83話 復活
そう思っていると、アーネスト様が話を続けた。
「これまでは、ロジェリオはリディに対して恋愛感情かは置いておいて、とにかく人として、好意を持って接したり、リディの味方になったりしていたと思えたかい?」
「はい……」
「そうか。じゃあ、今回の件の時のロジェリオはどうだった? ロジェリオは好意ある接し方をしたり、リディにとっての味方でいたりしてくれたと思うか?」
「……思えませんでした。とても……好意があるとは思えない言動が多かったです。結果的に私の犠牲を強いることになるような発言が多く、味方とも思えませんでした……。本人はそんなつもりではなかったでしょうが」
言葉にすると虚しくなってくる。
しかし、アーネスト様は真剣な顔で続けた。
「よく答えてくれたね、ありがとう。リディ、よく聞いてもらいたいんだが、人間は自分に好意を持って接してくれる相手に、好意を持って接したくなるんだ。だが、好意を持って接してくれない相手には好意を返そうとは思わない。それに、いつも自分の味方でいてくれる人の味方にはなりたいと思うけど、自分の味方になってくれない人の味方になりたいとは思わないだろう? ロジェリオは今回、別方向に必死になりすぎて、リディに好意を持って接するどころか、結果的に酷く傷付けたし、残念ながら味方的立場に立つことは無かった。だからこそ、リディのロジェリオに対する好意は薄れていった……俺はそう思うんだ」
――ということは……。
「長くなったが結論から言おう。今回の件があるまでに、リディがロジェリオのことを好きだったのはおかしくない事だ。良き人間関係を築くには、一方通行ではなく、双方向の関係でなければならない。今回は一方通行になってしまったが、これまでは双方向の関係が維持できていたからこそ、好きという感情も生まれたんだ。そして、それはごく自然なことだと思う。だから、リディが自分に対して嫌悪感を抱く必要は一っっっっ切ない……! これだけは断言出来る! 俺を信じてくれないか?」
――はあ、これだからすごいわ……。
アーネスト様には何でもお見通しね……!
私のわがままなせいか、そうしてくれる人がいるだけでもありがたいのに、感情で励まされても慰められても、もやもやが残ったままになってしまうってことがほとんどだ。
けれど、アーネスト様はそのことを分かっているからこそ、こうしてわざわざ理論建てて、私の悩みを解消してくれた。
その想いが嬉しくて、アーネスト様の目を見て話した。
「あなたはいつも私が1番辛いとき、1番適切な方法で励ましてくれるんですね……。はい、私はアーネスト様を信じます。もう、この件に関して私がおかしくて異常と思い込んで、自己嫌悪に浸るようなことはもう辞めます」
声に出してアーネスト様に宣言したことで、一気に気分が晴れ上がった。
「本当に今日で全て吹っ切れました! いつまでも感傷に浸らず、本当の意味で新しく踏み出せそうです! パーティーでも臆さず過ごせそうです!」
そして、満面の笑みを向け、アーネスト様の両手を包み込むように持ち上げ告げた。
「アーネスト様……ありがとうございますっ! 感謝してもしきれません! もうアーネスト様が私と幼馴染でいてくれたことが、私の人生の幸運ですね! 何で暗いことばかりに目を向けてしまっていたのかしら!」
そう話しかけるが、アーネスト様は無反応だった。
――あっ……!
嬉しくなりすぎて、勝手に手を掴んでしまったわ!
困らせちゃったかしら……?
この反応だもの、そうに違いないわ……。
いけないわね私ったら。もう子ども同士ではないのに……。
私は急ぎながらもそっと手を離し、気まずさのあまり少し視線を逸らしながらアーネスト様に声をかけた。
「す、すみませんでした。つい興奮してしまって……。次からは気をつけますね! ごめんなさい」
そう言いながら、アーネスト様の顔をちらっと見ると、月明かりでも分かるほどに紅潮したアーネスト様がそこにいた。
そして、私の視線に気付いたのか、突然我に返った様子になり、早口で話し出した。
「い、いや、そ、そんなに言ってくれるなんて思ってなくて……。む、むしろ、リディこそ俺の人生の幸運だよ!? 小さい時からいつもリディがいてくれたから、俺は孤独ではなかった。それに留学で辛い時、いつも励ましてくれたのはリディだ。むしろ俺の方こそ、リディに感謝してもしきれないよ。リディが生まれてきてくれて本当に良かったって、こっ、心の底から思っているんだ……!」
そう言われ、自分でも自分の顔に熱が集中していくのが分かる。
「そ、そう言われると、照れますね! そんな褒めても何も無いですよ? それよりも、何かこの部屋、暑くないですか?」
「あ、ああ、お、俺もちょうど同じことを思っていたよ」
「そ、そうですよね!? 今すぐ窓を開けましょう!」
「ああ、それが良い!」
そう言って、私たちは手分けして部屋の全ての窓を開けた後、再び向き合って話し出した。
「アーネスト様のおかげで一気に気持ちが楽になりました。お忙しいはずなのに、来てくださって本当にありがとうございます」
「会いたかったから来たんだ。気にしないでくれ。あっ……! それとリディに聞こうと思っていたことがあるんだ」
突然何かを思い出したアーネスト様に驚きつつも問うた。
「何ですか?」
すると、わざとおどけたような口調で問うてきた。
「今度のパーティーのドレスは何色のご予定ですか? お嬢さん」
――突然どうしたのかしら……?
「シ、シルバーですが……?」
「よし分かった! じゃあ、髪飾り以外を準備してくれ」
――えっ……?
髪飾り以外?
ということは……っ!
「そんな! 構いませんよ!」
「この間のリディのプレゼントのお礼がしたいんだ! あの日からずっとあのコロンも使っているよ! ほら! 匂いがするだろう?」
そう言いながら、私に近付いたアーネスト様からは、彼を取り巻く花の良い香りがほのかにした。
「だから、社交界復帰の記念も兼ねて贈らせてくれ。ダメか……?」
――そんな! 捨てられた子犬のような目で見られて、ダメだなんて言えないわ……!
「分かりました。では……有難く頂戴いたします」
「ああ! そうしてくれ! おっと……もうこんな時間か。リディと話しているとあっという間だな。そろそろ帰るよ」
「まあ! 本当! 長く引き止めてしまってすみませんでした」
「気にしないでくれ! むしろ、リディと話せて俺はすごく楽しかったし元気も出たよ。また色々話そう」
「はい! 是非!」
そう答えると、アーネスト様は心底嬉しそうに微笑みながらバルコニーへ歩みを進めた。
私も見送るためについて行った。
すると、アーネスト様はバルコニーに足を踏み入れた途端、突然振り返り、少し早い口調で言葉をかけてきた。
「リディが自分のことを嫌いになってしまいそうになることがあるかもしれないが、俺はずっとリディのことが好きだ……。だから、リディを好きな俺を信じて、リディはもっと自分を好きになってほしい。自信を持つんだぞ。それでは――」
そう言うと、アーネスト様は目にもとまらぬ速さでバルコニーから降り帰って行った。
私は突然最後にかけられたアーネスト様からの言葉に、不意打ちを食らっていた。
――アーネスト様が私を好き……?
まあ、私も好きだけど……。
あっ! そうか!
こうして私は一つの結論に至った。
――アーネスト様も私がアーネスト様を好きと思っているみたいに、一介の貴族令嬢の私を対等な幼馴染と思って接してくれているのね……!
本当にできた人だわ!
直接人からあんなことを言われると、何だか不安が薄まって自信が出てきたわ!
アーネスト様って、なんだかお父様みたい……!
そんなことを思いながら、私は思い切りベッドに寝転んだ。
「ふふっ! こんなに良い気分は久しぶり! けど、今日はさすがに早く寝ないと……」
こうして、そのまま眠りについた。
そして次の朝になり、私を起こしに来たポーラに怒られた。
「お嬢様、どうしてこんなに窓が全開なのですか……!?」
「何だか暑くなってしまったから、開けたの……。締め忘れていたわ……」
――嘘は言っていない。
「風邪でも引いたらどうするんですか! せめて開けるにしても開け方というものが――」
怒られているはずなのに、アーネスト様と私の秘密だと思うと、不思議と笑みが零れ、明るい気持ちになれた。
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