婚約破棄したはずの令嬢がストーカーになって僕の側を離れない
※ほぼ地の文。かつ短いです
僕の元婚約者がストーカーになった。
始まりは約二ヶ月前の夜会で彼女との婚約を破棄した日。それから僕は毎日のように苦しめられている。
第ニ王子である僕は生まれた直後、公爵家の娘と政略結婚することになった。それがストーカー、いや、バイオレットだ。老婆のような白髪に、石のように無機質な灰色の瞳を持つ彼女は、性格も正常ではなかった。基本的に人に無関心で、僕には異常に懐いていたように思う。
とはいえ、僕に会いに来る時も笑顔だが目は死んでおり、声の抑揚は大根役者のように固かった。しかしそれは、オートマタのような彼女が必死に人間らしい感情を伝えようとした結果だろう。そう思えば、まだかわいらしいものに見えた。
「未来の妻として、殿下の味方でいますわ」そう言ってくれた時、少しは心が揺れ動いたものだ。相変わらず顔は死んでいたが。
しかし、そう思えたのはほんのひと時の間だけだった。
毎日一回は僕に会いに来て、ほぼなにも喋らず紅茶を飲むだけで帰っていく。婚約者同士の茶会は必須だからと我慢していたが、人形のような彼女との関わり合いは流石に堪えるものがあった。彼女の威圧的な態度も、振る舞いも、ツンとした顔立ちも、まったく好きになれなかった。
僕の兄と仲がいいことも気に食わなかった。人脈は豊かかもしれないが、政務はからっきしの兄。最初に生まれただけの凡人。彼のどこがいいのかも、理解ができなかった。茶会に呼ばれ、見聞を広げるためだとついていく彼女も彼女でどうかと思う。
彼女を怒らせてはいけない、後悔するぞとただたびたび言ってきた兄は、もっと気に入らないが。
そんなある日、僕はある少女に出会った。彼女とは比べ物にならないほど素直で、愛らしく、純粋無垢で可憐な少女、ヒロネイアに。
彼女は平民だったが、そんなことはどうでもよかった。ただ僕を愛し、癒してくれる。それだけで十分だった。
だが、バイオレットがこの恋心を許すはずがなかった。嫉妬の炎に駆られたのだろう、彼女は朝昼晩、欠かさず僕の元に会いに来るようになった。どれだけ遠くにいようと、僕を見つける度に話しかけてきた。何度も、何度も、何度もだ。
おまけに彼女は、風の噂によるとヒロネイアを虐めていたという。僕たちにも非はあるが、酷いだろう。貴族として恥ずかしくないのかと叱責しても「知らない、やっていない」の一点張り。
結果、もう我慢ならないと僕は夜会で彼女との婚約を破棄したのだ。「殿下の心移りには気付いていました」そう下を向いて呟く彼女の肩は震えていた。だが、同情などしなかった。
バイオレットの行動は公爵家と王家、両方の耳にも入っていたのか、すぐに破棄は成立した。当たり前の話である。
これで安心してヒロネイアと結ばれることができる、愛し合うことができる。
そう思った矢先、ある問題が起こった。一週間ほど姿が見えないと思ったらなんと、バイオレットが毎日王城へ現れるようになったのだ。
僕が政務をこなしている時、トレーニングをしている時、食事をしている時、眠っている時など、いつでもどこでもお構いなし。今まではきちんと予約を取り付けてから来ていたのに、婚約破棄がショックすぎておかしくなったのだろうか。はっきり言って気が滅入りそうだ。
ただでさえも陛下から「王妃として相応しい令嬢を迎えるように」と言われてうんざりしているのに。勘弁してほしい。
あまりにもバイオレットが僕に付き纏うものだから、ヒロネイアも「気味が悪い」と言って逃げるように王城から去ってしまった。行かないでくれと伸ばした僕の手を振り払ってしまうほど、彼女は精神的にやられていた。バイオレットとことん、僕とヒロネイアの仲を裂きたいらしい。
そんなある日、僕の頭にある考えが浮かんだ。そして今日、遂に執事へ相談を持ちかけようと思う。
「失礼致します」
過去を振り返っているうちに、優秀なうちの執事が来たようだ。
中へ入るよう催促すると、彼は疲弊した顔で扉を開けた。いつもバイオレットの対処に追われている彼のことだ。無理もないだろう。
「ご相談とは?」
執事の問いに、微笑んで答える。
「バイオレットと結婚しようと思う」
驚きで声も出ないらしい。執事は身を固まらせ、静かに僕の言葉を復唱した。
「危害を加えられないよう離宮へ幽閉し、妃の仕事だけさせるんだ。そうすれば、正妃でないことは悔しいが、ヒロネイアは安心して戻ってこられるし、陛下からの要求も解決することができる。名案だろう?」
バイオレットも少しは大人しくなるだろう。
ふと執事を見れば、気まずそうに視線を床に向けていた。しばらくして重々しく口が開かれる。
「その……バイオレット嬢は一ヶ月前に他国へ嫁がれました。今日は結婚式だそうです……」
「……はは」
部屋に乾いた笑いが響く。
執事は視線を泳がせていた。そんなにわかりやすいのに、バレないと思ったのだろうか。
「何を言っているんだ」
笑い涙を指で一拭きし、椅子へ寄りかかる。
彼女なら、さっきから僕の隣で愛の言葉を囁いているじゃないか。
忌々しいほど、情熱的に。
「ああ、いけない。窓を閉め忘れていたな」
風に吹かれて落ちた手紙から、一枚の写真が飛び出した。そこには、人間らしい幸せそうな笑顔を浮かべ、他国の王子と手を取り合うバイオレットの姿があった。彼には見覚えがある。恐らく兄の知人だろう。
手紙の最後には、僕が無事にヒロネイアと結婚できたのかという質問が書かれている。
ほら、こんな嘘の手紙で僕の気を引くほど、彼女は僕を妄執しているんだ。
そんな彼女が僕の側を離れるなんて、ありえないだろう?
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
兄に対するコンプレックスにより、かなり思い込みが激しい王子。書かれている内容の中には、真実でないものもあります。
しかし、バイオレットが「未来の妻として、殿下の味方でいますわ」と言ったのは事実。彼女は一度も嘘をついていません。
(2022/4/22 内容修正しました)




