93話 サラ王女との出会い2〈アーネスト視点〉
『あなたの恋のお話、聞いてみたいわ!』
俺は耳を疑った。
そして、頭の中で様々な考えが駆け巡った。
――何だ、それは!
どうして俺が恋をしていると分かったんだ?
調べたのか……!?
ワザとか? かまをかけているのか? 偶然か?
それに、こんなことを聞いてくる人だったとは……。
そもそも、それを聞いてどうするんだ!?
当時の俺は、様々な疑問が頭を一気に駆け巡り、その予期せぬ条件に焦りを隠せず、動揺を表情に出してしまった。
すると、王女は俺が今まで見てきた女性と違って、腹を抱えながら一頻り豪快に笑った後、笑いの余韻混じりに話し出した。
「かまもかけて見るものね! ハハッ! 百面相してもう本っ当に面白いんだから。ウフッ、フッ、ハハッ! あーあ、おっかしーわ! アーネスト、気に入った! 条件を飲むなら、授業を受けられるように講師も付けてあげる」
――恋をしていることが分かっただけで、こんなにも笑うか?
まあ、大人から見れば成人もしてない15歳の恋なんて笑えるかもしれないな。
だがもうバレてしまっているし、少し話すくらいなら良いか……?
まあ、この程度でバレてしまうのならいずれ知られてしまうはずだ。
俺に届く書簡も送る書簡も、全てこの国の人に検閲をされ、上に報告されているんだから。
それに、いずれバレることに対して下手に嘘をついたら、王族に嘘をついたと罪に問われて、余計に面倒くさいことになってしまうかもしれない。
そう思っていると、サラ王女が話しかけてた。
「それで、条件を飲むの? 飲まないの?」
「分かりました。……飲みましょう」
「そう! じゃあ手始めに、その子の好きなところを教えてちょうだい」
――リディの好きなところ……か。
思っていたよりも簡単な質問だったため、俺は安心してくれ素直に答えた。
「全てです」
そう答えると、サラ王女は面食らったような表情で声を漏らした。
「えっ……?」
――聞こえなかったのか?
「すみません。声が小さかったですね。全てです」
そう答えると、サラ王女はキョトンとした顔からまた笑顔になり話し出した。
「あまりにも真顔で言うものだから聞き間違いかと思ったけど、聞き間違いじゃなかったのね! しかも答えが全てだなんて予想外すぎるわ! アーネストったら、こんなに面白い子だと知っていたらもっと早くに声をかけたのに!」
――ただ聞かれたことを答えただけなのに、何が面白いんだか……。
そろそろ話を進めたいな。
「こちらは条件を飲み応えました。そろそろ教えてもらっても良いですか?」
「はいはい、そうだったわね。今日はこの辺にしておいてあげましょうか。けれど、全てなんて簡単な言葉で済ませられるのは今日だけだからね!」
そう答えると、サラ王女は図書館や訓練所の場所や使い方を教えてくれ、本当に講師まで付けてくれた。
そして、この日を境にサラ王女がよく話しかけてくるようになった。
そんな日常が続くようになったある日、いつもの如くサラ王女が話しかけてきた。
「あなたの好きな子、リディアちゃんでしょう?」
――今まで名前は言ったことがなかったが、やはりバレたか。
「……はい、そうです」
「やっぱりね! いつもあなたのリディアちゃんに対する手紙だけ雰囲気が違うからそう思っていたけど。ふーん、やっぱりそうだったのね〜。ま、あなたが手紙を送る家族以外の女の子はリディアちゃんしかいないものね〜」
そう言うと、またニヤニヤと笑いだした。
そして、いつもの如くまたリディについての質問をしてきた。
――こんなに人の恋愛話を聞いて何が面白いんだ?
それに、実際のリディに会えない分、リディの話をするとよりリディへの想いが募って会いたくてたまらなくなる……。
そんな悶々とした想いが続きながら、4年経ち、俺は初めて出会った時のサラ王女と同じ19歳になった。
その頃には、ロイルに来た当初と違い待遇も良くなり、図書館をよく利用する人や、訓練所の騎士たちにも好意を持って接して貰えるようになった。
その頃になると、サラ王女はリディの話をしなくなったものの、よく陛下と俺を会わせるようになった。
ロイルに来た当初はなかなか会うことすら出来なかった陛下と急に会える機会が増えたため、俺はこれをチャンスだと思った。
そのときから、徐々に平和条約の締結に向けての布石を打っていった。
すると、ロイルの陛下は俺のことを気に入ってくれるようになった。
そのためか、19歳になって半年ほどが経ったとき、陛下にある打診をされた。
「アーネスト殿、我が国のサラと婚姻を結ぶという考えはないかね?」
「……陛下、王太子としての私の立場であれば、そのご提案を受けることが最善だと思います。しかし、ご存知かと思いますが、個人としての私は祖国に想い人がおります。また、サラ王女との婚姻がなくとも、平和条約はもうすぐ締結することになるでしょう。そのため、貴重なご提案ですが、恐れながらお断りさせていただきたく存じます」
「……そうか。一応報告では聞いていたが、その決意は固いということだな?」
「はい、左様でございます。それに、私の今の心境でサラ王女と婚姻を結ぶというのは、サラ王女にも失礼だと思うのです」
「……よし、分かった。突然そのような話をしてすまない。気にしないでくれ。もともと婚姻が平和条約を締結するための条件ではないからな。困らせてすまないな。君の気持ちも分かっている。私もアーネスト殿のように大恋愛だったからな。惜しい気持ちはあるが、私は応援するぞ」
こうして話し終わり部屋を出たところで、サラ王女が扉の前に立っていた。
そして、俺に話しかけてきた。
「今、……何の話をしていたの?」
「平和条約締結に向けて調整のための話し合いをしていただけです」
「そう……。それで私との婚姻の話が出ていたと? まあ、あなたにとって私との婚姻の話なんて、特別でも何でもないんでしょうけど」
――聞こえていたのにわざわざ聞いてくるなんて……。
聞こえていないと思ったから、互いに気まずい思いをしないように隠したのだが……。
そう思っていると、サラ王女が話を続けた。
「どうして断ったの? 私は一国の王女だから権力もあるし、私と結婚したら条約も締結しやすいでしょうに。それに、私はアーネストのために、今まで色々なことを教えてあげたじゃない? そのうえ、自分で言うのもなんだけど私って美人でしょ? アーネストからしたら好物件じゃない?」
その言葉を聞いて、何だか嫌な予感がした。
そのため、すぐに答えた。
「確かに殿下はいわゆる好条件に当てはまる人物だと言えるのかもしれません。ですが、私の唯一はリディア・ベルレアンだと決めています。私がこのように恋慕う相手がいるのに、サラ王女と婚姻を結ぶというのは、サラ王女に対して無責任で失礼な事だと思います。それに、殿下との結婚が無くても、もうすぐ条約は締結しますので、若気の至りと言う人間もいるでしょうが辞退させていただきました。それでは失礼します」
そう答え、サラ王女の横を通り過ぎようとしたところ、サラ王女の口からうわ言のようにポロっと声が出た。
「これだけ離れているのに、あなたは未だにリディアと言うのね……」
この聞こえてきた声を無視しようかとも思ったが、俺は一旦引き返しサラ王女に声をかけた。
「どれだけの期間離れていようと、やはり私の唯一がリディであることに変わりはありませんので」
そう言うと、サラ王女がぽつりと声を零した。
「今の彼女が、アーネストの思い出の中の彼女のままだと思う? いざ久しぶりに会って、彼女が豹変していたとしたら? それに、彼女はあなた以外の人を好きになっているかもしれないわよ?」
「そのときはそのときです。ただ、数少ない手紙の交流だけでも、彼女の基本的な人となりは変わっていないと確信しています。それに、リディに好きな人が出来ていたら自分の方に振り向かせます。それか、本当にリディが愛している人でリディのことを大切にする人なら応援するしかありません。そんなこと、起こってほしくはないですが、私は彼女が幸せになる選択を優先します」
すると、それを聞いたサラ王女は怒鳴るように言葉をぶつけてきた。
「……っ! そう、彼女はあなたのような人に愛されて、本っ当に幸せ者ね!」
そしてこの発言を皮切りにサラ王女は続けた。
「あなたの話を聞いて分かったことがある。彼女はあなたからの幸せを享受しているけれど、彼女はあなたを幸せにはしてくれないわよね。見返りが無さすぎるわ」
俺はこの言葉を聞き、カチンときたものの、怒りの感情を抑えて言い返した。
「リディは俺の気持ちには気付いていないので今は何とも言えません。ですが、ただ一つ言えることは、リディのことを好きになれた俺は幸せ者です。そのことは、リディが私に幸せを与えてくれていることと同義です。それに、愛というのは必ず見返りがあるものでは無いですし、本当の愛するという感情には見返りの気持ちがあると私は思っておりませんので」
そう言うと、サラ王女は驚いた顔をした後、呟いた。
「そう……。引き止めて悪かったわね。もう戻っていいわ」
一方的にそう言うと、サラ王女は陛下のいる部屋の中に入っていった。
その後、部屋の中からガシャーンという音が聞こえてきたような気がしたが、陛下のいる場でまさかなと思い俺はそのまま部屋に戻った。
そして、この会話から半年ほどが経ったとき、俺の元へリディから絶望的な報告が届いたのだった。
しかし、リディからの相談を受け、マクラレンに戻るため早急に締結しかけの平和条約の本締結に向けて取り組み、俺はマクラレン王国へと帰った。
ロイルを去る際、最後に話しかけてきたサラ王女の言葉は「リディア嬢によろしく」だった。
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