十四 玄奘三蔵、可汗の庇護を受く
一行は素葉城に差し掛かる。
険峻な気配は鳴りをひそめ、銀嶺を見つつ比較的穏やかな行路となった。
イシック・クルという湖は、周囲千五百里ともいう巨大な湖で、満々と湛える水は乾きに飢える大地を満たし、広大な草原を作り出している。
実に美しい光景を目の当たりにし、一行は心を休めることが出来た。
玄奘はそこで二百名ほどで狩りに向かう可汗と出会う。
「徳の高いお坊様とお見受けいたします。私はこの一帯を治める葉護可汗と申します。これより我ら三日ほど狩りに出かけますが、もし宜しければ我が天幕にてお待ちいただけまいか。師のご高説を伺いたく存じます」
「これはこれはご丁寧にお誘いいただき感謝いたします。聞くところによると西突厥の可汗は仏教に帰依されておられるとか。拙僧も可汗のお考えをお聞きしたく存じます」
快く受ける玄奘。
「突厥は自然信仰を主として信じていたと思っていましたが、そうでもなかったのですね」
悟空が驚くのも無理はない。
周辺地域から西にかけ、ゾロアスター教の信仰が見受けられるが、ちょうど玄奘らが西征した時期の少し前、6世紀に当時の可汗が仏教を取り入れ深く知識を得ていたという記録はある。それから約50年ほどの時期となり、やはりまだ仏教への尊崇は厚いものだったと思われる。
一行は可汗の天幕で丁寧な対応を受け、三日間、葉護可汗の帰りを待つこととなった。
三日ほどすると、約束通り可汗らは狩りを終え戻ってきた。手に手に獲物の鹿やウサギ、鳥などを担いでいる。
「大変お待たせいたしました。どうぞ大天幕へお越しください」
宴会は大いに盛り上がった。山と積まれた肉に酒、火を囲んで楽しげに皆が笑い合う。遊牧民の音楽も独特のリズムを刻む。
流石仏教に帰依するだけのことはあり、玄奘には精進料理にガラム・マサラ、葡萄のジュースが振る舞われ、非の打ちどころのない接待である。
「三蔵法師さま、我ら元々は火の神を祀る民ではございますが、先の可汗が仏教を取り入れ、このように発展することができました。仏教について、我々はまだ知らぬことも多く、この機会に法師のお考えをできるだけお伺いしたく思っています」
玄奘はここで十善について語らったと言われている。すなわち、殺生を為さない(これは狩猟の民族には禁句に見えるが、実際には生命の尊重という形で置き換えることが多い)こと、盗みをはたらかないこと、淫らならざること、妄言を吐かないこと、思慮のないことを言わないこと、乱暴な言葉を使わないこと、他を仲違いさせるようなことを言わぬこと、欲を捨て、怒りを抑え、道理を重んじることを諭した。
葉護可汗はそれらの説法を歓喜して受け、更に教についての深い理解を示し、玄奘による仏教の講義は数日に及んだ。
その間、悟空は話を聞きつつも途中から魂が抜け、八戒はその名の真逆をほぼ堪能し、和尚は玄奘の講義を真面目に聞いていた。玉龍は馬の巧みである突厥の上手たちからチヤホヤされ上機嫌であった。
さても楽しい時間は早く進むものである。
「さて、実に濃密な日々を過ごさせていただきましたが、拙僧は天竺に向かい、仏法の原典に触れたく存じます。名残惜しいけれども、そろそろ西への旅路に戻ろうかと思います」
玄奘は可汗にこのように切り出した。
「天竺の地は気候も荒々しく、三蔵様のお身体に触るやもしれませぬ。民も礼を知らず秩序がありません。どうかこの地に留まり、仏法を広めて頂けないでしょうか」
止めようとする可汗の本意は、あくまでも善意から出る言葉である。
「ああ、ああ、有難いお話にはございますが、拙僧、彼の地に赴くは釈迦如来の聖蹟を訪ね、ひとえに仏法を探求したいがため。どのような苦難も私を止めることは出来ないでしょう。この数日の素晴らしき日々を忘れることはありません。また、天竺から聖典を唐に持ち帰るまで、決して我が歩みは止まりはしないのです」
可汗は礼を尽くして玄奘らを送り、自ら軍を率いて十里の道を見送ったのであった。




