9話 隠した想い1 〈アーネスト視点〉
夜になり自室で休んでいると、コンコンコンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
――いつもなら、こんな時間に誰も来ないんだが。いったい誰だろうか?
「誰だい?」
「アーネスト殿下、ポールですよ! アーネスト殿下にお手紙が届いていますので、急いで持ってきたんです!」
ポールは5年前、俺が現在交換留学先として滞在している、隣国のロイルについてきてくれた、唯一の従者だ。
基本的に、秘書の役割をしてくれているが、武術も得意としてるため、護衛も兼ねている。
――ああ、ポールだったか。こんな時間持ってくるなんて、誰からの手紙だ?
まさかっ、リディからの手紙か!?
こんな時間にポールが持ってくる手紙は、リディからの手紙に違いないと思い、俺は急いでドアを開けてポールを部屋の中に引き入れた。
「ポール! 手紙の相手は誰だ!?」
「殿下の御想像通り、リディア・ベルレアン侯爵令嬢からの手紙ですよ。良かったですね。はい、どうぞ」
俺はポールに差し出された手紙を、奪うように受け取った。
「本当にリディからの手紙だっ! いったいどんな内容なんだろうか!」
――リディからの手紙は久しぶりだ! 早く開けて読んで、早く返信しなければ!
リディからの手紙というだけで、口元が勝手に緩んでくる。
文通ができるとは言っても、しょっちゅう手紙を送っていたら、国際スパイだとあらぬ疑いをかけられてしまう。
リディもそれを分かっており、互いに文通は続けるものの、3か月に一度くらいしかやりとりはしない。
だからこそ、リディからたまに送られてくる手紙は、とても嬉しかった。
「そんなに慌てなくても、手紙は逃げませんって……」
ポールの声は聞こえるものの、それどころではないと、破らないように急いで手紙を開けた。
「さてっ! リディは何の手紙を送ってくれたんだろう………………は?」
俺は膝から崩れ落ちた。
「殿下! どうされましたか! 大丈夫ですか!?」
ポールが何か言っているが、そんなことはどうでもいい。
――リディがロジェと婚約した…………だと? 俺がいない間にこんなことになるなんて。
「嘘だろ……。そんな……くっ……!」
「殿下、失礼は重々承知ですが、少々手紙を見させていただきますよ」
ポールがそう声をかけてきたため、無言で手紙を突き付けた。
そして頭を抱え込むように、顔を両手で覆った。
「では、失礼してって……ええ!? リディア嬢が婚約したんですか!? しかも、あのロジェリオ卿と! 殿下……なんと声を掛けたらいいのか……」
ポールは俺になんと声を掛ければいいのか困った様子だ。
――それはそうだろう。ポールは俺が昔からずっと、リディのことを愛していると知っているのだから。
リディに恋心が芽生え始めたのは、10歳の頃だった。
俺とリディとロジェの母親は仲が良く、気付けばいつも3人でよく遊んでいた。
しかし、俺は王子だから国王になるために帝王学を学ばなければならず、6歳ごろから2人と会えない日が増えた。
そして10歳で王太子になり、ますます2人と会える日が減っていった。
それでも、2人は会いに来てくれて、その時間は俺の唯一の安らぎとなった。
会いに来てくれたロジェとは、いつも基本的に剣術の練習をしていた。
一方リディは、帝王学の勉強では知ることのない話や、面白い話、他愛無い話を聞かせてくれた。
逆に、俺はリディに勉強を教えたり、リディの相談に答えたりして、互いにいろいろなことについて話し合った。
そんなある日、俺はとうとう堪えきれず、リディに帝王学の勉強がつらいと漏らしたことがあった。
すると、リディはこう言った。
「アーネスト様がつらくて苦しい思いをしているのは、何となく気付いていました。ですが、アーネスト様の性格上、国王になって国を背負う立場の自分が弱音を吐くなんて、と思われていたでしょう?」
「えっ、何で分かるんだ……?」
――リディは俺が苦しんでいることや、俺自身が弱音を吐かない理由に気付いていたのか……!
その驚きを隠せない俺に、リディは続けた。
「分かりますよ! だってアーネスト様は昔から一緒に過ごしている、大切な幼馴染ですから。だから、アーネスト様が自分で言ってくれる日まで、敢えて触れなかったんです。けれど、今日初めて、アーネスト様はご自身の気持ちを教えてくれましたね」
――リディは気付いていたのに、敢えて気付かないふりをしてくれていたのか。
それにしても、まだまだ幼い妹のような存在だと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。
そんなことを思っている俺に、リディは続けた。
「かなり勇気を出して教えてくれたんですよね。ありがとうございます。けれど、そろそろ無理やりにでも聞き出すところでしたわ! 本当に心配していたんですよ!」
「ありがとうだなんて、そんな……。俺は余程リディに心配をかけていたようだ。実は、話したら心配すると思って隠していたんだけど、もっと早くに自分の気持ちを話しておけばよかったようだね」
「そうですよ! アーネスト様、約束してください。アーネスト様が私にしてくれたみたいに、今度は私がアーネスト様の苦しいときや、つらいときにお話を聞きます。だから、1人で何でもかんでも抱え込まずに、これからは私と一緒に痛みや苦しみを分かち合いましょう」
――分かち合おうだなんて初めて言われたぞ。なんだ……俺は何から何まですべて一人で抱え込んでいたが、こんなにも近くに理解し、支えてくれる相手がいたんだな。
俺はこの言葉で救われた。
この日から、俺の中のリディは「ただの妹のような存在」ではなくなり、歳を重ねるごとにリディのことがどんどん気になりだした。
リディと会った日は、今までよりもずっと嬉しかったし、ドキドキワクワクしていた。リディと会わない日は、今リディは何をしているのかを考え、早く会える日が来ないかと首を長くして待っていた。
そして、それと同時に、ロジェに対する嫉妬心も出てきた。
最初は、俺よりもロジェの方がリディと会う回数が多いことに嫉妬した。
次に、俺には王家の人間のだからと、ロジェと違い頑なに敬語を使うリディが、同じ侯爵家のロジェには敬語を外していることに嫉妬した。
そして、今まではまったく気にしていなかったが、ロジェがリディを引っ張って走るときに握っている手や、リディの頭を撫でるロジェが目につくようになった。
だが嫉妬する反面、ロジェのことも大切な幼馴染と思っているため、自分のロジェに対する気持ちに罪悪感も覚えた。
だから、俺はリディにロジェよりも自分の方に振り向いてもらうため、ロジェに負けないように勉強や剣術も頑張った。
けれどこのときの俺は、ロジェに負けたくないという気持ちや、リディが気になるという感情が恋心からくるものだと、あまり自覚していなかった。
やっと、5年後のアーネストを出せました!
もう1話、アーネスト視点が続きます。