ツッコミ女とボケ天使
初投稿です。楽しんでいただけたら幸いです。
「うげぇー……こんなん死んだほうがマシや……」
大阪に住む売れない芸人、直江ナオは唾液と汗にまみれながら自宅の便器に青白くなった顔を突っ込んで嘆いていた。
昼に目が覚め、昨晩の記憶が戻らぬまま眠い目を擦りつつ飲み干した缶コーヒーには哀れにも自らがねじ込んだ大量の吸い殻が入っていたのだ。
押し寄せる吐き気とめまいに耐え切れず、彼女は意識を手放していった。
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「どこやここ……?」
目覚めた彼女は、見渡す限り黒に近い紺色に包まれた不思議な空間にぽつんと立っていた。
「虚無すぎる、地獄か」
あまりにも空虚な空間の中でそう呟くナオの前方、腰あたりの高さの空間に穴が開き何者かの腕がもぞもぞと出てくる。腕で穴の入り口を掴むとズルリと頭から全身が這い出てそのまま床に倒れ伏した。砂浜に打ち上げられた魚のような姿のそれは一体何者か。長い金色の髪、背中には純白の羽、頭上には光り輝く輪。天使である。
「いやどう見ても天使の登場の仕方ちゃうやろ!シマウマの出産か!動物系番組とかでたまに出てくるけど!あんなもん誰も見たないねんから!猫ちゃんかわいーとか思いつつメシ食いながら見てたのに急にサバンナ特集みたいなん始まって狩りとか出産とか流れ出してキッツいねん!食欲失せるわ!何で天使がシマウマの出産みたいな現れ方やねん!天使は空から光がファーってなってゆっくり舞い降りるやつとかで登場しいや!ボケェ」
怒涛のダメ出しに天使はクフフと笑いながら立ち上がり、ポンポンと服のホコリを落とすような仕草をした。
「すみません、新人なものですので……」
笑みを浮かべながら天使は第一声を放った。
「こんにちは、直江ナオさん。私は天使のキリエルです」
「はいこんちゃ、ナオちゃんです」
そう挨拶を返すナオは自身のツッコミに天使が笑ったのを見て内心喜んでいた。
「残念ながらナオちゃんは命を落としてしまいました」
「いや自分で言うたけど初対面でナオちゃん呼び早いなぁ!急に距離グイー詰めるやん!なんかくすぐったいわ!嫌いじゃないけど、むしろ好きやけど!そんでウチ死んだんか……まぁそうやろなとは思っとったけど」
ナオの返しが面白かったらしく、キリエルはフフフと声を出して笑っていた。その後コホンと取り繕ったかのように咳払いをした。
「その……フフ……コホン!ナオちゃんには、世界を救っていただきたくてですね、こうして呼ばせてもらったのですが……どうでしょうか?」
「いや説明ザックリしすぎやろ!死んでもーたウチに何しろっちゅうねん、具体的に頼むわ」
「そうですね、まずナオちゃんにはこの地球とは別の星にあるエリアスという国に転生してもらいます」
「転生!?なんやそれおもろそーやん!」
目をキラキラとさせるナオの表情に微笑みながらキリエルは続けて説明をした。
「その世界では魔王軍によって人々の生活が脅かされています。そこでナオちゃんには勇者となって魔王を打ち倒して平和を取り戻していただきたいのです」
「ええやんええやんそういうの!ワクワクするわ!でもウチ格闘技とかやってへんからめっちゃ弱いで?」
そう返しながらシャドーボクシングのそぶりをするナオに待ってましたと言わんばかりの表情でキリエルは伝えた。
「フフフ、そうおっしゃられると思って色々なスキルを用意いたしました!好きなものを選んでください!」
キリエルはそう言いながら手を口のあたりに持っていくと、口からトランプほどの大きさの紙をパラパラと吐き出した。
「いやカードの出し方ァ!!おもしろマジシャンか!おもしろマジシャンがトランプ足りない時に足す時のやつや!もっとまともな出し方ないんか!」
そうツッコむナオであったが、フフフと笑うキリエルを横目に興味と目線は床に置かれたスキルの書いてある紙に引かれていた。
「机とかないんか、まあええけど……フゥン……『全ての大魔術』……ええなぁ……『最強の聖剣-エクスカリバー-』……カッコええやん……」
座り込み目を輝かせながらスキルを一つ一つ吟味していたナオにふと疑問が浮かんだ。
「なぁこれ貰えんの1個だけなん?」
「いえ、スキル全てにポイントが決められていて合計100ポイントまでの制限があります。例えば聖剣エクスカリバーだと100ポイント全てなので1つだけしか選べませんが、こちらの『隠密』のスキルだと3ポイントの消費だけなので他にも色々組み合わせができますよ」
「かぁ~なるほどねぇ~」
そう唸りながらナオはスキルの吟味を続けた。
「そういえばお若いナオちゃんにはあまり必要ないかもしれませんが、年齢や身体もポイントを消費して変えたりできますよ。消費ポイントはそこの…」
「変えまァす!」
即答したのち、ナオは聞かれてもいないグチを語り始めた。
「ウチ、全ッ然モテへんねん。なんでやと思う?そう!胸が小さいからや!こんなにオモロくて顔も性格もええのに!なんで酒もタバコもやれる年なのに胸は絶壁やねん!腹の肉は育つのになぁ!?なんでやねん!チチが育てや!なぁ!?」
「ま、まぁまぁ……それでナオちゃんはどのように変えたいですか?」
立ち上がり不満を口にする内にヒートアップしてきたナオをなだめるようにキリエルはそう言った。
「スマン熱くなってもうたわ、堪忍な!んじゃあオッパイデカ盛りで、あと年も5歳くらい若くしてや」
「い、いいんですか?デカ盛りとなるとその……ポイントを全部使うことになりますけど……」
「ちょ、そらアカンわ!うーん……じゃあアンタとおんなじにしてや」
キリエルの谷間のある胸を凝視しながらナオはそう要求した。
「わ、私と同じくらいですか?そんなにしてしまっていいんですか?」
「ええで」
理想の胸になれると期待するナオは満面の笑みで答える。
「わかりました、ちょっと待ってくださいね。モニョモニョ…」
少し恥ずかしそうな表情をしながらキリエルは何やら呪文のようなものを唱えた。
「えいっ」
そう掛け声を出しながら両手でナオの胸に触れるとムクムクと胸が膨らみ始める。うおっと声を出して驚くナオの胸の形を整えながらキリエルはナオの額に仕上げの口づけをした。
「へあぁ」
ナオは力が抜け、情けない声を出しながらその場に座り込んだ。胸には今までにはないずっしりとした重みを感じていた。
「はい、終わりましたよ」
そう言いながらキリエルは全身鏡をナオに見せた。
「うう……思ったより重いわこれ、でもええやん!モテるでこりゃ、まいったねどうも」
自分の胸を両手で上げ下げしながらナオは満足げに言った。
「ほんであと何ポイント分のスキル貰えるんや?」
「10ポイントですね」
「10か……ジュウ!?!?!?」
あまりのポイントの消費具合にナオは声を裏返して驚いた。
「いぃやいやどうなっとんねん内訳!」
「えぇっ!?カードを見て納得して決めたんじゃないんですか?」
「カードぉ~?」
焦りながらトカゲのように這いつくばり、目的のカードを見つけたナオはその消費ポイントに目を白黒させた。
「年齢操作1つ3ポイント……身体操作100グラムで5ポイント……!?書いてあるわ!確かに!これはウチが悪いです。」
自分の非を認めたナオは汗を垂らしながら気色の悪い笑みを浮かべ媚びたような上目遣いでキリエルに向かって言った。
「そにょ~……キャンセルとかって……できますぅ……?」
「それはその……すみません……」
困った笑みを浮かべながら謝るキリエルの足元には呻きながらうずくまる愚か者が一つ転がっていた。この構図で描かれた絵画『懇願する愚民』はのちに名作として世に知られることとなる。
「まぁええか!」
160cmほどの身長、黒髪のショートヘアにキツネじみた切れ長のつり目、胸部は天使の厚意によって用意された異世界用の服を大きくなった胸が押し上げていた。常時ニヤついているかのようなその目だったが、今は実際にニタニタとよこしまな笑みを浮かべていた。
鏡に映る若返ってツヤの出た肌をまじまじと見ているうちこの単細胞生物は元気を取り戻していたのだ。その様子にキリエルも安心したように胸をなでおろしていた。
「では、残りのポイントはどのように使いますか?」
「あー……オススメとかある?なんかもう取れへんスキル見てると悲しなってくるからアンタが選んでや」
ナオはカードから目をそらしながらそう言った。
「それじゃあ丁度よかった!10ポイントピッタリでユーモアのあるナオちゃんにオススメのスキルがあるんですよ!」
そう言うとキリエルは1枚のカードを手に取った。
「『ボケとツッコミの化学反応』ぅ~?どっかで聞いたことあるフレーズやなぁ……なんやっけこれ」
「これは『コメディアン・ケミストリー』と読みます。省略して『ケミストリー』だけでもいいですよ」
「いやケミストリーちゃうやろ、あのお笑いのぉ……なんやっけなぁ?ま、ええわ。ほんでどんなスキルなんこれ?」
「はい!これはですね、ナオちゃんが今までしていたように面白いことを言ったり起こしたりするとなんだかいいことが起こる常時発動型のスキルです!つまりボケたりツッコんだりすると強くなったりするんだと思います!」
「なんやフワっとしとるなぁ、まぁウチおもろいし、ええか!ナハハ」
「ええ!ナオちゃんは面白いので大丈夫です!フフフ」
楽観的な二人はそう笑いあった。能天気という単語でAIイラストを出力したならこの二人が描かれることだろう。
「そろそろお別れですね、ナオちゃん」
「おおきにな、いっちょ世界救ったるわ」
手のひらを拳で叩きながら別れを告げるナオの足元に魔法陣のようなものが描かれる。彼女の背には自宅から酒とタバコをありったけ詰め込んだリュックが背負われていた。
「そうだナオちゃん、最後にこちらを差し上げます」
そう言うとキリエルは福引で使われるようなベルを渡した。
「なんやこれ」
「一度だけ私を呼べるベルです!あっ名付けて『呼べるベル』です!……フフ……困ったときに鳴らしてくださいね!」
「ギャグはしょーもないけどおおきにな!ホンマに困った時使わせてもらうわ」
ナオがベルを鞄にしまうと同時にキリエルの準備が終わる。
「ではいきますね。えいっ」
「おー」
キリエルの掛け声とともにナオの体が光に包まれ、少しすると跡形もなく消えた。
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「あっっつ!!」
大地に降り立ったナオは、肌に感じる熱をそのまま反射的に声に出した。
周囲を見渡すと辺りは草の一本も生えていない黒い山とドロドロと流れるマグマに囲まれていた。空には形容しがたい声で鳴く翼竜のようなモンスターが飛び交い、炎を吐きながら縄張りを争っていた。
「いぃぃや初手に来るとこちゃうやろココぉ!」
ダラダラと汗を流しながらナオは渾身のツッコミを放った。
「普通最初は村とか平原とかから始まるやろ!火山ステージは色々挟んだ後に訪れる最後か最後の一個前や!ほんでよう見たら魔王城みたいなんあっこにあるし!右も左もわからんうちにまた死んでまうわこんなん!死にながら育っていく鬼システムか!って、ウワァなんか来た!顔ぎょうさんあるバケモン犬来たって!こんなペットは嫌だ!どんな?コイツやぁ!!ちょ、キリエルさぁん!いったん戻してぇ!」
ナオは逃げ走りつつ一度しか使うことのできない天使を呼べるベルを必死にカラカラと鳴らしながら叫んでいた。するとナオの足元の空間が歪み、ナオはその歪みの中に落ちていった。。
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「ンフフフフフ……」
ナオを再び亜空間に引きずり込んだキリエルは腹を抱えて笑っていた。
「ハァ…ハァ…なにわろとんねん!天使じゃのぉて悪魔の所業やろこんなん!羽も輪っかも返納せいボケぇ!」
汗をダラダラと流しながら文句を言うナオであったが、さらに笑い転げるキリエルを見てつられてナハハと笑っていた。
「あの……ごめんなさい」
しばらく笑ったキリエルは落ち着いた後、笑い涙をぬぐいながらナオに謝罪をした。
「や、別にええで、すぐに助けてもろたし」
「その……どうですか?」
「どうってなんや?」
「スキルです!私の転送先に対してのナオちゃんのツッコミです!何かいいことありましたか?」
「そういえばそんなスキルやったなぁ……でもようわからんわ」
その場に座り込みながら手をグーパーさせるナオだったが特に何も変化は感じていなかった。
「そうですか……まぁ何度か使っていくうちに強くなったりするんだと思います!じゃあもう一度いきますね!」
そういうとナオの尻の下に魔法陣が浮かび上がった。
「ちょちょちょちょ、待たんかい!アンタから貰ったベル壊れてもうてんけど」
ナオは転送の準備を始めるキリエルに制止をかけ、割れたベルを見せた。
「それはもちろん、一度しか使えませんから……残念でしたねぇ」
そう言いながらもキリエルはナオの言葉を欲しがってちらちらと横目で見ていた。やれやれといった態度でナオは返す。
「アンタのボケのせいで壊れてもうたんやけどぉ!?アンタからの貰いもんやけど失ったら失ったで悲しなるわ!こんなことなら最初からもらわなけりゃよかったって、なるわぁ!」
「しょうがないですねぇ、それではもう一つお渡しするので今度は使いどころに気を付けてくださいね!」
「どの口が言うてんねん」
笑い合いながら満足した二人は別れを告げ、再びナオはエリアス国へと転送された。
ご精読ありがとうございました!面白いと感じていただけたら評価やブクマなどしていただけると励みになります!続きます!