2話 矮星の一日
お待たせしました。
あいつなんだったんだ。
クルサネ・マヴはさっきまで絡まれていた男を思い出しながら、フードの中で冷や汗をかいた。
何だか自分と話したそうだったし、何やら人目を気にして居たようだったからわざわざ路地裏で話したのに、急に剣を抜かれたときはかなり戸惑ったし、焦った。自分の異能が無ければかなり危なかったし、今日は異能は一回使えるかどうかだろう。今日はなるべく面倒事は避けたい。クルサネは強くそう思った。
クルサネの【異能】は、「一瞬だけこれから起こりうる出来事の運を操作する」というものである。これだけ聞くとかなり便利そうだが、代償も大きい。
「運の操作」にはクルサネの生命力を消費する。そして運を操作したことによって「ありえない」ことに近い現象が結果として残ったとき、生命力を大量に消費する。「ありえない」の判断基準はクルサネの主観と客観を基に決まる。クルサネは以前「自分に人間のパートナーができる」ことを異能をを行使し想像したところ、3日3晩寝込む羽目になった。事の次第を知った知り合いの氷のような目をクルサネは今でも思い出す。
その気になれば相手を病死させることもできるが、相手が健康であればあるほど消費する生命力が多くなる。実力差が開くほど、相手の状態を悟りにくくなり、生命力を失うリスクが高まるので、クルサネは異能を戦闘運用しようとすることを諦めた。相手を殺そうとして自爆するのは笑えない冗談だ。
「ありえない」の判断基準がクルサネの主観も入っていると彼が思ったのは、とある採取依頼をされた時のことだった。その植物は確かにツィクルからほど近いコルラ山に生育条件が整ってはいるが、ノルデア王国全体で見ても数が少なく、コルラ山での目撃条件は眉唾もののうわさ程度に止まっていた。それでも薬師に「どうしても採取してくれ」と言われたギルドが、当時戦闘依頼を受けず採取依頼ばかり受けていたクルサネに仕事を投げた。
クルサネは見たこともない植物を求めて「早く仕事を終えたい」という思いのもとコルラさんに赴き、見事その「ツキネ草」を手に入れた。
そのときクルサネがさほど疲労感や体力の消耗を感じなかったのはクルサネの視界外にツキネ草が生えた、つまり「ありうる」がクルサネの主観で裁定されたのだとクルサネは思う。
そんなわけで、クルサネは薬草取りの冒険者としてその存在が知れ渡っていた。ギルドにお願いして名前や容姿の情報を拡散させないように依頼したが思いのほかうまく行った。「矮星」などという少し不名誉な二つ名もついてしまったが、クルサネはあまり気にしていなかった。自分が魔族であることがバレるより遥かに良いと思ったのである。
街外れへ行き、ヴィルクの薬屋に向かう。彼女はクルサネが無名だった頃から懇意にさせてもらっている。採取依頼は8割彼女からのものだ。
「いつもお疲れ様です。神無菊18束、強欲草10束、鎌苅草5束......」
ヴィルクが柔らかな物腰で迎え、成果を計上していく。一見淡々としているとも見えるその態度にクルサネは何度も救われている。
「……そしてツキネ草5束ですね。35700バベルです。お受け取りください。」
ヴィルクが硬貨の入った袋を差し出す。クルサネはそれを受け取る。笑みを浮かべていたかもしれない。矮星と嘲笑われようと稼ぎはしっかりとある。そこにささやかな安心を感じていると、ヴィルクが話しかけてきた。
「クルサネさんにはいつも助けられていますね。あなたのお陰でこの街は疫病に見舞われずに住んでいます。あなたのやっていることが世間では評価されていないのが残念です。」
驚いた。
彼女が否定的な言葉を使うのをクルサネは初めて見た。と同時に彼女がクルサネに助けられている、と感じていることを知った。
その後幾つか会話をし、クルサネは薬屋を辞した。
所変わって商店街。
クルサネは雑貨屋の前に立っていた。カウンターの前に立ち、呼び鈴を鳴らすと、ややあって筋肉質の大柄な男が奥から現れた。
「.......お前か」
店主は深みのある低い声で話す。クルサネの昔馴染みだ。
「親父、帰ってきたよ」
とある事件からクルサネは彼を「親父」と呼んでいた。
「クルサネ、俺を親父と呼ぶのはやめろと言っただろう。それにしても大きくなった。お前にはあの話をした方が良いな」
「何の話?」
「お前の出自に関する話だ」
厳かな雰囲気で店主が話す。
クルサネは目を閉じた。瞼を閉じれば浮かんでくる。炎に包まれた村。頬を打つ熱。声は聞こえない。涙も流れない。もう、乾いてしまった。
「お前は族長の直接の息子ではない。あれは17年前......」
神無菊
そのまま食うと精神に負担がかかり、一時的に心身喪失の状態になる
煎じれば、精神安定剤になる
強欲草
魔法的な攻撃手段に対しての耐性は下がるが、一時的に筋力を増大させる
特殊な製法でできた薬は恐ろしい効果を持つ
鎌苅草
葉が鋭利で採取しづらい
簡易的な研磨剤としても使えるが、煮出した汁は漂白剤として使う
ツキネ草
満月の夜に山岳地帯でごく稀にしか見つからず、希少価値が高い
昏睡状態の人に対して使うと気つけ薬になり、意識がはっきりしている人に使うと昏睡状態にできる
薬草の効果を書いてほしいという意見があったので、追記。
5/6加筆修正。