10話
「ああ、小田切さん。ちょうど良かった。たった今、鑑識が終わりました」
「おう。じゃあ中に入って良いんだな」
私たちは101号室の部屋に入った。死体の周りには画材が散乱している。たしかあの時、彼はキャンバスの前に座っていた。焦燥しきった表情で、真っ白なキャンバスを眺めていた。水や絵具、筆も用意していたが、一切描いていないようだった。
そこで私がやってきた。部屋にあった椅子を持って構えたが、彼は私に気がつくことはなかった。彼を椅子でなぐった後、色々な後始末をした。それを終えてまたこの部屋に戻ってきてみたら、水の中が青くなっていて、青いハンカチを押さえていた。
きっと殺し損ねて、彼は青谷を犯人だというダイイングメッセージを残したのだとすぐに分かった。
「実はですね。このハンカチ、青くなかったんですよ」
「えっ?」
鑑識の言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
「どういうことですか?」
と山田が聞く。
「まあ、見てください」
位置関係はこうだ。床があって、その上にハンカチがある。それを上から、彼の右手のひらで押さえている状態だ。
鑑識の人は、その彼の右手を、そっと持ち上げた。すると、彼の手のひらで隠れていたハンカチの全貌が明らかになる。
「あっ」
私は衝撃を受けた。ちょうど手のひらで隠れていたハンカチの中心部分が、真っ白だったのだ。
「つまりこういうことか。死に際にそばにあった絵の具を水の中に溶かして、ハンカチの中心部分を手で掴みながら、その余った部分を水に浸して染色した。その後に床に置いて、手のひらを被せた」
小田切が推理したことを述べた。
「でも、それがどうなるんでしょう。白いハンカチしか持っていなかったから、青色に染めた。それだけじゃないですか?」
と山田が言った。同感だ。特にメッセージの意味が変わるとは思えない。
「いや、安易に考えすぎだ。よく考えろ。青をただ示したいだけなら、ハンカチを全て浸せば良かったんだ。死にそうな奴がわざわざ白い部分を残すように染色した。これには必ず意味がある」
小田切は考え込む。
「ハンカチを染めた。白から青に染めた。白から、青……」
小田切のその呟きによって、私はメッセージの意味をいち早く知ることになった。
「そうか。白から青。Tシャツの色が、白から青に変わった。ハンカチを全て青に染めてしまったら、ハンカチが元から青いものだと思われてしまう。それを防ぐ為に、分かりやすく白い部分を残した」
ジロリと、小田切は私を睨む。
「あなた。本当はここに来ていたんでしょう。そして、青谷に成り済ましたんじゃないですか? このダイイングメッセージはそれを示していた。白から青。白銀が、青谷に染まった。成り済ましていた」
小田切が私に言い放った。ついにそこまで、辿り着いてしまったのか。




