81話 安心
来るとは聞いていたものの、思っていたよりも早いうえ、まさかこんな方法で来るとは考えていなかったため、アーネスト様の来訪に私は驚きを隠せなかった。
だが、外にアーネスト様を締め出したままの状態にするわけにはいかず、私は急いで窓を開け、アーネスト様を部屋に招き入れた。
「アーネスト様、来るとは聞いていましたが、まさか今日来るとは思っていなかったので、本当に驚きましたよ……!」
――それにまた登って来たのね。
まあ、ここは2階だしアーネスト様の身体能力を考えると、絶対に安全なんでしょう。
この高さなら、もう止めなくても良いわね。
それよりも、この家の警備はそんなに甘くないはずなのに……。
そんなことを考えていると、アーネスト様が満面の笑みを浮かべて、来た理由を話し出した。
「パトリシアからリディの話を聞いて、顔が見たくて来てしまったんだ。あれ以来、落ち着いて話をすることも出来なかっただろう?」
――顔が見たくてだなんて、ちょっと照れるわね。
「私もアーネスト様とお話ししたかったです! 遅くなりましたが、今回の件、本当にありがとうございました」
「いやいや、礼は良いんだ。それより、リディが俺と話しをしたいと思ってくれていたことが嬉しいよ!」
「当たり前じゃないですか! アーネスト様は私の大切な恩人であり、お友達ですから。留学していた間の出来事とか色々とアーネスト様とお話ししたいことが、たくさんあるんですよ!」
――何だか昔を思い出すわ……。
アーネスト様が留学に行くまで、私の話は全部アーネスト様が聞いてくれていたものね。
しみじみと過去の思い出に耽りそうになりながら、こうして私はアーネスト様を出迎えた。
そして、お互い椅子に腰掛けて話し始めた。
「パトリシアから話は聞いていたが、リディが思っていたよりも元気そうに過ごしていて安心したよ」
「おかげさまで、たくさんの人に支えてもらってここまで回復しました」
「それなら良かったよ。俺はいつでもリディの味方になる準備は出来ているから、もし頼りたいことがあったら、無理せず、いつでも遠慮なく頼ってくれ」
「っ……! ありがとうございます。そのように言っていただけると本当に頼もしいので安心できます」
――アーネスト様と話していると、なぜかいつも自然と安心できるわ。
それに、前も同じように心配して来て下さったわね……。
あのときのアーネスト様からは、今思い出したらかなり恥ずかしいことを言われたけれど、あのときの私は、その言葉で本当にどれだけ救われたか計り知れないわ……。
以前夜中に来てくれた日のことを思い出しながらアーネスト様の顔を見ると、自然と顔がほころんでくる。
そんな私の様子を見て、アーネスト様は不思議そう尋ねてきた。
「どうしたんだい? リディ。 もしや! 俺はどこかおかしいか!? 登ってくるときに頭に葉っぱが付いていたり――」
控えめな笑みではあったものの、アーネスト様からすれば自分を見て私が笑ったと思っても無理はない。
その誤解を解くため、私は被せ気味に暴走しかけのアーネスト様に伝えた。
「アーネスト様はどこもおかしくありませんよ。葉っぱもついておりません。以前来てくださったときのことを思い出していたのです。それで、あのとき言ってくださったアーネスト様の言葉が嬉しくって、アーネスト様のお顔を見て、つい顔がほころんでしまいました」
そう言うと、アーネスト様は焦った様子から一転して、そうかそうかと微笑みながら話し出した。
「あのとき言ったことは、心の底からの本心だ。今でもその考えは変わっていないよ」
そう言った後、アーネスト様は私の顔を見ると、ふふっと突然笑い出した。
今度は立場が逆転したみたいだ。
「アーネスト様、私、もしかして今何か面白いことになっていますか?」
そう問うと、アーネスト様は焦ったように訂正した後、また少し笑いながら理由を話し出した。
「あのとき、リディは本気で夢の中での出来事だと思っていただろう? あのときの、可愛いリディを思い出したら……。っ……!」
――えっ? 可愛い……?
ま、まあ、幼馴染だからそう思ったのよね。
アーネスト様にしては珍しいけれど、お兄様も良く私が間違えたり、失敗したりしたときによく言うものね!
話し方からしてまだ続きがありそうだったが、アーネスト様はハッと息を呑んで固まった後、そのことを取り繕うように急に別の話をしだした。
私としても、少し戸惑ってしまったため、別の話にしてくれたことは有難かった。
「そ、そうだ! パトリシアからリディのパーティーのエスコートの話を聞いたよ。リディも社交界復帰の相手としてエヴァン卿が相手なら心強いな」
「はい、私もそう思います。ですが、お兄様がペアと言うのは本当に久しぶりなので、そういう面では少し緊張してしまいます。今までは、ほとんどロジェリオがペアだったから……」
最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
そして、私の話を聞いたアーネスト様の顔から笑顔が消えた。
かといって、威圧的であったり不機嫌であったり、無表情という訳でもない。
妙に切なげな表情をしていた。
けれど、それと同時に何でも受け止めてくれそうな表情にも見えた。
だからか、アーネスト様には誰にも言えなかった話をしても良いと思えたため、私はロジェリオのことについての話をしてみようと思った。
ただ、ロジェリオの話をしようと思ったものの、アーネスト様がロジェリオの話を聞きたくない可能性もあるため、まず質問をすることにした。
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