『錬金の書』第1章第6節 薬の失敗
リライとエリナの手で作り出された小さな人形は、町の人々を虜にするほどの不思議な動きを見せた。最初は怪しまれていた錬金術の力だったが、人形の躍動を目の当たりにした人々は次第に興味を持ち始めた。
「すごいわね、この人形。全く生き物のようだわ」
町の主婦の一人が人形に釘付けになり、感嘆の声を上げた。
確かにその通りだった。リライの錬金術によって創り出された人形は、まるで生きているかのように自在に動き回っていた。地面を手足を動かして歩いたり、時には飛び跳ねるような仕草すら見せるのだ。
周りに集まった人々も、それをじっと眺めて楽しんでいる。時折歓声が上がったり、子供たちが人形に手を伸ばして触ろうとするシーンもあった。
「錬金術とはすばらしい技術ですな」
そういった声も聞こえてきた。次第に町の人々は、リライが披露した驚異に対して理解を示し始めている。
リライ自身も安堵の表情を浮かべていた。敵視されることもなく、皆に受け入れられた錬金術に、充実感と将来への期待を抱いていたのだ。
そんなリライに、脇からエリナが囁いた。
「良かったわね、リライ。でも、これはあくまで序の口よ」
「そうだね。錬金術にはもっと色々な可能性がある。今のはほんの一例に過ぎないんだ」
リライは意気込んだ表情で、そう言った。小さな成功を糧に、さらに高みを目指そうという気概に燃えていた。
そんなリライの言葉に、エリナは小さく頷きつつ、控えめに一言付け加えた。
「ただ、油断は禁物よ。大きな力には大きな責任が伴う。錬金術の可能性を追求する際は、十分に気を付けないとね」
「分かっているよ、エリナ。錬金術に携わる以上、あらゆる危険に備えなければならない」
リライは真剣な表情でそう答えた。
「だからこそ、着実に錬金術の力を掴んでいかねばならない。今後の研究には力を入れていく所存だ」
そうリライが言い終えると、周りの人々から拍手が起きた。人形の動きが止まったのだ。リライとエリナは人々に一礼すると、再び自宅へと向かった。
研究を重ねるにしたがって、リライは錬金術の力をより深く理解できるようになっていった。単なる物質変化だけでなく、様々な分野に応用できる可能性を秘めた画期的な技術だということが分かってきた。
「薬を作ってみるのはどうかな」
ある日リライはそう言い放った。薬は医療分野への応用として最適だと考えたのだ。エリナもそれに首を縦に振った。
「いい考えね。薬さえ作れれば、病人の役にも立つかもしれない」
「そうだ。薬品の開発は錬金術の重要な応用分野のはずだ」
そうして2人は熱心に薬の研究に打ち込んでいった。錬金術の力で、あらゆる薬効成分を組み合わせ、新薬の開発に乗り出したのだ。
日々が過ぎ、幾度となく実験を重ねた。しかし一向にうまくいかない。いくら試行を重ねても、リライの構想した薬品にたどり着けない。
「くそっ、どうしてダメなんだ!」
ある日、実験に行き詰まったリライが机を叩いた。エリナは心配そうにリライを見つめていた。
「落ち着きなさい、リライ。焦ってもいい薬は生まれないわ」
「でもな、エリナ。俺は町の人々のために、傷病に効く優れた薬を作りたい。それが俺の目標のはずなのに...」
リライはたじろいだ表情で言った。確かに当初の目論見はそうだった。しかし現状は全く上手くいっていない。錬金術でさえ思うような薬は作り出せなかった。
「もういい、諦めよう。この実験は無意味だ」
リライはがっかりした様子で、生まれかけの薬品を手に持ち上げた。するとそのとき、薬品の入った器から緑色の煙が立ち上った。
「うわっ!?」
リライとエリナは驚いて後ずさりする。その煙が部屋に充満していく。
「ごほっ、ごほっ!これは一体...!」
ゴホゴホと咳き込むリライ。煙を目がかすみ、酷い咳が出てくるのだ。エリナの方も同様で、部屋の中は一時緑煙に覆われた。
しばらくして煙が晴れると、リライとエリナはその姿に愕然とした。互いの体から、緑色の鱗のような物体が生え始めていたのだ。
「な、何してる!?」
「どうしよう、リライ!?」
2人は錯乱し、手足を煽った。だが鱗は生え続け、やがて全身を覆ってしまう。身動きが取れなくなり、部屋の中で動けなくなってしまったのだ。
「ごほッ...な、何をしでかしたんだ、俺は!」
リライは憤りと後悔に打ちひしがれた。良からぬ副作用に見舞われたのは、錬金術を乱用した自らの戯れのせいであった。
専心して頑張っただけに、この結果は受け入れ難いものだった。リライは自らの無力さに絶望し、大粒の涙を流した。
そんなリライを見かねてか、エリナは小さく力強く呼びかけた。
「リライ、大丈夫。間違いは誰にでもあるのよ。大事なのは、そこからどう立ち直るかなの」
「エリナ...」
「錬金術は大きな力を秘める。使い方を誤ればこうなるのよ。でも、諦めたりしないで。一からやり直そう。きっと次は上手くいくわ」
エリナの言葉に、リライは小さく頷いた。そのほうが精一杯であった。
「ああ、分かった。もう一度やり直そう。そのためにまず、この体を元に戻す必要があるな」
そう言ってリライは、再び錬金術の知識を駆使し始めた。鱗模様の体を見つめながら、分子レベルでの構造変化を試みるのだった。
一つ間違えれば、さらに大きな副作用が出る可能性もある。それでも、錬金術の偉力を理解したリライは、怖れを振り払って力強く分子構造を操っていった。
この日を境に、リライはより強靭な精神力を手に入れた。過ちから学び、そして乗り越えていく精神的な力が芽生えていったのである。