『錬金の書』第1章第7節 ガストンの助言
薬の副作用で全身に鱗が生えてしまったリライ。幼なじみのエリナに励まされ、自らの錬金術の力で体を元に戻そうと試みた。
しかし分子構造の改変は、案の定難しかった。いくら錬金術の知識を駆使しても、鱗の生えた体から逆に分子を操るのは至難の業だったのだ。
「くそっ...どうしてうまくいかないんだ!」
リライは苛立ちを隠せない。力任せに分子構造を変えようとするが、いっこうに元の状態に戻らない。
「リライ、落ち着きなさい。そんなに無理に力を入れても...」
エリナが心配そうに言うが、リライは聞く耳を持たなかった。錬金術の力は理解しているつもりだったが、実際に使いこなすのは難しかった。
「行け行け、戻れ!戻れぇっ!」
リライが大声を上げながら、一心不乱に分子改変に没頭する。だがそのたびに鱗は変化を拒み、リライの体はますます非自然な姿になっていった。
「もうダメだ、俺には無理なんだ...」
ついには諦めの境地に立ち至った。リライは床にへなへなとしゃがみ込み、涙を流し始める。エリナが慌ててリライの背中を撫で、励ましの言葉をかけた。
「リライ、大丈夫。きっと解決策はあるわ」
「でも、俺には力不足で...」
「それなら、だれかの助言を借りればいいのよ」
エリナの言葉に、リライは目を見開いた。
「助言を借りる...?」
「そうよ。もし錬金術の達人がいれば、きっと助けてくれるはずだわ」
エリナの提案に、リライはうなずいた。確かにその通りだ。自分だけでは力不足だったかもしれないが、知識の深い人物なら、助けてくれるに違いない。
「そうだ、実はこの町に賢者がいるんだ」
リライが言った。以前から錬金術の実演を行った際、ある老人が才能を評価してくれたのを思い出したのだ。
「あの老人なら、ここで起きた一件も分かってくれるかもしれない。早速相談に行こう」
そう言ってリライは町の外れにある小さな屋敷を訪ねた。ガストン・チャールウッドと呼ばれる、賢者と称される老人の家だ。目的を持った2人は玄関を力強くノックした。
「ガストンさん!お客様がおられますよ!」
家人の声に続いて、不機嫌そうな老人の姿が現れた。
「おっおっ、誰だ?若造か」
「ガストンさん、私ですリライ・ベルフォールです」
リライは必死に頭を下げると、経緯を老人に説明し始めた。
「実はですね、錬金術の実験をしていて思わぬ副作用が...」
そうして話を聞いたガストンは一言、呟いた。
「愚かな...」
「え?」
「錬金術など安直に扱うと、こうなるのは当然の報いじゃ」
老人の一喝に、リライはおどおどとしてしまう。
「錬金術とは、自然に逆らう力ある技術じゃ。本来、人の力に逆らうべからず」
「し、しかし魔導書には...」
「っふん、魔導書など錬金術の入門の入門に過ぎん。本当の力を知りたくば、私の教えに従うがいい」
リライはガストンの言葉にはっとした。ガストン自身が、錬金術の達人なのだと分かったのだ。求めていた助けが、目の前にいた。
「こんな姿になってしまい、本当に申し訳ありません。どうかガストンさん、私を教えていただけないでしょうか」
リライが深々と頭を下げると、ガストンはしばし沈黙を保った後、言った。
「ふん、愚かと言いながらも、その向上心は評価に値する」
「!」
「我が教えを請うなら、まず心から私に仕えよ。錬金術ほか、様々な学問を教授しよう」
ガストンの言葉に、リライは頷いた。この機会を活かさずしてはいけない。賢者の教えに精一杯従い、ガストンに仕えることにした。
それからしばらく、リライは日々ガストンの下で修行を重ねた。錬金術だけでなく、多岐にわたる学問の教えを請うた。やがて鱗の姿も完全に元に戻り、リライは新たな一面を得た。
エリナに助けられ、ガストンから教えを請う過程で、リライは大人としての一面を身につけていったのだ。過去の過ちを乗り越え、成長を遂げていったのである。