勝負の申し込み
高蔵寺スープリームコートタワーレジデンス エントランス前
(松川があおいに微笑んで一礼し、立ち去ろうとする。)
松川永史
「そうか、では私はこれで。」
(松川が歩き出そうとすると、桐山が低い声で呼び止める。)
桐山礼
「俺が用があるのは、あなたです。松川永史さん…いや、松川先輩。」
(松川は足を止め、桐山をじっと見つめる。あおいも驚いて二人を交互に見つめている。)
桐山礼
「元・春日井東陵高校野球部伝説のエース、公立高校の星と呼ばれた…松川永史。あなたのことですよね?」
(松川の過去を知ったあおいは、目を見開き、驚きを隠せない。ただ、言葉を失って二人を見守るだけだった。)
桐山礼
「あなたのこと、調べさせてもらいました。」
(桐山が続ける。)
桐山礼
「学校の視聴覚室を掃除した時から、あおいさんの様子が変だった。妙に興奮した感じで、資料室に入って調べ物をしたり…だから、気になって、視聴覚室のプロジェクターにあなたの名前を見つけた時、あおいさんはきっとこの人のことを調べてるんだって、そう思ったんです。」
(ややあって、松川がふっと軽く笑みを浮かべる。)
松川永史
「…最後の夏の前に辞めたから、私はエースではないよ。」
桐山礼
「なぜ辞めたんですか?練習試合で甲子園優勝チームを完封するほどのピッチャーだったあなたが。」
(野球に詳しくないあおいでも、それがいかにすごいことかは理解できた。ぼそっと口にする。)
あおい
「甲子園優勝チームを完封…?」
(松川はあおいを見て、ふっと微笑んでから、冷静に桐山に向き直る。)
松川永史
「君には関係のないことだよ。」
桐山礼
「関係あります!」
(桐山は拳を握りしめ、松川に向かって一歩前に出る。)
桐山礼
「俺は東陵野球部のキャプテンとして、甲子園を目指して毎日がんばってる。世代ナンバーワンのショートとしてプロからも注目されてる。でも、そんなことはどうでもいいんだ。」
(桐山は真剣なまなざしであおいに一瞬目を向け、続ける。)
桐山礼
「俺がほしいのは、あおいさんだけだ。甲子園を目指してるのも、プロになりたいのも、あおいさんに振り向いてほしいからだ。」
(あおいはその言葉に戸惑い、桐山をじっと見つめる。)
桐山礼
「なのに、あおいさんは…いまこうしてあなたと二人で親しげにしている。よりによって、最後の夏を前に野球から逃げたあなたと…。俺には納得いかない!」
(しばしの沈黙が二人の間に流れる。あおいは、胸の高鳴りを抑えながら桐山を見つめる。)
あおい
「…桐山くん…。」
(松川がその沈黙を破り、柔らかな笑みを浮かべながら桐山を見据える。)
松川永史
「望みは、何だい?」
(桐山は松川に真っ直ぐ視線をぶつけ、力強く答える。)
桐山礼
「俺と勝負してください。」
(その場に緊張が漂う中、松川は桐山の覚悟を試すような目で彼を見つめる。あおいはその二人の様子を見守りながら、胸が高鳴るのを抑えられない。)