竜神は、人間の乙女に恋をした。~どんな手を使ってでもお前を手に入れる~
太古の時代。
まだ、神々が当たり前に人間のそばにいた時代。
一柱の竜神がいた。
名を、ケレオスという。
ここ、カイヤナイトの大地を司る神である。
普段は人間たちによって建設された神殿に住まい、必要であればその神力を持って、時に人間を助け、時に罰を与えている。
神というだけあってその寿命は長く、かれこれ380年は生きてきた。
「いい加減、この生活にも飽きてきたよなー・・・。」
ケレオスは神殿の中で独りつぶやいた。
普段、人間の前に出るときは銀の鱗をもつ竜の姿を取ることが多いが、神殿の中で過ごす時は人間に似た姿を取っている。
この神殿は人間が作ったため、この格好の方が過ごしやすいのだ。
銀の長い髪を無造作に一つにまとめており、その眼は碧眼だ。
顔の造作は術でどうにでもなるため、もちろん人間から美しいと評される作りにしている。
純白に銀糸が織り込まれた神々しい衣装を適度に気崩すのがケレオス流である。
「かといって、縄張り争いとかしたくねーしなー・・・。」
数多の神が混在している今、好戦的な神は他の神の治めている地を手に入れようと争いを仕掛けることがある。
しかし、ケレオスを含め、この近辺の神々はそんな野心もなく、真面目に自身の土地を守っている。
そしてその地の人間たちも、神を敬い、真面目に生活しているのである。
何もないその生活に、ケレオスは飽きてきてしまったのだった。
「そういや、もうすぐ祭りか。さて、今回はどんな祭りになるかね。」
カイヤナイトでは、一年に二回、竜神祭が行われる。
その年の豊穣を祈る祭りと、豊穣に感謝する祭りだ。
これから植物たちが芽吹こうとしている今の時期に行われるのは、豊穣を祈る祭りの方だ。
基本的に人間たちがケレオスに捧げる祭りなので、その内容は人間次第だ。
見物するだけのケレオスは、毎回の内容を楽しみにしているのだった。
そうして迎えた祭り当日。
ケレオスは銀色に輝く竜の姿で自分に用意された台座に陣取った。
人間からすれば見上げるような大きさで、畏敬の念を抱かざるをおえない様子だった。
人間の神官が「今年も豊穣をよろしくお願いします」的なことを回りくどい言い方で唱える。
その後、ケレオスの前には神官たちの手によって捧げものとなる食料が並べられた。
紅色の大きな盃に入った酒に、ケレオスは口をつける。
そうしている間に、数人の女性が設けられた舞台の上へと上がってきた。
美しくひらひらとした揃いの衣装に身を包んだ女性たちは、祈りの舞を踊り始める。
何とはなしにそちらに目をやったケレオスは、しばしの間、呼吸することを忘れた。
これまで、どんな人間も同じようにしか見えなかったのに、その乙女だけは違った。
舞うたびにふわりと揺れる、金糸のようなストレートの髪。
アメジストのように紫色に輝く美しい瞳。
ケレオスの心を惹きつけてやまない、輝く魅力を放っていたのだ。
ケレオスは身動き一つとることも出来ず、ただ食い入るようにその乙女を見つめた。
そしてただただ、その乙女が欲しいと思った。
彼女が手に入るなら、他のどんなものでも捨てて構わないとまで思った。
その時、直感的に悟ったのだ。
これが、“番い”を見つけるという事なのだと。
しかし同時に、困ったことになったとも思った。
本来、番いはケレオスと同じ神でなければならない。
それが人間となると、結ばれるのは容易ではないのだ。
神と人間。
その絶対的な種族の壁が二人の間に立ちふさがることになる。
それでも、彼女を番いだと認識してしまった以上、もう他の女に興味を持つことは不可能だ。
何とかして彼女を手に入れようと、ケレオスは考えを巡らせるのだった。
やがて、祈りの舞が終わり、女性たちが舞台から下りようとする。
ケレオスは慌てて人間の姿に変化すると、乙女に話しかけた。
「そなた、名はなんという?」
まさか神に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
彼女は驚きにアメジストの目を大きく見開いた後、慌てて頭を下げて礼の姿勢をとり、質問に答えた。
「アイトネと申します。」
「そうか。美しい舞であった。」
それだけ言うと、ケレオスは再び竜の姿に戻り、自身の席に腰を落ち着けた。
アイトネと名乗った乙女も、再度礼をした後、舞台を下りた。
ケレオスの急な行動に慌てたらしい神官たちも、それを見て安心し、祭りを再開した。
祭りが無事に終わり、ケレオスは神殿へと帰ってきた。
すぐに自身の眷属であるアンヴァルを呼び出す。
本来の姿は馬に似た姿であるアンヴァルは、ケレオスに合わせて人間に似せた姿でやってきた。
こげ茶の髪に黒い瞳の彼は、ケレオスにとって頼れる部下のような存在だ。
「俺の番いを見つけた。」
開口一番そう告げたケレオスに、アンヴァルはポカンとした。
「つがい、というのは、あの番いですか。」
「ああ。しかし困ったことに、人間の女なんだ。」
「はあ?!」
ケレオスは真実を話しているだけなのに、アンヴァルは柳眉を逆立てた。
「神が人間と結ばれるわけがないでしょう!」
「だからお前に相談しているんだ。何とかしてあの娘・・・アイトネを手に入れたい。」
アンヴァルは頭痛を押さえるように額に手をついた。
「本当に、そのアイトネという人間はケレオス様の番いなのですか?」
「俺も初めての経験だから何とも言えないが、あの感覚は間違いなく番いに感じるものだ。」
きっぱりと言い切られてしまい、アンヴァルは盛大にため息をついた。
「人間を神に変えることはできません。アイトネという娘と結ばれたいのであれば、交わりを持つことでケレオス様が人間になるしかない。しかし、人間になっても神力の全てを失うわけではありませんから、近いうちに力が暴走してケレオス様のお命に係わります。」
「そうだな。それでも、俺はアイトネが欲しい。」
「正気ですか?力が暴走してケレオス様が死ぬということは、まわりの人間も巻き込むことになるんですよ?!」
アンヴァルは何とかケレオスを諦めさせようと言葉を重ねる。
神力の暴走は、どんな被害が出るか想定できない、災害にも等しい物なのだ。
「だから、そうならない方法を考えると言っているんだ。」
ケレオスは引かなかった。
その瞳に確固たる意志がある事を悟ったアンヴァルは、再びため息をつきながら諦めることにした。
「そんなに想い合っているのですね・・・。わかりました。協力いたします。」
「想い合ってはいないぞ?アイトネが俺の事をどう思っているかは知らないからな。」
「は・・・?」
アンヴァルは固まってしまった。
ここまで強く言うのだから、とうに二人は想い合っていると考えていたのに、ケレオスの一方通行だという。
「彼女の同意が得られなければ、何も始まらないじゃないですか!」
思わずアンヴァルが大きな声を出すと、ケレオスは頷いた。
「確かにその通りだな。まずはアイトネの心を手に入れるとしよう。」
アンヴァルはがっくりと項垂れながら口を開いた。
「まずは、祭りで披露された舞が気に入ったからもう一度見たいと言って、神殿に呼び出しましょう。」
「良い案だな。それで頼む。」
機嫌が良くなったケレオスを残して、アンヴァルは神官と連絡を取るべく動き出したのだった。
神官を通して舞を見たいと人間たちに連絡すると、すぐに神殿内に舞台が整えられ、女性たちがやってきた。
もちろん、その中にはアイトネの姿もあった。
ケレオスは上機嫌でアイトネを、アイトネだけを見つめる。
長い金髪がふわりと広がる。
舞を舞っている仕草の一つ一つが可愛らしく見え、愛おしく思う。
思い切りガン見されているので、さすがにアイトネも気づいたらしく、頬を赤らめているところも愛らしい。
やがて舞が終わり、女性たちが礼の姿勢をとったところで、ケレオスは人間の姿で舞台へとやってきた。
アイトネの前まで行き、告げる。
「アイトネ。そなた、我が神殿で巫女として仕えよ。」
「・・・え・・・?」
言われた意味が分からなかったのか、アイトネは顔も上げられないまま固まってしまう。
その時、舞台の後ろに控えていた人間たちの中から、一人の初老の男が立ち上がって礼をした。
赤茶色の髪に、アイトネと同じアメジストの瞳のその男は、ケレオスに向って声を上げる。
「ケレオス神様。畏れ多くも発言をお許しいただけますでしょうか。」
「許そう。」
ケレオスの許可を取った男は話し始める。
「私の名はアルゴスと申します。カイヤナイトの人間の長を務めており、そこのアイトネの父でございます。ケレオス神様に望まれるなど誉れ以外の何物でもありません。どうぞ娘の事をお願い申し上げます。」
アイトネとしては思いもかけない言葉だったのか、縋るように自身の父親に視線を送る。
「お父様・・・。」
「アイトネ。誠心誠意お仕えするのだ。」
しかしアルゴスは満足したように頷いて返す。
アイトネは諦めたようにケレオスの前に跪いた。
「承知いたしました。ケレオス神様にお仕えいたします。」
こうして、アイトネは巫女として神殿に住むこととなったのだった。
「この部屋を貴女に与えましょう。好きに使って構いません。」
アンヴァルに案内された部屋を見て、アイトネは一先ず安堵した。
巫女として仕えると言ってくれたアイトネに気をよくしたケレオスが、大喜びで自分の部屋に連れ込もうとしたのを、アンヴァルが止めたのだ。
当然ケレオスは良い顔をしなかったが、アンヴァルは有無を言わさなかった。
もう少しで神の私室に囲い込まれるところだったアイトネは、普通の一人部屋を与えられてホッとしたのだった。
「あの、アンヴァル様。巫女とは、いったい何をしたら良いのでしょうか?」
恐る恐るアイトネが尋ねると、アンヴァルは優しく微笑んで答えた。
「その都度、こちらから命じます。今は疲れているでしょうから、明日の朝まで休みなさい。」
「はい、承知しました。ありがとうございます。」
色々あって疲れ切っていたアイトネは、アンヴァルの好意に甘えて眠ることにした。
そして翌朝、早速アンヴァルから連絡が来た。
「ケレオス様が朝食を一緒にと仰っています。ああ、舞の衣装では食べづらいでしょうから・・・。」
そう言って、アンヴァルがパチンと指を鳴らすと、白地に金糸が織り込まれたシンプルなドレスへと衣装が変わった。
人間にはできない術に、アイトネはビックリしてしまう。
「さあ、ケレオス様がお待ちです。こちらへ。」
促されて、アイトネは黙ってアンヴァルの後に続いた。
「アイトネ!おはよう!昨夜はよく眠れたか?」
食堂らしき部屋に着くと、ケレオスが上機嫌で挨拶をした。
「ケレオス神様、ご機嫌麗しゅう・・・」
「あー、そういう堅苦しいのは苦手なんだ。普通に話せ。あと、俺の事はケレオスと呼べ。」
「ですが、ケレオス神様・・・。」
「ケレオスだ。俺が良いと言うんだから、そうしろ。」
「・・・。わかりました、ケレオス。」
渋々といった感じでアイトネがケレオスの名を呼び捨てにすると、ケレオスは満面の笑みをうかべた。
「さあ、飯にしよう!アイトネは好きな食い物はあるか?」
「そうですね・・・。具沢山のスープが好きです。」
「アンヴァル、用意しろ。」
「承知しました。」
アイトネが好物を言うと、即座にケレオスがアンヴァルに命じた。
アンヴァルはまた指をパチンと鳴らし、テーブルの上にスープを出現させた。
神というのはこんな術も使えるのかと、アイトネはまたビックリして、アメジストのような目をぱちくりとさせてしまう。
その間にもケレオスは食事を始めてしまう。
アイトネは恐る恐る、自分もスプーンを握った。
「ありがとうございます。いただきます。」
そう告げて、スープを一口飲む。
それは、具材の旨味を極限まで引き出した、まさに神のスープだった。
つまり、とてつもなく美味しかったのである。
一口目を飲み込んだアイトネがほうっと息をつくと、ケレオスが嬉しそうに話しかける。
「神の料理は美味いだろう?好きなだけ食って良いぞ!」
「ありがとうございます。本当に美味しいです。」
思わずアイトネが微笑む。
それを直視してしまったケレオスは、照れくさくてドギマギしてしまった。
「・・・アイトネが喜んでくれると嬉しい。他には、何をしたら良い?お前が喜ぶことは何でもしたい。」
そうケレオスが口にすると、アイトネは不思議そうに首をかしげた。
「巫女としてお仕えするのであれば、私の方がケレオスに何かするのではないのですか?」
「ア、アイトネが俺に何かしてくれるのか?えぇっと、それなら俺と・・・。」
「そこまでです。ケレオス様、神であれ人間であれ、女性は大切にするものですよ。」
アイトネの言葉を受けたケレオスが、落ち着かない様子で希望を口にしようとしたところで、アンヴァルが止めに入った。
それもそのはず。
ケレオスの表情はニマニマとしていて、明らかに良からぬことを考えているものだったからだ。
「アンヴァル・・・!」
ケレオスがアンヴァルを睨むが、アンヴァルはどこ吹く風だ。
「物事には順序というものがございます。それを無視すれば、神の御業とて失敗するものです。」
「ぐ・・・。たしかに。」
アンヴァルの言葉を聞いて、ケレオスは意を決したようにアイトネを見つめた。
その強い視線を受けて、アイトネは戸惑う。
「アイトネ。俺はお前の事を愛している。その命尽きる時まで、そばにいてほしい。」
「・・・えっ・・・?」
言われた意味が理解できず、アイトネは混乱する。
確かに、今のケレオスは人の姿を取ってはいるが、本来の姿は竜なのだ。
竜神が人間である自分に愛していると言った。
そばにいてほしいと言った。
そんなこと、ありえるのだろうか?
いや、ありえないだろう。
「ケレオス、その冗談は笑えませ・・・。」
「冗談じゃない。本気だ。」
あり得るわけがないと結論付けたアイトネの言葉は、ケレオスによって遮られた。
「ですが、私は人間です。」
「わかっている。」
「神と人間が恋をするなんて聞いたことがありません。」
「ああ、俺も無いな。」
「そんなこと、可能なんですか?」
「前例が無いことは、やってみなければ分からん。」
(ええええぇぇぇぇぇぇ~~・・・・。)
アイトネは心の中で盛大にため息をつく。
「俺はアイトネの事が好きだ。アイトネは俺の事をどう思っている?」
「それはもちろん、お仕えすべき竜神様だと思っています。」
ケレオスの質問にアイトネは正直に答える。
とたんにケレオスはがっかりしたように項垂れた。
「そうか・・・。いや、俺は諦めないぞ!必ずお前に好きだと言わせて見せる!」
ケレオスはそう決意する。
しかしその決意は、アイトネにとっては迷惑極まりないものだった。
それから、ケレオスは何とかアイトネの気を引こうとやっきになった。
常にアイトネに付きまとい、何をしたら喜んでくれるかと色々なことを試す。
最初は贈り物だった。
ドレスや宝石など、様々なものを用意して贈ったのだが、アイトネには畏れ多いと断られてしまった。
それならばと次は手紙をしたためて送った。
しかし、神の言語は人間には理解しがたいものだったため、うまく伝わらなかった。
そうしてアイトネを追い回すさまは、まるで大型犬が飼い主にかまってくれと懐いているようだった。
しかし不思議なことに、アイトネはそれらを畏れ多いとは思っても、不快だとは感じなかった。
そんなある日。
アイトネが神殿内の段差に躓いて転びそうになった。
「きゃ・・・!」
咄嗟にケレオスがアイトネを抱きとめて助ける。
「アイトネ。大丈夫か?」
思いがけず密着してしまった体を伝ってくる声に、アイトネの心臓がドキン!と跳ねる。
「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます。」
何とか返事はしたものの、アイトネの心臓は煩いほどに早鐘を打っていた。
(私よりもずっと低い、心地良い声・・・。)
アイトネはカイヤナイトの人間の長の娘。
つまりは箱入り娘として大事にされてきたのだ。
大人の男性の体に密着するなど、父親を除けば初めての経験だったのである。
(太くてがっしりとした腕に、大きく骨ばった手・・・。私のものとはまるで違うわ。)
アイトネはこの時に始めて、ケレオスを異性として意識したのだった。
季節が夏に近づいてきた頃。
カイヤナイトへ嵐が近づいていた。
蛇のようにとぐろを巻く黒い雲。
辺り一面、強風が吹き荒れていた。
「今年のは、ちと厄介だな・・・。」
そんな空を見つめて、ケレオスはつぶやいた。
カイヤナイトには毎年初夏から夏にかけて、数回嵐がやってくる。
それによって農作物に被害が出ることも多いため、ケレオスがその神力でもって対処しているのだ。
とはいえ、嵐を完全に消し去ることは他に歪みを生み出してしまうため、人間や動植物への被害が最小限になるように弱めることがケレオスの仕事なのだ。
しかし、今年の嵐は例年のものとは一味違うようだ。
普段よりもその勢力が強いのである。
「神官を通じて、人間たちには最大級の警戒を呼び掛けておきましょう。」
「そうだな。頼む。」
アンヴァルの言葉にケレオスが頷く。
「ケレオス・・・。」
恐ろしい空と緊張した雰囲気で状況を察したアイトネが、不安そうにしている。
そんなアイトネを安心させるようにケレオスはニッと笑った。
「アイトネ。心配するな。俺を誰だと思っている?」
自信満々にそう言われて、アイトネは少しだけホッとする。
「危ないから、少し離れていろ。」
「はい。」
アイトネは言われたとおりにする。
ケレオスは深呼吸をして己の気を落ち着け、集中する。
「天よ、地よ、我に力を貸せ。」
ケレオスの頭上に魔法陣のような物が浮かび上がり、光を発する。
その魔法陣へとケレオスが両手をかざすと、光の矢が放たれ、渦巻く雲の中央を貫いた。
と同時に、辺り一面に光が降り注ぐ。
その光が消える頃には、真っ黒だった雲は白に近いグレーへと変わり、ゴゥゴゥと吹き荒れていた風も弱まった。
「すごい・・・!」
思わず感嘆の声をもらしたアイトネの髪を、ケレオスが自身の手で梳くように撫でる。
「どうだ、少しは惚れたか?」
自信満々の笑みでそう言われたアイトネは、思わず頬を染めて目をそらした。
「何を言っているんですか、もう・・・!」
紅色に染まった頬が愛おしくて、ケレオスは唇をあてる。
頬に触れた柔らかく温かな感触に、何が起こったのか頭の処理が追い付かず、アイトネは固まってしまう。
そうして、頬だけでなく顔中が赤くなっていくアイトネに気を良くしたケレオスは、アイトネの顎をすくって今度は唇を重ねようとする。
「ケレオス様?何をなさっておいでで?」
「・・・アンヴァル。もう少し待てなかったのか。」
あともうちょっとでキスできたのにと、ケレオスは恨めしくアンヴァルを睨む。
ようやっと状況に思考が追い付いたアイトネは、わたわたとし始める。
「わ、私、部屋に戻ります・・・!」
それだけ言って、走って行ってしまった。
残念に思いながらも、どうやら異性として意識はされているらしいと分かり、ケレオスは嬉しくなった。
「ケレオス様。たとえ口づけだけでも、神と人間が触れ合えば何が起こるか分かりません。スキンシップはほどほどになさってください。」
「別に、キスくらいなら大丈夫だろう?」
「前例はありません。」
「ちっ・・・!」
アンヴァルから注意を受けて、ケレオスは舌打ちをする。
恋しい女がそばにいて、どうやら嫌われてはいない様子なのだ。
男であるケレオスが全く手を出さないでいるなんて、無理な話だ。
それでも、ケレオスとてカイヤナイトに悪影響を与えたいと思っているわけではない。
だから、これでも必死で我慢しているのである。
一方、大慌てで自室へと戻ってきたアイトネは、肩で息をしながらうずくまった。
(何あれ、何あれ、何あれー!!!)
ついさっきの出来事が頭の中でグルグル回る。
髪に触れられ、頬に口づけられ、もう少しでキスまでされてしまうところだった。
アイトネは恥ずかしさでどうして良いのかわからない。
次にケレオスと会うときに、どんな顔をしたら良いのか。
ただ一つ分かることは、嫌悪感は無かったということ。
だから、アンヴァルが来なければ、きっと流されてキスされていたに違いない。
(私は・・・ケレオスのこと、好き、なの・・・?)
そんな風には考えてみたものの、よく分からない。
恋なんてしたことが無いのだ。
そのうえ、今は相談できるような人とも会うことができない。
自分で自分の心が分からず、アイトネはただただ混乱する。
やはり、誰かに話を聞いて欲しい。
そう思ったアイトネは、アンヴァルのところへ行き、外出許可を願い出た。
しかし、話している途中で、アイトネの後ろからケレオスの声が響いた。
「ダメだ。お前はここにいろ。」
あっさりと否定されて、アイトネは悲しくなる。
「ほんの少し、家に帰るだけです。」
「居心地の良い実家に帰ったら、もうアイトネはここへ戻らなくなるかもしれない。そんなことは許せない。」
「大丈夫です。ちゃんと戻ってきますから・・・!」
二人の言い合いを聞いていたアンヴァルは、小さくため息をついた。
「ケレオス様。お許しになっても良いのではありませんか?彼女も必ず戻ると言っていることですし。」
アンヴァルにまでそう言われて、ケレオスは眉間にしわを寄せる。
「・・・一日だけだ。夜までには戻って来い。」
嫌々ながらも、ケレオスはそう許可を出した。
とたんにアイトネはホッとした笑顔を見せる。
「ありがとうございます・・・!」
「何かあれば、俺の名を呼べ。すぐに飛んで行ってやるからな。」
こうして、アイトネは一時自分の家へと帰ったのだった。
久しぶりに見る自分の家は、以前と変わらないのに、何だか他人の家のような違和感があった。
(私、すっかり神殿に慣れてしまっていたのね・・・。)
そんなことをアイトネは考える。
「アイトネ、おかえり。務めはきちんと果たしているか?」
出迎えてくれた父であるアルゴスが声をかける。
「はい。大丈夫です。」
まさか神から愛を告白されたなどと言えず、アイトネは適当にごまかした。
「アイトネ。おかえりなさい。急に巫女としてお仕えすることになったと聞いて、寂しく思っていたのよ。」
母であるイリアも出迎えてくれた。
アイトネと同じ金糸の髪に緑の瞳のイリアは、涙ぐみながら話す。
「お母様。ご挨拶も出来ずに神殿にお仕えすることになってしまい、申し訳ありませんでした。」
「いいのよ。ケレオス神様に望まれたのなら仕方ないもの。元気そうで良かったわ。」
挨拶を交わし、母娘で抱き合う。
その時、さらに訪問者の声が聞こえた。
「アイトネが帰ってきたって聞いて来ました。」
そう言って入ってきたのは、アイトネの従姉妹で幼馴染でもあるセレーネだ。
緑のウェーブがかかった髪に薄緑の瞳のセレーネは、アイトネの姿を認めると、感極まって抱きついた。
「良かった。もう会えないのかと思ったわ。」
「セレーネ。私もよ。でも、ケレオス神様がお許しくださったから、今日だけここにいられるわ。」
「女性同士の方が話も弾むだろう。私は席を外すから、三人でゆっくり話すと良い。」
アルゴスに勧められ、アイトネとイリア、セレーネの三人は、部屋へと移動する。
使用人によってお茶とお菓子も用意されて、女性だけのお茶会が始まった。
軽い雑談を交わした後、早速アイトネは本題に入る。
「あの、お母様は恋心とはどんなものかご存じでしょうか・・・?」
遠慮がちにそう尋ねたアイトネに、イリアは驚いて目を見開く。
「まあ。突然どうしたの?」
「神官に、誰か格好いい人でもいた?」
恋の話に、セレーネは目を輝かせる。
「えぇと・・・まぁ、そんなところよ。」
アイトネは曖昧にごまかして続ける。
「その人といると、鼓動が早まるの。距離が近かったり、髪に触れられたりしても嫌じゃなくて・・・。」
アイトネは顔を赤くしながら話す。
そんな様子を見て、イリアは微笑ましく感じた。
「そう。そんな人と出会えたことは幸運ね。私とアルゴス様は、互いの親同士が決めた結婚だったの。だから、出会った時から夫婦としてやってきたわ。でもね、今の私はアルゴス様の事を愛しているわ。だから貴女にも、愛のある結婚をしてもらいたいと思っているの。」
「この感情は、愛なのでしょうか・・・?」
「鼓動が早まったり、触れられても嫌じゃないんでしょう?」
セレーネがアイトネに確認すると、アイトネは頷いた。
「それは恋よ!私も恋はまだだけど、ロマンス小説は大好きで、たくさん読んでるから間違いないわ!」
セレーネが自信満々で宣言する。
「そうね。好きではない殿方に触れられそうになったら、女は嫌悪感を抱くものだから。」
イリアもコロコロと笑いながら付け加える。
そこで、部屋の扉がノックされた。
「女性だけで楽しんでいるところ申し訳ない。アイトネが帰ったと聞いたのですが・・・。」
顔を見せたのはアルゴスの側近を務めているダフニスの息子、ネクターだ。
アイトネにとっては彼も幼馴染の一人である。
「ネクター。久しぶりね。」
「アイトネ・・・!良かった、帰ってこれたんだな!」
「今日だけよ。夜までには戻ると、ケレオス神様とお約束しているから。」
「戻る・・・のか?」
アイトネの姿を見て安堵の表情を見せたネクターは、今日だけしかアイトネがいられないと聞いて、今度は驚愕の表情になった。
そして、意を決したようにアイトネに近づき、その足元に跪く。
「アイトネ。俺と結婚してくれ。俺はアイトネの事が好きなんだ。」
急な告白に、アイトネは戸惑う。
これまで、ネクターの事は兄弟のようにしか思っていなかったのだ。
「頼む、アイトネ。神の元ではなく、俺のそばにいてくれ・・・!」
そう言葉を重ねたネクターは、アイトネへと手を伸ばした。
瞬間、アイトネの体を寒気が走る。
反射的に触れられたくないと感じた。
「嫌・・・!」
体を引いたアイトネに、なおもネクターは近づこうとする。
「アイトネ、愛しているんだ。どうか俺の妻になってくれ!」
「ケレオス・・・!」
嫌悪感にぎゅっと目を閉じたアイトネは、無意識にその名をつぶやいた。
「我が巫女に何をしている。」
次の瞬間には、ケレオスが姿を現していた。
人間の姿ではあったが、その声は氷よりも冷たく、ネクターはその眼を見た瞬間に凍り付いたように動けなくなってしまった。
「ケ、ケレオス神様・・・?!」
その場にいた誰もが動けなくなる中、ケレオスは愛おしそうにアイトネの頭を撫でて声をかけた。
「アイトネ。大丈夫か?」
その声音は先ほどのものとは全く違い、春の温かさを感じる様なものだった。
その声も、頭を撫でる手も優しくて、アイトネは深く安堵する。
同時に、その瞳からは涙が流れ始めた。
その涙を見て、ケレオスは再びネクターに向き直る。
「我が巫女への無礼。覚悟はできているな?」
「ひっ・・・!」
ケレオスのあまりの怒りように、ネクターが殺されてしまうのではと気づいたアイトネは、慌ててケレオスの袖をつかむ。
「違うのです!ネクターは悪くありません!私が・・・!」
(ケレオスを、愛してしまったから・・・。)
後半は、心の中で言葉にした。
いくらなんでも、ここで言う言葉ではないと思ったからだ。
ケレオスはアイトネの瞳を見つめ、諦めたように一つ息をつくと、ネクターに告げた。
「我が巫女に免じて、今回だけは許そう。次は無い。」
それだけ言葉にすると、ケレオスはアイトネを横抱きに抱き上げた。
そして、一瞬で姿を消してしまった。
後に残された三人は、呆然とするほかなかった。
術を使って神殿へとアイトネを連れ戻したケレオスは、大事そうに抱いていたアイトネを下ろした。
ケレオスへの思いを自覚してしまったアイトネはと言えば、恥ずかしさのあまり顔を上げることができず、俯いていた。
(つ、伝えるべきなのよね?ケレオスに、好きですって・・・。でも、どう言ったら・・・?)
アイトネが頭の中でそんなことをグルグルと考えていると、俯いているのを傷ついたからだと誤解したケレオスが、慰めるようにそっと抱きしめた。
「アイトネ。もう大丈夫だ。俺がいる限り、誰にもお前を傷つけさせないからな。」
(ケレオスに、抱きしめられている・・・!)
しかし、そんなケレオスの心配をよそに、アイトネの頭の中はパニックに陥っていた。
(うわあ、うわあ・・・!ど、どうしよう?!心臓止まりそう!でも幸せ・・・!)
恥ずかしさと嬉しさで頭の中がごちゃごちゃになっていくアイトネ。
感情の荒波についていけず、ふるふると震えていると、ケレオスが落ち着けるようにアイトネの頭を撫で始めた。
その手つきがあまりにも優しくて、アイトネは夢見心地になる。
少しパニックが治まるとともに、ケレオスの心臓の音が聞こえるのが分かった。
(神にも、鼓動があるのね・・・)
しばらくの間、心地よくケレオスの鼓動に耳を澄ます。
ケレオスが腕の力を緩めたことに気付いたアイトネは、少しだけ体を離してケレオスを見つめる。
アイトネよりも頭一つ背の高いケレオスの目を見るために、自然と上目遣いになる。
「好きです・・・。」
ポーっとしたまま素直な思いがアイトネの口をついて出てきた。
ケレオスの心臓が一際大きくドクン!と跳ねた。
愛しい娘が、うっとりとした表情で上目遣いで自分を見て、好きだと言葉にした。
ケレオスは信じられない思いでアイトネを見つめ返す。
すると、ハッと我に返ったようにアイトネは慌てだした。
「あ、いえ、ちがっ・・・わないですけど、でもあの、私は・・・。ケレオスの事が、好き、です・・・。」
たどたどしいながらも、もう一度、今度は意識がハッキリしている状態で思いを口にする。
とたんにケレオスはアイトネをきつく抱きしめた。
「アイトネ。好きだ、愛している・・・!もう、絶対に離さない・・・!」
苦しいくらいに強く抱きしめられたアイトネは、けれど幸福を感じながら、その手を恐る恐るケレオスの背に回した。
アイトネに抱きしめ返されたケレオスは、これ以上ないほどの幸せを感じた。
(やっとだ。やっとアイトネの心を手に入れた・・・!)
嬉しくて嬉しくて、二人はしばしそのまま抱きしめあっていた。
そしてそっと体を離すと見つめ合い、互いにだらしなく笑み崩れてしまう。
ケレオスは親指でそっとアイトネの唇をなぞる。
「キスしても良いか?」
そう問われて、アイトネは頭が沸騰してしまう。
「・・・は、い・・・。」
それでも何とか肯定の返事をすると、ケレオスはアイトネの顎に指をかけ、ゆっくりと唇に口づけた。
恥ずかしさと嬉しさで、アイトネは再びパニックになる。
ケレオスは、嬉しいと思いながらも、アンヴァルが案じていたように何かが起こるのではと警戒していたのだが、結果として何も起こらなかったことに安堵していた。
ただ一つ、分かったことがあった。
神が神力を持つのなら、人間には魔力が備わっているということ。
そして、口づけた瞬間、その神力と魔力が混じり合う感覚があった。
(これは、新しい術の開発に使えるかもしれない。)
ケレオスはそう考えるのだった。
その後、「今後の事を話そう」というケレオスの言葉に従って、二人は椅子に腰を落ち着けた。
「アンヴァル、いるか?」
「はい、ケレオス様。こちらに。」
ケレオスが呼び掛けると、すぐにアンヴァルが姿を現した。
「聞け、アンヴァル。俺とアイトネは、遂に恋人同士になったぞ!」
「それはおめでとうございます。」
ケレオスがアンヴァルに報告するのを、アイトネは真っ赤になりながら聞いている。
「でだ。神力をどうするかを話し合いたい。」
急な話題についていけず、アイトネはキョトンとする。
すると、それを察したアンヴァルが口を開いた。
「私から説明しましょう。神と人間が結ばれるためには、神が人間になるしかありません。神が人間になるには、人間と交わりを持てば良いだけですが、そこで問題があります。人間の体になっても、神力はその体内に残るということです。強大な力である神力は、人間の体ではコントロールできません。よって、力の暴走が起こるのです。その被害がどれほどになるのかは、想定できないほど大きいでしょう。また、その命も失われる可能性が高いです。」
「え・・・。それって、私が相手ではケレオスが死んでしまうかもしれないということですか?」
「はい。その通りです。」
アンヴァルの説明を受けて、アイトネは目の前が真っ暗になる心地がした。
「心配するな、アイトネ。何とか方法を考える。」
ケレオスは簡単に言うが、そんな方法あるのだろうか。
どうしようもなく不安になってしまったアイトネは、ケレオスに縋りつく。
そんなアイトネの頭をポンポンと撫でると、ケレオスは言った。
「先ほど口づけた時に気付いたんだ。神と人間が触れ合うと、神の神力と人間の魔力が混じり合う。アイトネ、俺の為に協力してくれるか?」
「はい!私にできることなら何でも仰ってください!」
アイトネは意気込んで返事をする。
ケレオスは嬉しそうに笑って、言葉を続けた。
「俺の神力に、アイトネの魔力を混ぜ合わせるんだ。それで力が人間のものに近づくから、人間の体でもコントロールしやすくなる。アイトネの中にも神力の一部が流れることになるが、わずかだから問題ないだろう。」
「混ぜ合わせる?触れていなければならないのなら、その状態を維持するのは困難かと思いますが・・・。」
アンヴァルが難しい顔になるが、ケレオスはニヤリと笑う。
「アイトネの体に俺のものだという証を刻む。それで俺とアイトネの魂が繋がるから、物理的に体が離れていても問題ない。」
「まさか、新しい術を作り出すおつもりですか?!」
アンヴァルの声が大きくなる。
「失敗したらどうします?!カイヤナイトどころか、周辺諸国にまで影響が出るかもしれませんよ!」
そんなアンヴァルの言葉を聞いても、ケレオスは自信満々だった。
「この俺が勝算の無いことをするわけがないだろう。」
そんなケレオスの様子を見て、アイトネも決意を固める。
「分かりました。私は証を受け入れて、魂をケレオスと繋げ、神力をコントロールする手助けをすれば良いのですね?」
「その通りだ。理解が早くて助かる。」
すっかり実行に移す気になっている二人を見て、アンヴァルはため息をつく。
「それで・・・この地を治める神の後任はどうされるのですか?」
「ん?お前がやれば良いんじゃないか?」
アンヴァルの疑問に、ケレオスは軽く返す。
「無理ですよ!私はケレオス様の眷属でしかないんですよ?!」
「大丈夫だ。竜である俺だって、元々は他の神の眷属だったんだ。それに、今よりかなり弱まるとはいえ、神力を持つ人間として、俺もカイヤナイトを支えていくつもりだ。」
「そんな・・・!」
アンヴァルは絶望したように膝をつく。
「あの、アンヴァル様、私もサポートしますから、どうかお願いします!」
アイトネまでもがそう願いを口にする。
「ああ、もう!分かりましたよ!私が何とかしますよ!」
半ば自棄になっている感じではあったが、アンヴァルも了承したのだった。
そしてその晩。
アイトネは始めて、ケレオスの私室へと足を踏み入れた。
「アイトネ。おいで。」
自身のベッドに腰かけたケレオスが、優しく呼ぶ。
アイトネは緊張しながらも、ゆっくりとケレオスの言葉に従った。
ケレオスとアイトネは口づけを交わす。
「これから儀式を行う。多少痛みがあるかもしれないが、俺の全てを受け入れてほしい。」
ケレオスは熱のこもった目でアイトネを見つめてそう言う。
「はい。ケレオス、愛しています。」
「俺も、アイトネを愛している。」
そうして、二人は交わりを持った。
同時に、ケレオスは術を発動させてアイトネの体に証を刻み込む。
二人の魂が繋がり合い、神力と魔力が混じり合っていく。
結果はケレオスの予想通り、成功したのだった。
翌朝。
ケレオスはこの上なく絶好調で私室から出てきた。
「ケレオス様、おはようございます。術は、成功なさったようですね。」
「ああ。俺はもう人間だ。これからはアンヴァルがこの地の神だ。」
「わかりました。不安もありますが、精一杯務めますよ。・・・彼女は?」
ケレオスが一人きりで出てきたことに疑問を感じたアンヴァルが尋ねると、ケレオスは笑って答えた。
「少し無理をさせてしまったからな、寝不足だろう。もう少し寝かせておきたい。」
「初心者相手に何をしたんですか・・・。」
とたんにアンヴァルはジト目になるが、ケレオスは上機嫌なままだった。
「アイトネが目覚めたら、二人で神殿を出る。アンヴァル、世話になったな。」
「いいえ。苦労も多々ありましたが、貴方にお仕えできて良かったです。ありがとうございました。」
アイトネはと言えば、昼頃になってようやく目を覚ました。
ぼんやりしながら体を起こそうとするが、その瞬間に全身に痛みが走った。
「い・・・っ!」
そして同時に、痛みの理由、つまりは昨夜の出来事を思い出し、真っ赤になった。
(私・・・ケレオスと・・・。うわぁぁぁぁぁぁ・・・・!)
言葉にできないほど恥ずかしくて、でも嬉しくもあって、アイトネは頭の中がぐちゃぐちゃになる。
そこで、隣にケレオスがいないことと、もう日が高くなっていることに気付いた。
あちこち痛む体をごまかしながら服を着ると、アイトネはケレオスを探しに部屋を出た。
「ああ、アイトネ。起きたか。おはよう。」
「ケレオス・・・!」
幸いにもすぐに見つかったケレオスは、優しい笑顔でアイトネを迎えた。
「アイトネのおかげで、俺は人間となった。この神殿を出なければならない。良いか?」
「はい、もちろんです。とりあえずは私の家へ行きましょう。」
こうして二人はアイトネの家へ行き、アイトネの両親に事の次第を話した。
母であるイリアはあまりの話に卒倒してしまった。
しかし父であるアルゴスは冷静だった。
「そうなれば、私は引退し、人間の長の役目をケレオス様にお渡しします。」
そう言って、自身は第一線から退いた。
この後、ケレオスとアイトネは協力して一つの王国を築き上げるのだが・・・。
それはまた、別のお話―――。
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