五 高昌国にて
孫悟空を従えた玄奘三蔵の一行は、高昌国に辿り着いた。
道中、悟空は何度も玄奘に手合わせを願い出、玄奘も武芸の足しにと全てに付き合い、悟空の並外れた戦闘センスの良さには敬服していた。同時に、最初は何とかして玄奘を倒してやろうと挑んでいた悟空も、場数は自分が勝るのに何故か勝てない玄奘の化け物じみた強さに次第に毒気も抜かれ、元は猿の王でもあったことから気品そのものは身につけていた事もあり、次第に乱暴さは鳴りを潜めるようになっていった。
「三蔵様はそんなに知識も豊富なのに、何で天竺までわざわざ出向かれるんで?誰か人を遣らせて取ってこれば良いんじゃないですか」
「孫行者よ、拙僧は原典が読みたいのです。唐に残された仏の教えというのは、誰かが訳したものを拠り所としていましてな、いささか道理の通らぬ解釈が無いでもない。原典を見れば誤訳も分かるだろうし、今まで気付けなかった真理に近づく事もできるのではないかと思うのです。その楽しみを他人にやってもらっては喜びも半減してしまうものでしょう?」
その為に国の禁止事項を破って出奔してまで初版本が欲しいんだから求道者の心理は昔も今も変わらないらしい。
「で、その書物ばかり求めてた坊さんがどうしてそんなに訳の分からん強さを持ってるんで?俺にはそれが一番不思議でしてね?」
「ん?強いんですか?修行の折に少林寺の書物も片っ端から読み漁って、ちょっとやってみたら色々出来ただけなんですが、何しろ少林寺の連中も修行が忙しくて一書生の相手などしてくれませんでしたからねえ」
いや普通出来んやろ。てかあの威力見たら死人が出るから相手の力量測れるレベルの武人なら普通はお前とはやらん。
「三蔵様は人間相手に全力を振るっちゃいけませんぜ?確実に死人が出ます」
「僧として不殺は当然でしょう。ところで孫行者よ、そなた釈尊から拙僧の供をするよう仰せつかったのでしたね」
「そうですよ。共に我が元に至りて悟りを拓けば天界への道も拓けるとか何とか。とりあえず俺は釈迦をぶん殴れりゃそれで良いや」
そういうもんですかねえ、と玄奘は拳をコキコキ鳴らす。知性と凶悪な暴力を兼ね備えた最強の行者だなと悟空は感心する。たぶんこの人釈迦と殴り合っただけでも悟り拓くぞ。
高昌国王は玄奘三蔵一行を厚くもてなした。国王も熱心な仏教徒であり、三蔵の深い仏教への理解に感動し、是非にも国師として高昌国の仏教発展に寄与してほしいとまで哀願した。
ただ、玄奘の意思は固く、やはり天竺まで行って原典を見たいという情念にも打たれ、出来うる限りの支援を申し出てくれた。人員については死人の出る険峻な道行きにつき丁重に断ったが、路銀など十二分に支援は受けることとなった。
また、途次のいろいろな情報ももらい、吐蕃の商人の家に妖怪が住みつき、その駆除を主人が望んでいるという話など、如何にも玄奘が飛びつきそうな話も含まれていた。