平和ボケ女
楽しんでいただけたら幸いです。
ナオとシュリィの2人は談笑しながら村への道を歩き進んでいた。
「アンタ森ん中で何しててん?」
「薬草集めだよぉ。ほらぁ」
そう言いながら開いたリュックの中には大量の草が詰め込まれていた。
「はぇー、これ何や?自分で使うんか?」
「違うよぉ、買い取ってくれる人がいるからその人に渡すんだぁ。痛み止めとかの効果があるんだってぇ」
シュリィは続けてずずいとナオの耳元に近付いてこしょこしょと耳打ちする。
「けっこういいお値段になるんだよぉ、イヒヒ」
「いや笑い方も相まってワルモンのセリフ過ぎる!これヤバい草なんかな、ってなるわ!」
ナオは耳がくすぐったかったらしく、ツッコミながらプルッと震えた。シュリィはイヒヒと笑いながらリュックを背負いなおす。
「ナオちゃんってこの辺の子じゃないよねぇ?どこから来たのぉ?」
シュリィの何気ない質問にナオは言葉が詰まる。
(転生してきたってぇ話、信じてもらえるんかなぁ?何かヤバい奴認定されておまわりとか呼ばれても嫌やしテキトーにはぐらかしとこか……)
「まぁ、かなり遠くからやなぁ……」
「やっぱりぃ!カンサイでしょぉ!訛り方が絶対そうだもん!」
「えぇっ!?関西知っとるんか!?」
「そりゃ知ってるよぉ、あの地図の端っこの田舎でしょぉ?」
「いや田舎ちゃうわ!しっかり栄えとるっちゅうねん!ちょっと地図見してぇ」
「いいよぉ、地図ねぇ……ほら、ココでしょお?」
シュリィはスマホに地図を表示させナオに見せる。
「助かるわ」
ナオは地図を見回し、この世界の大体の地形をなんとなく把握する。この世界はエリアスという巨大な大陸国と海、そして小さな島のみで構成されていて、現在ナオは南東に位置する『エリアスミル』という村に向かっているところだった。シュリィの言うカンサイという町は東の端に位置していた。ナオはこれじゃカンサイやなくてカントウやろ、と心の中でツッコミを入れた。
「ナオちゃんスマホ持ってないのぉ?珍しいねぇ」
「ちょっとウチに忘れてきてん」
ナオは転生する際に荷物をいくつか持ってきていたが、ほぼ酒とタバコしか持ってきておらず、料金を滞納して使えなくなったスマホは無用だと置いてきていたのだった。
「わざわざ遠くから来たのにおまぬけさんだねぇ」
「やかましわ」
などと話していると、シュリィがハッと息を呑んだ。
「なんや、ついたんか?」
村に着いたのかと聞くナオであったが、対してシュリィは言葉を発さず前方に向かってダバダバと走り出した。その余りにも滑稽な姿は走るというより踊っているようにナオの目には映った。
「な、なんやぁ?」
シュリィの突然の行動に呆気にとられるナオであったが、すぐにその理由を理解した。20メートルほど先に熊らしき獣の子供がヨチヨチと歩いていたのだ。すぐにナオもシュリィを追って走り出す。
「おーい!抜け駆けはアカンでシュリィ!ウチにもモフらせてぇ!」
ナオは小熊のもとに着くや否や小熊を抱きかかえてスリスリと頬擦りをし出した。しかしすぐに何かがおかしいことに気づいた。小熊を可愛がりに走ったと思っていたシュリィがまだ先を走り続けているのだ。
「ハッ!もしかしてアンタまた魔物なんじゃ……」
そう訝るナオであったが、小熊は攻撃らしい行動をせず、指をしゃぶりながらつぶらな瞳でナオのことを見つめるだけだった。
「や~~ん❤かわいいねぇ❤お母さんとはぐれちゃったのかなぁ?一緒に探してあげるからねぇ❤」
ナオのこの言葉はすぐに叶うことになるが、この平和ボケした愚か者には知る由もなかった。
「ちょっとナオちゃぁ!何してるのぉ!?早く逃げてぇ!」
道の先で後ろを振り返ったシュリィは、視線の先で繰り広げられているあまりにも度し難いナオの行動に思わず叫んでいた。
「……もしかしてこれ、アカンやつ……?」
鬼気迫るシュリィの表情に、ようやく今の状況の危うさ、そして己の愚かさに気付くが、もう遅かった。
「グルルルル……」
ナオは震えながら音のする方へ顔を向ける、視線の先には母熊と思しき巨大なクマが敵意をあらわにしながら唸り声を上げていた。
──全身から冷や汗が噴き出す。力の抜けた両腕から放たれた小熊は母熊のもとへ走っていった。
「や、こんちゃ……それ、君の子?かわいいね……ほな……」
身体を強張らせながら後ずさりするナオに対し、母熊はジリジリと距離を詰め、怒号を上げながら立ち上がり、ナオを引き裂かんと前足を薙ぎ払った。
ナオは母熊の声に腰を抜かしたが、それが幸いしてその一撃をすんでのところで躱すことができた。しかし状況が全く好転していないことは火を見るより明らかであった。
「あ、アカンてこれは……ホンマにアカン……」
絶望するナオであったがある違和感に気付いた。先ほどの母熊の一撃を躱していたと思っていたが、胸の先端、つまり衣服の乳首の部分のにのみ爪が当たっていたらしく、裂き切られた服からは乳首がまろび出ていた。それも両方。
「いぃやなんで器用に両乳首の部分だけ切り取ってんねん!少年マンガの逆か!服が破けても絶対に乳首だけはこぼれ出ない少年マンガの逆ぅ!サクランボさん2人ともコンニチワ~ちゃうわぁ!教育に悪いでこんなん子供に見せたらぁ!なぁ!?」
関西人の血がそうさせるのか天使から授かったスキルがそうさせるのか──ナオは獣相手に思わずツッコミを入れていた。しかしそれによってナオは冷静さを取り戻し、立ち上がることができた。ついでに服をずらして乳首をしっかりと隠した。
「ほな……これあげるから追ってこんといて……」
『熊は落とし物に興味を惹かれる』って聞いたことあるなぁ、そう思い出したナオは煙草の箱を一つ地面に置き、祈るようにその場を離れた。祈りが通じたのか母熊が腕を下ろして煙草の箱に顔を近づけている間に距離をとることができた。
「ハァ、ハァ、なんとかなったで……!」
ある程度離れることができたナオは母熊に背を向けて走り出したが、少しすると煙草に興味を失った母熊が顔を上げ、ナオを追いかけ始める。
「もうやらんぞ、ボケがぁーッ!」
煙草を一箱も失って不機嫌なナオは悪態をつきながら走る。前方にはダバダバと走り続けていたシュリィの姿が見えた。
「ちょお、シュリィ!なんか魔法で追い払ってぇ!」
「まもまぁ!まぁまもぉ!」
「はぁ!?なんやてぇ?」
口いっぱいに薬草を頬張りながら走っていたので、ナオが理解することのできる言葉をシュリィは発することができなかった。
「もっ!もっ!」
「ちょお、飲み込んでぇ!担いだるから!」
シュリィの走る速度と薬草を飲み込むことのあまりの遅さに痺れを切らしたナオは自身のリュックをお腹側にかけ、シュリィをおぶって走り出した。
「もぐもぐ、ゴクリ。ふぅ…………」
「いやこの状況でまったりせんといてぇ!なんで薬草食っとんねん!」
「いやぁ、どうせ死ぬなら痛くないほうがいいかなぁって、痛み止め効果があるらしいからねぇ、ヒヒ」
「まだ諦めんなアホォ!てか薬草って生でバクバク食うもんちゃうやろ!そんなことより後ろの熊ァ追い払ってや!火ぃとか見たら逃げるやろ!」
「イヒヒ、地獄の熊は火くらいじゃ怯まないよぉ」
「アイツ地獄の熊っての!?名前恐ろしすぎるやろ!よっぽど強いんでしょうなぁ!どうりで一目散に逃げたわけや!」
「イヒヒ、逃げちゃってごめんねぇ、でもあの時のナオちゃんの行動は完全に狂ってたよぉイヒヒヒ……」
ナオは熊の子供とじゃれていたことを思い出す。
「確かにィ!あれはウチがボケタコやったわ!」
「イヒヒヒ、余裕があったらあれも撮っておきたかったねぇヒヒ、イヒヒ」
「ちょお、笑ってないでなんとかならんか!?このままじゃ追いつかれてまう!」
ヘルベアーの脚力は凄まじく、ナオも必死に走っているがどんどんと距離が詰まっていく。
「なんか……薬草食べてから調子いいかも……ヒヒ……すごいの出そう…すごい魔法出るかもぉ」
「おー!出したれ出したれ!」
シュリィは背負われながら上半身を捻り、杖をヘルベアーに向けて呪文を唱えた。
「……出る!魔法出るッ!ウォーターッ!!」
シュリィが魔法を唱えると、杖の先から大瀑布じみた量の水が放たれた。林道に沿って放たれたそれはけたたましい音を立てながら周囲の木々を薙ぎ倒しながら進む。ヘルベアーを退けるには十分過ぎる威力だった。
「……は?」
ナオは今まで通ってきた道の景色が一変していたことに愕然としていた。魔法の通り道になったであろう木々はへし折られ押し流され、元々あった林道は倍近くの広さになっていた。
「ヒィーッヒヒヒ!あっまた出る!すごいのまた出るッ!火が出るよぉ!」
「ちょっ!火はアカン!火事はシャレんならんて!打つなら空に打ってぇ!」
「出るッ!ファイアァーッ!!」
空に向かって放たれたそれは登り龍かの如く空へと羽ばたき、周囲を赤く照らした。炎は消えることなく視界に映らなくなるまで飛んでいった。これが森に向かって放たれていたかと思うと、炎によって周囲の温度が上がっていたにもかかわらずナオはぞっとして身震いをした。しかしヘルベアーを撃退したことを確認したナオはピョンピョンと跳ねて称賛するように背中のシュリィをゆすった。
「アンタやるやん!前のジジション魔法なんやってん!実力隠してたんかこの~!」
シュリィは何も言わず、ただナオの背中に向けて胃の中のものを全て吐き出した。薬草まみれの吐瀉物がナオの背中を生暖かく撫でた。
「だぁーーーっ!?何……えぇーーっ!?」
ナオは怒るべきか心配するべきか、混乱してどっちつかずの奇声を放っていた。
「ふぅ~っ!」
やけにスッキリした表情でナオの背から降りて立ち上がるシュリィを見たナオは安心し、やはり怒ることにした。
「何してくれとんねんアホォーッ!」
「イヒヒ、ごめんねぇ、急にマナいっぱい使ってマナ酔いしちゃったけど、スッキリ!」
「ウチゃゲロ袋ちゃうでぇ!頼むわぁ」
「後でうちのシャワー貸したげるねぇ!あっ、そろそろ村につくよぉ!」
「おぉ、ホンマや」
一心不乱に走っているうちに村の近くまで来ていたらしく、少し歩くと木造りの家屋や畑が散見された。
「ド田舎やんけ」
「イヒヒ」
シュリィは村の名前が書かれた看板にたたっと走り寄って振り返る。
「いらっしゃい、ここはエリアスミルの村、何もないけどいいとこだよぉ。ゆっくりしていってねぇ!」
「いやアンタがその役なんかい!ゲームでおるけどそういうの!」
ゲロまみれの二人はケラケラと笑いながらシュリィの家へと向かっていった。
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