0話
防火斧で人の頭をかち割るのが、こんなに気持ちの良いものだとは思わなかった。
強烈な頭痛を感じて、意識を取り戻した。頭を押さえながら、ゆっくりと目を開ける。フロントガラスから、海と砂浜、そして生い茂る木々が見える。
「大丈夫、みんな」
声を掛けるが返事は無い。皆のところを見ると、全員が意識を失っていた。プライベートジェット機の席にて、それぞれがシートベルトを付けながら、ぐったりとしている。
ハッとして、ポケットに手を入れる。布の感触がしたのでそれを掴み、ポケットから取り出す。出てきたのは、白いハンカチであった。ハンカチの端には、自分の名前が小さく刺繍されている。
ホッと、一息つく。大事な人から貰った、世界でただ一つのハンカチ。それが破けていないかが心配であった。
そして、その大事な人のことを思い出す。あの人は自殺した。こいつらに虐められて、自殺に追い込まれたのだ。
その奴らが、不時着による衝撃によって意識を失っている。チャンスではないか。あの人の仇を取る、チャンスではないのか。
そうだよ。あの人が死ぬ必要はなかった。お前らが死ねば良かったんだ。
機内に備え付けられた防火斧を取り出し、構える。そして虐めの主犯であった一人に振りかぶる。昂ぶる殺意。
お前らが死ねば良かった。お前らが死ねば良かった。お前らが死ねば良かった。
死ね、死ね、死ね。
「あああああああああぁっ!!!!」
思わず叫ぶ。力み過ぎて震える両手。しかし構わず、振り下ろす。
――ザシュッ!!
刃物が皮膚を引き裂き、頭蓋骨がかち割れる音が響く。
すると一瞬、頭が真っ白になったような気がした。その後に、スッと身体の中から何かが抜けていくような気もした。身体の中に蓄積された、悪い何か。恐らくは、憎しみとか、悲しみとか、そういった類いのものだろう。
「き、気持ち良い……」
うっとりと、そう呟いた。性的快楽とはまた違った、中毒性の高い快楽であった。あまりの気持ちよさに、身体が震えている。
「他も、殺さなきゃ」
二人目の席に立った。同じく斧を振りかぶって、そして振り下ろす。同様の音が響く。滅茶苦茶になった死体の頭部。血が飛び散って、顔に掛かってしまう。何だかそれも、気持ちが良い。
「あの人の苦しみはこんなものじゃない。あの人を失った苦しみだって、こんなものじゃない」
同じ要領で、三人目も殺した。
「あはは、あははははっ!」
あまりにも楽しくて、気持ちが良いものだから、つい高笑いをしてしまった。
もっと殺さなくては。特に、残りの……。
意識を失っている残りの二人を、ねっとりとした視線で見た。
しかし煩くし過ぎたせいか、残りの二人は目覚めそうであった。
目覚めたら抵抗されて面倒だ。残り二人は後で殺害する方が良いだろう。そのためには一旦、気絶したフリをして……。
おっと危ない。血飛沫を浴びてしまっているのだった。一人だけ血まみれでは犯人は明らかである。そうだ、この二人にも血液を塗りたくってしまおう。
皆きちんと席に座っているが、それも崩してしまった方が都合が良さそうだ。
よし、準備を終えた。では気絶したフリをしよう。