86話 杞憂
パーティーの当日、皆に内緒で会っていたアーネスト様からの突然の髪飾りのプレゼントを着けたいと言ったら驚かれると思った。
そのため、私は着付けをしてくれるポーラに髪飾りは昔から持っていたもので、偶然存在を思い出したからこの髪飾りを着けたいと説明した。
最初、ポーラは怪訝そうな顔をしていたものの、髪飾りを見た途端、いつもの真顔が少し崩れ口角が上がった後、突然張り切ってヘアセットを始めた。
――うまく言い訳ができたし、この件はもう安心ね!
そうこうしていると、長時間の着付け作業がやっと終わった。
そして、そのことを見計らったようなタイミングでドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
ドアに向かいそう呼びかけると、案の定お兄様が入って来た。
「リディ……準備ができているならそろそろ出ようと言いに来たんだが……って」
そう言うとお兄様が突然固まった。
かと思うと、怒涛の勢いで話しかけてきた。
「リディ! 私の妹だから可愛くて綺麗なのは当たり前だが、今日は本当に美しいぞ! 流石私の妹だ! 今日は変な虫が付かないように、ずっとお兄様がそばにいてやるからな……って、そんなに引いた顔をしないでくれ!」
「いや、少し引かざるを得ないと思いまして……」
――いつもよりもずっと綺麗にしてもらっているけれど、ここまで言うほどのものでもないでしょう?
お兄様ったら、いつもおかしなことを言って笑わせようとするわね。
そんなことを思っていると、お兄様が髪飾りの話をしだした。
「リディ、そんな髪飾りを持っていたのか? 今日のドレスに良く似合って上品で綺麗だな。良い選択だ」
「あ、ありがとうございます……」
そんな話をした後、お兄様と馬車に乗ってパーティー会場までやって来た。
すると、馬車を出る前にお兄様が話し出した。
「リディ、今日は2つのことを守るんだ。1つは、お兄様が許可を出した人間以外には近付かないこと。2つは、リディのことを悪く言う人間がいても気にしないこと、だ。2つ目に関して言うと、そんなことを言う人間はほとんどいないが、全くいないという訳ではない。まあ、お兄様といればそんな心配ほとんど無いけどな!」
――今回のパーティーはお兄様の言う通りにするのが一番の安全策ね。
「はい! 分かりました!」
「良い返事だ。あっ! それと言い忘れていたが、私がどうしてもリディの傍に居られないときはサイラスと一緒に居るんだぞ? あいつは仕事も兼ねて参加しているからペアもいないし、信用も出来るしちょうど良い」
「サイラス卿はそれでも良いんでしょうか?」
「ああ! 一応サイラスにはその話は付けてある。それに、サイラスはアリソン嬢と離れたいから、快諾してくれたぞ!」
「ああ、そう言うことですか。それなら、そうしますね。ですが、今日は必要以上の長居はしないようにします」
「そうしよう。では行こうか」
こうして、先に馬車から降りたお兄様にエスコートされて会場入りした。
会場に入った瞬間、人々の視線が私たちに集中していることがありありと伝わってきた。
そして、集まっている一部の人々の会話も聞こえてくる。
「リディア嬢は今日のパーティーには来られないかもしれないと思っていたけれど、来られて良かったわね」
「ちょっと今日は話しかけてみようかしら……?」
「なあ、いつもロジェリオ卿と一緒に居たから何も言わなかったけど、リディア嬢って相当な美人だよな? それに賢いと聞くし、家柄も良いし、どうせ今はロジェリオ卿のことで心を痛めているだろうから、そこに付け込んだら俺でも狙えるんじゃないか?」
「いや、エヴァン卿がいる限り無理だろ」
「あっ……」
色々な会話が聞こえてくる中、一番嫌な気持ちになる発言が聞こえてきた。
「はぁ~、全く。相手が悪いとは言え、婚約者を弾劾で裁いて、婚約破棄までして、よくもまあ平然としてここに来れましたなあ。わしには到底理解できません。女は着飾って笑っていれば可愛がってもらえるのに、ベルレアン家の令嬢は、肝が据わっているというか、非常識というか……。愛嬌も常識もないようなので、もしかしたら教養も無いかもしれませんな! 皆はなぜかリディア嬢の味方のようですが、私はあんな女のせいで人生を棒に振ったロジェリオ卿の方が気の毒でなりませぬ。ベル公爵もそう思いませんか?」
――なっ……!
この人の発言は私だけを悪く言っているようで、女性自体を馬鹿にしたような言い方もしているわ!
何て人なの!?
絶対に一生関わりたくないわ……。
そう思いながらお兄様を見ると、今にも飛び掛かりそうな勢いで悪口男を睨みつけていた。
しかし、飛び掛かることは無かった。
何故なら、その男性が話しかけた人は、ベル公爵、つまりサイラス卿の御父上だったからだ。
そして、悪口男に話を振られたベル公爵は口を開いた。
「何てことを言うんだ君は。もし私の娘や孫娘がリディア嬢の立場だったら、当然あれくらい、いや、それ以上のことをするぞ? それに、前から思っていたが、君はどうしてそんなに女性を見下したような言い方をするんだ? 愛嬌も常識も教養も何一つ無く、ただ人の悪口しか言えないような狸から、リディア嬢がとやかく言われる筋合いはない。彼女は立派なレディーだ。それに、君は子爵だが、リディア嬢はベルレアン侯爵の娘だぞ? これ以上、恥をかく前に黙りなさい」
「ベル公爵、その物言いはあんまりじゃないですか!?」
そう言って、自分の立場すら理解していないその男は、あろうことかベル公爵に食って掛かろうとした。
すると、突如その男性に気品あふれる女性が話しかけた。
――あの方は……!
「ちょっと失礼。私も横で聞いておりましたが、あなたはリディア嬢のことを何か誤解なさっているのでは?」
「あんたは誰だよ!? 女は引っ込んどけ!」
「私はルイス伯爵夫人です。私の下の娘とリディア嬢は友人で、私はあなたよりもリディア嬢について知っているので、リディア嬢について教えしてさしあげます。あなたにも分かるようにまとめますと、リディア嬢は本当に教養に富んだお優しい方です。それなのに、リディア嬢のことを何も知らないあなたに、憶測や偏見、決めつけでリディア嬢が悪く言われたり、貶されたりするのを黙って見ているわけにはいきません。訂正してください」
そう言われ、男は悔しげな顔をしながら吐き捨てるように、「私の勘違いだったかもしれません」と言いその場から勢いよく立ち去って行った。
すると、私の視線に気づいたルイス伯爵夫人が私の元までやって来た。
「夫人、本当にありがとうございます」
「良いのよ! リディア嬢。私は本当のことを言っただけだから。あの人が適当なことばかり言っているから、つい口を出してしまっただけなの。あんな人のことは気にしなくて良いわ。今日は楽しみなさい。ね?」
「っ……はい!」
助けてくれた伯爵夫人に感謝しながら、声をひそめて訊ねた。
「ところで、セレーネ様は……」
「今日もあれの影響で来ることが出来なかったの」
「そうですか……。では、近々訪ねても良いですか? セレーネ様のご様子も気になりますから」
「ええ! リディアちゃんならいつでも歓迎よ!」
「では、お手紙を出して、是非伺わせていただきますね!」
「ええ、ぜひいらっしゃい。手紙を出さずともリディアちゃんならいつでもいらしてちょうだい。それと、あそこに集まっている御令嬢や夫人たちは、リディアちゃんと話したがっていたわよ。あの人たちは皆良い人だから、リディアちゃんさえ良ければ、是非話しかけてあげてね」
そう言い残し、ルイス夫人は去って行った。
そして言われた通り、物は試しと、お兄様の許可も得て私は集まっている御令嬢や夫人に話しかけた。
すると、予想以上の熱烈歓迎を受けた。
「リディア様! 是非お話ししたいと思っていたのです!」
「リディア様のおかげで、私もようやく婚約破棄をしようと決意出来たのですよ? 今までずるずると婚約していたのが馬鹿らしいくらい、今はとっても充実していますの!」
「ずっと婚約者にくっついていた女を、婚約者がリディア様の件をきっかけにはっきりと切ってくれて――」
「愛人の方から逃げてくれて――」
「私も旦那が優しくなって――」
「婚約者が浮気をして本気で死のうと思っていましたが、踏み止まることが出来て――」
こうして、私の件をきっかけに人生が好転したという話をたくさん聞かせてくれた。
「だから、私たちはリディア様に本当に感謝しているんです。あのようなことがあって本当に残念でしたが、どうか気を落とさないでください。あなたは私たちの救世主的存在なのです。私たちは、総じてリディア様の幸せを願っています。この恩がいつかお返し出来たらよいのですが……」
――皆、ちょっと美化し過ぎと思うのだけれど……。
けれど、私の苦しい出来事が苦しいだけで終わらず、誰かの人生の良い影響を与えているのなら、不幸中の幸いね。
というよりも、わたしが知らなかっただけでつらい思いをしている人は残念だけど意外といるのね……。
私のあの件がここにいる女性たちの力になったのなら、良かったわ。
それにしても皆、本当に優しいのね。
「皆様、励ましてくださりありがとうございます……! 正直心配していましたが、皆様のような人がいることが知れて、とても嬉しいです。恩を返せたらと仰っていましたが、今日こうして皆様が嬉しい話を聞かせてくれて、励ましてくださったことで、私はとっても充実しましたよ? ですから、恩返しとかそう言うことは考えず、今後も是非仲良くしてくださると嬉しいです」
そう返すと、皆「是非!」と嬉しそうに答えてくれて、私も嬉しくなって楽しい時間を過ごすことができた。
すると、会場で合図となる大きな音とともに、声が聞こえてきた。
「国王陛下、並びに妃殿下、アーネスト王太子、パトリシア殿下のご入場です!」
そして、その声の通り4人が入場してきた。
それから、入場して来た国王陛下が話し出した。
「今から、本日の主賓に入場していただこう」
その言葉を聞き、皆が扉の方を見た。
そして、扉が開いたその先に、エリック王子と、サラ王女が立っていた。
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