9話
「白銀さん。あなた、風邪を引いたから休んでいたんですよね。病院には行きましたか」
「いえ、行ってません。病院は苦手なので」
「では家からは出ていない」
「はい」
「アリバイはなし、ということで良いですね?」
「まあ、そうなりますけど」
小田切は少し考え込んだ。彼が今何を考えているのか、あまりに怖かった。
「例えば。白銀家にはジェット機が2機ある。内1機は被害者たちが乗っていた旅行のために使われた。そしてもう1機は白銀乃々さん。あなたが運転して白銀島にやってきて、全員を殺害した」
と小田切はとんでもない推理を展開してきた。
「ちょっと待ってください。なんで私が……」
「すっかり忘れていたが、地下の部屋の電話線までしっかり抜いていたことから、犯人はここに詳しい人物だ。あなたはそれに当てはまる」
「じゃあ、兄がやったんでしょう?」
「その兄は死んでいるよ。頭をかち割られてなあ」
私はハッとした。そうだ。他殺であれば、犯人ではない。兄はとっくに犯人候補から除外されていたのだ。
白銀家はもう私しかいない。ここに詳しい人物は、一人しかいないのだ。
「では、聡のダイイングメッセージは」
「聡? ああ、赤矢さんの下の名前か。ずいぶん親しいんだな」
私は思わず口を押さえてしまった。それがますます、失言であることをアピールしてしまっていた。
「赤矢さんのダイイングメッセージねえ。確かにあれはダイイングメッセージだろう。でなければ、死に際に青いハンカチを握る意味が分からない。ふむ、あれはなんだろうな」
ニヤリと、私は内心で笑った。小田切はまだ真相に辿り着いていない。私が青谷に成り済ましていたことを。二人が記憶喪失に陥っていたから、それが実現したということを。
その真相に辿り着かない限り、聡のダイイングメッセージの意味は分からないだろう。
彼は青谷が犯人だと言いたかった。その青谷は私だった。
「ダイイングメッセージの通り、青谷さんが犯人だったのでは。そして飛び降り自殺をした。そう考えるのが自然じゃないですか?」
私は追い討ちを掛けた。ほら、そう考えるのが楽だろう。そう結論づけてしまえ。真相は闇に葬ってしまえ。
「赤矢の現場をもう一度見に行く」
小田切は悔しそうにそう言った。
彼のその様子に愉悦を感じていた私だったが、しかしそれが私を窮地に追い込むことになる。
この時の私は、そうなるなんて考えもしなかった。




