に風を送る。まだ春とは言えない3月の寒空。部屋が多少暖まると、ベッドに向けて言葉を掛けた。


「リシャル、具合はどう? すぐに朝ご飯を作るからね」


 あばら家に1つだけの粗末なベッド。薄い毛布。その上に子供1人分の膨らみがある。「ゴホ、ゴホ」と咳が聞こえ、毛布がモゾモゾと動いた。


「マーリレータごめん。僕は大丈夫だから」


 そう言ってベッドから起き上がったのは、痩せこけた少年。


「寝ていないと駄目よリシャル。ほら、横になって」

「ゴホ、ゴホ、大丈夫、ゴホ、大丈夫だから、ゴホ」


 咳き込むリシャルの背をさすり、ベッドに寝かしつけるマーリレータ。2人は半年近く生活を共にしている。


「良いのよ。今は安静にして早く体を治してね」


 優しく微笑み頭を撫でる。今のマーリレータにとって、彼だけが心の支え。愛しい家族なのだ。


 リシャルは現在13歳。かつてはミルラータ王国第3王子であった。過去形なのは現在は違うからだ。父親である国王が死に、侯爵が処刑された後の出来事だ。


 兄である王太子は、国王の毒殺を侯爵一派の仕業であると断定。侯爵に同情的であり、王太子を疑う反対貴族勢力の粛清を開始して小規模な内戦が勃発した。

 なぜ小規模かと言えば、抵抗した貴族家の中に裏切り者がいたからだ。1つ2つではない。全ての貴族家の中に内通者がおり、十分な抵抗もできぬままことごとく滅ぼされていったのである。


 内通者達は全て、それぞれの貴族家でそれなりの立場にいる『男』であった。ある者は当主に信頼された家宰。ある者は騎士団長。その家の後継者である事も珍しくなかった。彼らに共通していたのは過去にエウレーカ男爵令嬢と接触があった事。そして『男』である事。


 国内を平定した王太子は直ちに即位。新国王となってエウレーカを妃に迎えると、彼女を救国の聖女と称した。


 そこから始まったのがエウレーカの浪費と増税。

 高価なドレスや装飾品で身を飾り、連日王城で夜会を開いては贅の限りをつくす。各貴族家に重い夫役を課して、国家財政が悪化すれば増税増税。


 そうなると当然反発が起こる。市民からも、粛清を免れた貴族家からも、王家に対しての不信感が募っていく。女に狂った国王を廃して新たな国王を戴く。その想いの元、次の国王として旗頭に上がったのが第3王子のリシャルであった。


 半年前の事である。

 エウレーカに魅力を感じない宰相と、同じくエウレーカを嫌う良識派貴族がリシャルを交えて会合を行っていた。その時、突如として近衛騎士団の強襲を受けてその場にいた全員が捕縛されてしまう。密告者がいたのだ。


 宰相と貴族達は国家転覆罪で即日処刑。リシャルは生かされたものの、マーリレータが収監されているあばら家に罪人として閉じ込められたのであった。


 その際エウレーカはこう言ったと伝えられている。


「あの見窄らしい箱庭で、獣の様につがうと良いわ。産まれた子供が可愛ければペットとして飼ってあげる。首輪をつけて、這いつくばらせて、夜会で見世物にするの。アハハ、とっても素敵。早く孕まないかしらマーリレータ」


 その言葉に苦言を呈する者はいない。新宰相はエウレーカの父親が就任。国の重職もビッター家の親類縁者で固められてしまったのだから…………


「リシャル。スープが出来たわ、飲んで」

「ゴホ、ありがとう、ゴホ、ゴホ」


 粗末な具しか入っていない塩のスープ。

 マーリレータに支えられ、咳き込みながらそれを口に運ぶ。少しずつ、ゆっくりと。背中を擦ってもらいながら。


「ごめん、マーリレータ。ごめん、ごめんなさい。ゴホ」

「謝らないでリシャル。私が好きでしている事よ。それよりも、体を休めて」

「……うん」


 リシャルは10日ほど前から風邪をこじらせて肺を病んでいた。栄養失調と寒い家。一向に回復の兆しは見えず日に日に弱っていく。


「……ねぇ、マーリレータ」

「うん?」

「歌を、唄ってくれない?」

「歌? 良いわ、何が聞きたい?」

「……野に咲く花の歌」

「あぁ、風に吹かれてね」


『野に咲く花よ春の訪れを教えておくれ 解けた雪の隙間から 小さな花が風に吹かれて揺れている 春よ 愛の季節よ 野に咲く花よ教えておくれ 雪が解けて花咲き乱れる日を教えておくれ その日まで 私は強く耐え忍ぼう』


 1週間後。本格的な春の訪れを待たずに、マーリレータとリシャルの2人は肺炎でこの世を去った。


 ③


 ミルラータ王国歴257年4月。


 ミルラータ王国の南にはハシュケ王国がある。

 特に友好関係という事はない。儀礼的な外交と交易と。交流は少ないが、仮想敵国とも言えず平和な関係を続けていた。


 国土は温暖。大陸における雨雲の通り道であり水が豊富。国土の一部は海とも接して製塩業も漁業も盛んである。特産品は米と塩と、海の魔物である鵝鯨がげい類のジャーキー。


 ハシュケ王国の王都にはダンジョンがある。命と引き換えに力と富をもたらす不思議空間である。

 ダンジョンには一攫千金を夢見る冒険者が集まる。

 ダンジョンからもたらされる富を求めて商人が集まる。

 人が集まる条件が揃えば、都市は膨れ上がり栄えるのだ。


「お嬢! ダンジョン潜りの準備が終わりましたぜ!」

「良し! 一班と二班は最下層まで潜るぞ! 三班は支援だ!」

「へい! 野郎ども出陣だ!」


 王都でダンジョン攻略を行う冒険者の中に、『野花団』というクランがある。人数は47人。商家の蔵(倉庫)だった建物を改修して拠点とし、集団生活をしている。


 リーダーは20代前半の女性。美人であるが目つきが鋭く、全身が日に焼けて浅黒い。乱暴な口調で周囲を威圧して、自分より歳上の冒険者達を良く纏めている。病弱な弟が1人いると言うが、その姿を見た者はほとんどいない。


「テメェら! 今回はダンジョン攻略を目指して潜るからな! お宝を手に入れるまで帰れないと思え!」

「へい! 副長!」


 副長は髭の汚い中年男性。名はロックホーム。

 屈強な肉体を持った歴戦の戦士だが、実はこの男、元はアコード侯爵家の騎士団長であった。侯爵が処刑され、子息達が捕らえられて処刑される最中にあって、真っ先に職務を放棄して逃亡した卑怯者なのだ。

 悪い噂は千里を走る。ミルラータ王国内に居場所をなくしたロックホームは冒険者に身をやつし、ハシュケ王国まで逃げて来た訳である。


 その他の団員も出自は怪しい。3年前にハシュケ王国王都に現れて『野花団』を冒険者ギルドで登録すると、以来相当な高頻度でダンジョンアタックを繰り返している。


 団員は全員が高レベルで経験豊富。大国の騎士団でもこれだけの人材はそうそうおらず、高位貴族から召し抱えの話も頻繁にあるが、その全てを断ってダンジョンに固執しているのだ。


 人々は噂する。『野花団』は外国から逃げて来た指名手配の盗賊団であると。リーダーの美女はその美貌で男達を操る悪女であると。病弱な弟とは、本当は誘拐された何処かの姫君に違いないと。


 人の噂とは常に醜悪で無責任。そして少々の真実を孕んでいる。

 確かに『野花団』は外国から逃げて来た。故郷に帰れば即刻捕らえられて殺されるだろう。

 リーダーの美女にしても、美貌や体こそ使ってはいないが、団員達から強い忠誠は得ていた。彼女の命令が1つあれば、生命すら差し出すだろう。

 病弱な弟とは嘘である。本人は至って健康であり、人目を忍んで鍛錬を欠かさない。他人に姿を見られたくない理由があるのだ。それから姫君ではない。なかなかの美男子らしい。


 そんな『野花団』はダンジョンに潜った。

 今回は最下層のダンジョンボスを倒してダンジョン攻略を目指す。

 ハシュケ王都ダンジョンが前回攻略されたのは約半世紀前。攻略すると願いが一つ叶うと言われていて、前回の攻略者達はそれぞれ地位や使い切れない財貨を手に入れたと伝えられている。


 『野花団』がダンジョンに固執する理由はもちろん攻略報酬だ。何を願うのかは誰も知らない。だが本気であるのは間違いない。最下層アタックも今回で3度目。いよいよ攻略を成功させるのではないかと、王都では賭けの対象にまでなっていた。


 10日後。

 王都はお祭りの如く賑わっていた。半世紀ぶりにダンジョンが攻略されたからだ。国中から攻略を成し遂げた勇士達『野花団』を一目見ようと人々が集まっている。

 道々に屋台が並び、大道芸人が観光客の目を楽しませる中、当事者である『野花団』リーダーの美女は王都の外れ、静かな住宅街に足を運んでいた。同行するのは副長ロックホームと自称弟の青年。


 3人は一軒の民家に入る。一般的な平民の住宅である。出迎えたのは初老の婦人と2人の若い女性。


「ついにダンジョンを攻略したのですね」


 湯気を上げるお茶。質素なテーブルに座り、そう話を切り出した婦人とリーダーは向かい合った。


「はい。ずいぶんと時間が掛かりましたが、これで」


 お茶を一口。2人の若い女性はその言葉に感無量となり、目に涙を浮かべている。彼女達の容姿はどこかリーダーに似ている。そして婦人も。


「では、彼の国に行かれるのですね」

「全ての準備は整いました」

「現在、彼の国は荒れに荒れています。権力者達は民を虐げ、欲望のままに国を専横しているのです。正義は失われました」

「はい。近々ハシュケ王国への侵略戦争を始めるとの噂もあります」

「救国の聖女。あの者の欲望はとどまる所がありません。誰かが止めねばならぬ事でしょうが、それが貴女だなんて……」


 婦人もまた、涙を流した。この先に起こる苦難を憂いての事だ。リーダーの背負った過酷な運命を天に呪っての涙だ。


「これもまた天命でしょう。それに、私達だけでやるのではありません。味方は沢山いるのです。必ずや本懐を遂げてみせます」


 リーダーの顔には強い意志が宿っていた。

 婦人は涙を拭い小さく頷くと、副長へ視線を向ける。


「ロックホーム。私達が今生きているのは全て貴方のお陰です。どれだけ感謝しても足りぬほどですが、もう一息お願いします」


 そう言って頭を下げる。


「勿体ないお言葉。このロックホーム、最後の瞬間まで忠義を尽くします」

「……良しなに」


 そして精悍な美男子の自称弟に対する。


「万事上手く行っても、そこから貴方様の本当の苦難が始まるのです。大きな責任を背負う貴方に何も出来ない私をどうか許して下さい。逃げても良いと言えない無力な私を恨んで下さい」


 自称弟の手を取って許しを請う。その手は苦労の連続によって荒れている。弟はささくれ立ち荒れた手を強く握り返した。


「恨むなど絶対に致しません。それどころが、感謝してもし切れません。必ず迎えに来ます。それまでご自愛下さい」

「……殿下。落ちぶれてこそ分かる人の温かさもございます。どうかご武運を」


 翌日。

 『野花団』は協力者である大商人の手引きによって、誰にも知られずハシュケ王国を去った。目指す先はミルラータ王国の王都である。


 もはや隠す必要もないだろう。

 『野花団』のリーダーは侯爵令嬢マーリレータ。

 弟は第3王子リシャル。

 婦人はマーリレータの母親であり、2人の若い女性は妹。


 アコード侯爵が処刑された後の事だ。

 騎士団長ロックホームは徹底抗戦を良しとせず、侯爵の家族と一部の部下を連れてハシュケ王国に逃げた。その際、侯爵の息子達も連れ出そうと説得したが、本人達の強い矜持によって拒まれてしまう。


 その時、侯爵の長男はこう言った。


「貴族が民を捨てて逃げれば、それはもう貴族ではない。私達は正しい貴族の在り方をその身を持って示さなければ無念の死を遂げた父上に合わせる顔がない。その代わり、母上と妹達を頼む。そしてマーリレータを」


 ロックホームは長男の遺言に従い婦人達を護った。ハシュケ王国に辿り着き、生活がある程度落ち着くと、ミルラータ王国に戻ってマーリレータとリシャルを救出したのだ。あえて情けない裏切り者の汚名を受けながら、ミルラータ王国からの追跡を躱していたのである。


 その後はダンジョン攻略に注力しながら情報収集とミルラータ王国内のレジスタンス支援を行った。

 かつての侯爵家の密偵。今は大商人としてマーリレータを助ける者の調べでは、王妃エウレーカは人間ではないと言う。どうやら魅了魔法を使い、男達を惑わして意のままに操っていると言う。それが出来るのは伝説の悪魔サッキュバスのみ。マーリレータ達がダンジョン攻略を目指した目的は、攻略報酬として魅了魔法を跳ね除け悪魔を滅するアイテムを求めての事であった。

 

 ④


 ミルラータ王国歴257年12月14日午前3時。


 王都は閑散としていた。かつては平和で賑わっていた街は今では暗く静かである。魔法街灯は燃料切れで火を落とし、犬の鳴き声すら聞こえない。静寂の闇。


 雪がチラついている。道々に薄っすらと白く化粧するように積もっている。その中に足音が響いていた。白い絨毯の道を幾つもの足音が重なって王城へ向かって行く。数は47人。全員がダンジョンから手に入れた最高の装備で武装している。


 先頭はマーリレータ。隣にはリシャル。少し下がってロックホームと戦士達が続く。障害はない。本来ならば出動すべき王都警備隊は、協力者であるレジスタンス組織『乙女の薔薇』によって無力化されているからだ。


 『乙女の薔薇』は女性を中心としたレジスタンス。リーダーはマーリレータの同級生であった貴族令嬢。彼女達はエウレーカによって愛する者を奪われた被害者だ。


 サッキュバスの魅了魔法は女性には効果を発揮しない。また、一部の男性にも通用しない。従ってレジスタンスの主力は女性と特殊な男性となる。彼女達は『野花団』からの支援を受けて、今夜この時に武装蜂起して王都を制圧していたのだ。


 マーリレータ達が王城の門に達する。

 抵抗はない。静かだ。

 サッキュバスと言えど、全ての男性国民を魅了する魔力はないのだ。多くの者は権力の前にただ従っていただけであり、新しい未来が示されれば鞍替えするのもやぶさかではない。もはや王城内に残された戦力は近衛騎士団の一部のみ。


 マーリレータが抜刀する。ダンジョンで手に入れたオリハルコンの剣だ。暗闇の中でも黄金色に輝いて、辺り一面を神々しく照らしている。


「おのおの方。討ち入りでございますわ。目指すは怨敵エウレーカ。と、ついでに国王!」


 その言葉を合図に城門が開かれた。内部協力者の手によるものだ。


「いざ進め! 大義は我らにあり!」

「「「おおおおおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」」」


 『野花団』が王城内に突入。待ち構えていた近衛騎士団と交戦に入る。


「国王と王妃を探せ! 絶対に逃がしてはならぬ!」


 リシャルの激が飛ぶ。襲い来る近衛騎士をアダマンタイトの剣で斬り伏せていく。数の上では近衛騎士団が優勢であるが、戦いと呼べるほどの戦闘にはならない。


 王都にて怠惰で淫靡な生活を送った近衛騎士と、歴戦のダンジョン攻略者とでは大人と子供以上の戦力差があるのだ。

 ある者は斬られ。ある者は降伏。またある者は逃亡を試みて『乙女の薔薇』に捕らえられた。


 そして戦闘開始から約2時間後。玉座の間。


「予は国王であるぞ! 逆賊共め、ひかえおろう!」

「近衛騎士は何をしているの! 早く不埒者共を成敗して私を助けなさい!」


 王城の物置に隠れ潜んでいた国王夫妻はロックホームによって発見され、玉座の間に引き立てられていた。寝間着姿、乱れた髪、醜悪な顔。『野花団』47人に取り囲まれ、マーリレータとリシャルが対峙する。


「兄上、見苦しい。事ここに至ってはお覚悟なされよ」

「お、お前は? ……まさか、リシャルか!」

「そうです。ミルラータ王国を正道に戻すため、地獄から戻って参りました」

「ひっ、ひぃ~!」


 国王の股から湯気を立てる液体が流れ出して床を汚していた。


「マーリレータ、お前は! 私は救国の聖女だぞ! お前如き悪役令嬢が触れて良い存在ではない!」


 エウレーカの両目が怪しく光る。男を支配する魅了魔法だ。


「あ、え? なんで?」


 魔力は掻き消された。この場において、誰一人としてエウレーカに魅了される者はいないのだ。マーリレータは困惑するエウレーカに答えを教えるように、胸に下げたペンダントを掲げて見せた。


「ダンジョンの攻略報酬として手に入れた破邪のペンダント。悪魔サッキュバスよ、ここまででございますわ」


 オリハルコンの剣を構える。狙いはエウレーカの心臓。


「いや、やめて、いや、いや、誰か助けてー!」

「お覚悟あそばせ」

「話が違う! 話が違うー!」

「この間の遺恨、覚えたるや!」


 光が闇を浄化する。エウレーカの断末魔は勝利の歓声によって掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。


 ⑤


 ミルラータ王国歴357年4月下旬。


 100年後。

 良く晴れた春の日。王都は笑い声に満ちていた。

 市場には品物が溢れ、市民の購買意欲は高い。夫は労働に精を出して、妻はやんちゃな子供達を叱りつけて洗濯物に追われている。老夫婦が公園のベンチに腰掛けて、足下に咲く小さな春の花を愛でる。そんな光景が国中で当たり前なのだ。


 王都の中心部にある広場。国民の憩いの場であり観光名所でもある。そこでは2体の立派な銅像が存在感を放っている。


 夫婦の像だ。100年前、ミルラータ王国を滅亡の危機から救った救国王と聖女の像。

 2人は恐ろしい悪魔の手から、数多の苦難を乗り越えて国を護った。その後も荒廃した国を建て直すために苦労の連続。しかし夫婦は常に手を取り合って、どんな困難でも乗り越えた。こんにちミルラータ王国が平和であるのは全て2人の功績だと言って過言ではない。


 救国王リシャル。

 野花の聖女マーリレータ。


 2人の物語は時を超えていつまでも語り継がれるだろう。


 終わり。



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