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クソガキ

楽しんでいただけたら幸いです。

 村に着いて少し歩いたところにシュリィの家はあった。その古い木造の戸建ての裏には先日採ってきたであろう薬草が干されていた。


「ふぅ、疲れたぁ」


「邪魔するで~」


 玄関を開けると懐かしいような木の香りをナオは感じた。短い廊下の先の部屋は雑多に置かれた家具などで溢れていて、床がほとんど見えないほどだった。


「とっ散らかっとんなぁ」


「イヒヒ、あんまり見ないでぇ。ほら、シャワーはこっちだよぉ。服はそこのセンタッキーの中に入れてねぇ」


「いや子供の洗濯機の言い方」


 廊下の横にある洗面室へ案内されるや否や、ナオはポイポイと着ているものを全て洗濯機の中へ放り込んだ。


「はやいねぇ!?」


 まばたきをする間に裸になったナオを見てシュリィは驚いた。


「ナハハ、お先ぃ」


 ナオはさっさとシャワー室に入り蛇口を捻るが、水は出てこなかった。


「おーい、水出ぇへんでぇ、水道止められとるんか?ちゃんと払わなあかんでぇ」


 ナオは経験則からそう結論付け、シュリィを呼ぼうとシャワー室の扉を開けようとすると、全裸のシュリィが入ってきた。


「うおっ!?なんや一緒に入るんか」


「私もゲーかかっちゃったから一緒に洗わせてぇ」


「まぁええか、それよりこれ水出ぇへんねやけど」


 ナオはシャワーヘッドを振りながら言った。


「ナオちゃんマナシャワーも知らないのぉ?こうやってマナを流し込むんだよぉ」


 シュリィが蛇口についた青い宝石のようなものに右手を置くと、すぐにシャワーからお湯が出てきた。シュリィはそれとは別に浴槽の蛇口にも魔力を流し込み、お湯を溜め始めた。


「お~……なるほどなぁ」


 ナオは椅子に座り、湯の温度を調整しながら感嘆の声を上げた。


「こんなことも知らないなんて、ナオちゃんはホントに田舎者なんだねぇ」


「やかましわ」


「イヒヒ、じゃあ洗ってあげるねぇ」


「おぉええんか、頼むわ」


 シュリィはシャンプーを手に取り、ナオの頭をワシャワシャと洗い始める。


「いや~気持ちええわぁ」


 ナオは転生前に通っていた美容院を思い出していた。尤も、芸人になってからは美容院に行く金が無かったので、古い記憶であったが。


「はいざっぱーん」


 シュリィは湯船から桶いっぱいにお湯を掬い、ナオの頭を二度三度洗い流した。


「いや流し方が男らしすぎる、何のためのシャワーやねん」


「ヒヒヒ、じゃあ次はお背中もキレイにするねぇ」


 シュリィはボディスポンジを石鹸で泡立たせ、ナオの背中をゴシゴシと擦り始めた。


「あぁ~、ちょっとこそばいけど、こりゃ気持ちええわ」


 シュリィの強すぎず弱すぎない、少し刺激のあるスポンジでの洗体は非常に心地良いものだった。ナオが蕩けていると、シュリィは背中を終え、ナオのお腹を洗い始めた。


「ちょちょちょ!前はええって、自分でやるわい」


「そぉ?じゃあ横~」


 そう言うとシュリィはいたずらな笑みを浮かべてナオの両脇を両手で同時に擦り始めた。ナオの体がビクンと跳ねる。


「うははは!ちょぉやめ~や!脇弱いねんて!もうええから次はウチが洗ったるわ!」


 ナオはシャワーで泡を洗い落とすと、イヒヒと笑うシュリィを椅子に座らせ、頭を洗い始めた。


「気持ちいいねぇ」


「お痒いところはございませんか~つってな」


 ナオは上機嫌で美容師の真似事をする。


「お尻が痒い!」


「は~いこの辺ですか~ってそこは自分で掻かんかい!」


 ナオはシュリィの尻を少し掻いた後にペチンと叩いた。


「ヒヒヒ」


 ナオはこれがツッコミだと言わんばかりに桶の湯をシュリィの頭に叩きつけた。


「うひゃあ」


「ナハハ、うひゃあて、ほら今度は身体洗ったるわ」


ナオはスポンジを泡立たせると、シュリィの背中をゴシゴシと擦り始めた。


「おほ~、気持ちいいねぇ、自分でするのと全然ちがうよぉ」


「なんかその言い方やとアレやなぁ!ちょっと……アカンなぁ!」


 そう言いつつ、ナオはシュリィの背中を洗い終え、続けて腹や胸を無遠慮に洗う。シュリィはくすぐったいのかイヒヒと笑っていた。


「ほな仕返しいくでぇ」


 ナオはニヤリと笑い、シュリィの両脇をコチョコチョと洗い始めた。それは洗うというよりくすぐりに近かった。


「ヒィーーッ!!」


 あまりのくすぐったさにシュリィは椅子から転げ落ち、ナオの手から逃げようと腹ばいになった。ナオは馬乗りになり、容赦なくシュリィへのくすぐりを再開した。


「ナハハハ!うりゃっ!どうや?もっと洗わんといかんなぁ?うりゃうりゃ!」


「イヒヒヒヒ!やぇっ!ナオちゃ!ヒヒヒヒ!もっやぇへぇ!」


 シュリィは笑い過ぎてまともに言葉にできず、ナオを調子に乗らせた。


「なんやってぇ?ちゃんとやめてって言わへんとわからんでぇ?」


「ヒッ……イヒッ……」


 じたばたと体をよじって暴れていたシュリィであったが、次第に大人しくなっていった。やがてピクピクとしか動かなくなると、ナオの手が止まった。


「ふぅ……アカン、ちょっとやりすぎたか?」


 満足げな顔をしていたナオだったが、ピクリとも動かなくなったシュリィの姿に不安を覚えた。


「いやぁ、くすぐったかったよぉ」


 涙と唾液と汗でぐちゃぐちゃになった顔でムクリと起き上がるシュリィを見てナオは安心する。


「スマン、ちょっとやりすぎたわ」


「ヒヒヒ、あと5分はいけたねぇ」


 謝るナオだったが、シュリィの強がりを見てもう少し続ければよかったと思うのであった。






 湯船に浸かった後、さっぱりとしたナオはシュリィに借りた寝巻に着替え、髪を乾かし、勝手にシュリィのベッドに横になる。


「いやぁ今日は疲れたなぁ……」


 目を瞑りながらナオは言った。


「そうだねぇ、いっぱい走ったし、マナも空っぽだよぉ」


 シュリィの言葉にナオの返答はなかった。


「今日は疲れたからねぇ、よいしょ」


 シュリィは眠るナオをグイとベッドの奥側に押し寄せると、その空いた隙間に寝転んだ。


「おやすみなさい」


 シュリィは掛布団を二人にかけると、彼女もまたすぐに眠りに落ちた。





 翌朝、ナオは寝苦しさで目が覚める。仰向けに寝るナオの上ではシュリィが天使によって不正に盛られたナオの胸を枕にして眠っていた。


「まだ食べられるよぉ……むにゃむにゃ……」


 シュリィはナオの上で夢を見ながら寝言を放った。


「いや普通『もう食べられないよぉ』やろ寝言は!夢ん中で腹いっぱい食べて幸せだったのにその夢中断されて起こされるのが一般的!なんやねんまだ食べられるって!まだ腹減ってるのにメシ下げられたんか!そんな悲しい夢やったらウチが起こしたるわ!!───ほんで寝言って実際にあんま聞かんなぁ!?マンガとかの世界でしか聞いたことないわどうなってんねん」


 まだ眠るシュリィをどけて起き上がると、ナオの胸は二人の汗とシュリィの唾液でベトベトになっていた。


「ありゃー、ほな朝シャンするかぁ、ちょおシュリィ、シャワー動かしてぇ」


「ニャモ」


 寝ぼけながら起き上がるシュリィの髪は、普段からくせっ毛でボサボサであったが、それに勝る爆発具合だった。


「いや実験で失敗した博士か!どうなっとんねんその髪ぃ!寝てる間に実験すなよ危ないから」


「イヒヒ……フワァ……」


 二人はあくびをしながらシャワーを浴びた。浴びているうちに目の覚めたシュリィはスポンジをナオに渡して言った。


「また昨日みたいにくすぐられないといいけどねぇ!」


「……今回は容赦せんでぇ」


 欲しがるシュリィをしっかりとめちゃくちゃにした後、シャワーから上がったナオはこの世界に来てから何も口にしていないことを思い出した。


「腹減ったなぁ」


「そうだねぇ、パン焼いたげるねぇ」


 シュリィはトースターにパンを入れ、マナを流し込むと加熱が始まった。どうやらこの世界の家電や水道はほとんどマナで動いているらしい。マナの扱い方を知らないナオは、朝食の後、シュリィに聞いた。


「なぁ、マナってどうやって使うん?」


「えぇ、ナオちゃんマナ使えないのぉ?珍しいねぇ、いいよぉ教えてあげるねぇ。それじゃあお手て貸してぇ」


「助かるわ」


 シュリィはナオの両手を自らの両手で掴み指を絡ませると、目を瞑る。しばらくして目を開くと、気まずそうに口を開いた。


「ナオちゃん、全然マナないかも……」


「はぇ~、そうなん?」


 本来この世界でマナが扱えないことは致命的な弱点だったが、ナオはその重大性に気付いていなかった。


「珍しい体質だねぇ、どうりでシャワーも動かせないわけだねぇ」


「まぁ、困ったらアンタが助けてや」


「いいよぉ」


「助かるわ」


 シュリィは頼られたことが嬉しいのか、繋いだ手をフリフリと揺らした。






 ナオに村を案内しつつ二人が村をプラプラと歩いていると、広場の人々が騒がしいことに気付いた。野次馬根性丸出しで二人がその喧騒の輪に近付くと、11、2歳ほどの少年が大げさな演技を交えつつ声高に喚いていた。


「そしたらよぉ、あの林の木がこーんなに薙ぎ倒されてたんだよ!あの炎龍の仕業に違いねえよ!」


 周りの村人たちは恐れおののいたり己の見解を述べたりするなどして騒めいていた。ナオとシュリィの二人は今の一部分を聞いただけで何のことで騒ぎが起きているのかすぐに理解した。


「大丈夫だよぉ、あれ私から出たまほムグゥ!?」


 昨日の炎龍の正体を喋ろうとするシュリィの口をナオが慌てて抑え込み、シュリィにだけ聞こえるように小声で言った。


「アホ!正直に話してどうすんねん!やれ本当かどうか見せてみろだの被害の賠償金を払えだの面倒言われるだけやで!ここは知らんていで黙っとき」


 シュリィはナオの手に抑えられながら分かった、とコクコク頷きながらナオの手のひらをペロリと舐めた。ナオは「何すんねん」と言いながらシュリィの服で唾液を拭き取り彼女を解放するが、シュリィの言葉を少年は聞き逃さなかった。


「おいおい、あの炎龍はお前が打った魔法だって言ったかシュリィ?ハハハ!お前のションベン魔法があんな威力なわけねぇ~だろ!ハッハッハ!」


 シュリィの魔法の威力は周知の事実だったらしく、少年につられて村人たちも笑いだした。シュリィも「そうだよねぇ」と言って笑っていたが、ナオは友人がバカにされている様子に怒りを抑えられず、シュリィを焚きつけてしまう。


「なにわろてんねんボケが!よっし見せたれシュリィ!あんたの水魔法であのクソガキブチのめしたれぇ!」


「えぇ~、今日はあんまり出ないかもぉ」


 自信なさげにシュリィは言った。


「ハッハッハ!いいぜシュリィ、打って来いよ!どうせここまですら届きやしねぇんだ!」


 少年は煽るようにぴょんぴょんと跳ねて踊っていた。煽り耐性のないナオはほら、と早く打つようにシュリィの尻を軽く叩いた。


「今日はあんまり自信ないけどぉ…出るよぉ!ウォーター!」


 魔法を唱えると杖の先から安物の水鉄砲程度の水が飛び出し、少年の頭を濡らした。少年は少し驚いて声を上げたが、一番驚いているのはシュリィ本人だった。


「へっ、前よりはちょーーっとだけ飛ぶようになったみてぇだけどよぉ、この威力だ、やっぱりあの龍はシュリィとは関係ねぇよ!」


 少年は濡れた顔を拭いながら言った。


「なんや手加減してやったんか、優しいなぁアンタ」


 ナオも話しかけたが、当のシュリィにはそれらの言葉は耳に届いておらず、プルプルと震える両手に視線を落としていた。


「すごいよぉナオちゃん、今までこんな出たことなかったよぉ!」


「いや昨日めっちゃヤバいの出しとったやんけ」


「昨日のはなんか違ったんだよねぇ……自分の魔法って感じじゃなかったから……でも今日のはホントに私の実力だったよぉ!こんなに出たの初めてぇ!」


 ナオは釈然としなかったが、喜ぶシュリィを見てまぁいいかとなった。


「ほ~ん……?まあ良かったなぁ」


「うん!」


 シュリィの満面の笑みが眩しすぎてナオは目を逸らした。そこに前髪を濡らした少年が話しかけてくる。


「よぉお前誰なんだ?この村の人間じゃないよなぁ、お前シュリィの何なの?」


「人のこと聞くときはまず自分からやで、クソガキィ」


 少年からあからさまな猜疑の目を向けられたナオは喧嘩腰に答えた。


「チッ……俺はこの村で牧場やってるカッタだ、お前は何なんだよ!」


「ウチは無職のナオちゃんや、よろしゅうなクソガキ」


 ナオの差し出した右手を払いのけてカッタは叫ぶ。


「クソガキじゃねぇ!それよりお前、急に出てきてシュリィと仲良くして……どういう関係なんだよ!」


 手を払いのけられたナオは驚いて目を丸くしたが、あまりにもわかりやすいカッタの恋心にニヤリと笑い、彼の耳に口を寄せて小声で話す。


「なんやアンタ、シュリィのこと好きなん?」


「ちっ、ちげぇよバカ!こっちくんな!」


 図星をつかれたカッタは顔を真っ赤にしてナオのそばから離れた。ナオはカッタの頭をポンポンと叩くと、ケラケラと笑った。


「安心しぃ、ウチはただの友達や。ま、応援しとるで、カッタ」


「うるせぇ!わかったからもうどっかいけ!」


「せや、どっか行く前にアンタの牧場見してぇ、興味あるわ」


「あっ、私も行きたぁい!」


「べ、別にいいけどよぉ、そんかわり仕事ちょっと手伝えよな」


 カッタはぶっきら棒にそう言ったが、意中の人と共にいられる時間が出来たことで内心飛び跳ねて喜んでいた。お邪魔虫が一匹付いていたが。

 広場に集まった人々もしばらく林の方へは近寄らないように、と注意する決まりが出来て解散することとなった。

ご精読ありがとうございました!面白いと感じていただけたら評価やブクマなどしていただけると励みになります!続きます!

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