(4)『地下生活者の記録』
(4)『地下生活者の記録』
㈠
狂ったピエロの行進を見たんだ、という嘘の夢の話を述懐する主人公の小説を、書いてみようかと思ったこともあった。それでも俺は、地下生活者である以上、何ら、嘘を書く気にはなれない。事実を述べてこその、地下生活者だろう。
潰れた眼球の様なもので、良く見えない世界を見ることは、俺が眼鏡を買い替えるお金の余裕が、充分にないことに起因している。誰が見ていたって、気にするな、という話しなんだ。俺は俺だろう。すると、今年は、或る申請書が来ていなかったことに気づく。
㈡
電話して確認してみると、申請書が送られるのは、来年ですよ、という話だったので安心した。よく言う、首の皮一枚繋がった、って話だね。やばかった人生が、また、少しだけ繋がったことに、俺は神に敬意を表する。
それにしても、地下生活者は、どれだけの苦悩を持っているんだろう。訳が分からないって、確かにそうなんだ、しかし、どうだろう、今日も地上では、眩暈がしたよ。不確かなる確か、ってやつが、適当な文句かね。
㈢
缶コーヒーは、本当においしい。このうまさに、もう十数年浸っているのであって、全く飽きないのが不思議なくらいだが、この金なし地下生活者にとって、この缶コーヒーとやらは、非常に高級な飲み物なんだが、最近は値段が上がって困るよ。
10円、20円、そういう値上げの値段が、身に染みて痛いんだ。何なら、俺は知っている、街の大通りから離れた、裏道のほうが、値段が安いってね。特に、工場が近くにあるところなんかは、随分安い。こういうところでは、真面目に、2本買っておくね、正当だろう。