1話
意識を取り戻した僕は、起き上がろうと手をついた。しかしその手に伝わる感触は、ムニっとした柔らかなものであった。
「……うん?」
虚な目で、僕はついた手の方を見る。およそCカップ程度の胸を、僕の手は捉えていた。
モミモミと、感触を味わう。なるほど、なるほど。おっぱいとはこのような感触であったか。
「ちょっと」
窘める声が響いた。女性の声だ。さらに言えば、恐らくはこの胸の持ち主であろう。
「何揉んでるのよ、変態」
と引き続き同様の声が響く。変態とは何だ。僕はただ床に手をつこうとしただけだ。するとたまたま、そこにおっぱいがあっただけだ。手のひらとおっぱいが密着するとどうなる? 手のひらはおっぱいを揉み出すんだ。これは生物的反応であって……。
といった感じの抗議をしようと女性の顔を見た。
「えっ、ちょっと君どうしたの? 血だらけだよ」
僕は、彼女のCカップを揉むことを継続しつつ言った。
そして、まじまじと彼女の顔を観察する。白い肌。小さな顔。そして長い髪。人形のように整った目、鼻、口。まさに高貴な美女といった感じだったのだろう。
その顔が、血でめちゃくちゃだった。
「えっ、私も!?」
と彼女は言った。そして慌てて自分の顔を触り出す。
私も、と言ったか。つまり僕も、なのだろうか。そう思って僕は自分の顔を恐る恐る触った。すると確かにドロッとした液体のような感触がした。その後に指を確認したら、やはり血液が付着していた。つまりは僕の顔も、血塗れなのだろう。
「とにかく、退いてくれる?」
彼女が嫌そうに言った。言われて初めて僕は彼女に馬乗りしていたことに気がついた。
「ああ、ごめん」
僕はもう片方の手も彼女の胸に密着させた。それぞれの手がそれぞれの胸によってしっかりと固定されたのを確認した。
「どっこいしょっと」
そう掛け声をして僕は立ち上がった。
「いたた……。ちょっと、あんたねぇ!?」
怒りながら、彼女も立ち上がった。
「信じられない! 女性の胸に平然と触って……」
彼女は怒鳴るように言っていたが、しかし途中で途切れてしまう。彼女は僕から目を離して、恐らく僕の真後ろに釘付けになっていた。
僕は彼女の視線を追うように振り返る。
「えっ……」
女性の胸を平然と揉める僕でも、言葉を失ってしまう程の光景がそこにはあった。
ジェット機の客室。その空間に無造作に転がる死体の数々。高級そうなソファっぽい座席や窓ガラス、天井や床にまで血塗れであった。