2025年 8月
シーン:2025年8月 愛知県春日井市 陶磁器用絵具製造工場
(終業のベルが鳴り響く)
同僚たち
「じゃあ、お先に失礼します。おつかれさまでした。」
「松川さん、おつかれさまでした!楽しい週末を。」
松川永史
「ああ、おつかれさん。」
(そう答える松川の顔には、もうヒゲはない)
同僚たち
「いやあ、ヒゲのない松川さんにもやっと慣れてきましたよ。」
「でも何があったんですか、あれほどヒゲにはこだわってたのに。」
松川永史
(照れくさそうに)「まあ、心境の変化ってやつかな。おれも還暦見えてきたし。」
(松川永史、作業服を脱いで私服に着替え、愛車スーパーカブ・ニュー・アンドロメダ7世号にまたがる)
松川永史
(スーパーカブのメーターを見つめながらつぶやく)「お前だけは、手放せなかった…。」
(エンジンをかけ、工場の門をくぐる。スーパーカブを降りて門を閉め、振り返った瞬間――目の前に一人の女性の姿を見つけ、立ちつくす。)
松川永史
(驚きの表情で)「あおいちゃん…。」
あおい
(涙ぐみながら、まっすぐに松川永史を見つめる)
「松川さん…。」
松川永史
「どうしてここが…。」
あおい
「走り屋さんたちの噂で聞きました。伝説の“頭文字E”は陶器の絵具を作る工場に勤めているって。」
松川永史
「…。」
(あおい、バッグから小さな封筒を取り出す)
あおい
「これ…有馬記念のときに借りた1万円、まだ返してなかったです。」
松川永史
「あ、ああ…。わざわざありがとう。」
(手を伸ばして封筒を受け取ろうとする)
(その瞬間、あおいが松川永史の胸に飛び込む)
(あおい、松川永史の胸の中で声を震わせながら泣き続ける。言葉にならない涙)
松川永史
(戸惑い、しばらく動けないが、やがて意を決したようにあおいを強く抱きしめる)
(静かに目を閉じ、あおいの頭をそっと撫でる)
(スーパーカブ・ニュー・アンドロメダ7世号のエンジン音が、かたわらで規則正しく響き続ける)
(おわり)