80話 2人の恋愛事情〈アーネスト視点〉
それは数時間前の事だった。
「アーネスト殿下、パトリシア殿下がお話したいことがあるということでお越しになっています、如何なさいますか?」
――パトリシアが?
今日はリディのところに行くと言っていたが、そのことについてか……?
「通してくれ」
そう許可を出したところ、パトリシアが勢いよく入ってきた。
「パトリシア、どうしたんだ?」
「お兄様! どうしたもこうしたもありませんよ! 私、居ても立っても居られなくって……!」
「一先ず落ち着こう。それから、パトリシアが言いたいことを一から話してくれるか?」
パトリシアにそう声をかけたあと、ポールに茶の用意を頼みパトリシアを座らせた後、何事かと思いながら、自身も腰掛けた。
そして、パトリシアは茶が届き礼を言ってから、急ぐように飲み干した後、深呼吸をして話し出した。
「先程はごめんなさい。落ち着きました」
「それは良かったよ。それで、話っていったい――」
言いかけたところで、パトリシアが遮るように衝撃の発言をした。
「お兄様、良く聞いてくださいっ! お兄様はリディア様に全っっっっっっく意識されていないということが分かりました!」
「っ……!」
――分かっていた……。
分かってはいたがパトリシア、いざはっきりと言われるとショックすぎるぞ……!
俺は動揺を隠すことが出来ず、上擦ったような声でパトリシアに質問をした。
「な、なにを根拠にそう思ったんだ?」
「今日、リディア様とお話していて分かりました。お兄様は本当にただのお友達としか思われていません。リディア様のエスコートの相手は既に決まっていますが、お兄様がそのエスコートの相手候補として、選択肢にすら入れられていませんでした……」
――リディのエスコートの相手が決まっているだと……!?
一体どこの馬の骨なんだ!?
「リディのエスコートの相手は誰なんだ!?」
慌てて前のめりになりそう問うと、鬼気迫る顔になっていただろう俺の顔を見たパトリシアは、何故かクスリと笑った後、返答した。
「私もエスコートの相手が決まったと聞いて、お兄様と同じ反応をしましたわ! ですが安心して! エヴァン卿だそうですよ。ディーナ様が出産後でパーティーに出られないので、今回は御兄妹でペアになるそうです」
リディのペアの正体を知った途端、全身に走っていた緊張が一気に抜けた。
――エヴァン卿なら安心だ。
本当に良かった……!
正体を知らなかったとはいえ、義理兄殿になる予定の方を馬の骨だなんて思ってしまった。
申し訳ない……。
けれどそれなら、リディが俺のことを選択肢に入れていなかった理由はもう明白だな。
「パトリシア、それならリディが俺のことを選択肢に入れていなかった理由は明白じゃないか。本来パトリシアはデビュタントの年齢に達していないから、親族しかエスコート出来ない決まりがあると思って、気を遣ったのだろう? さすがリディだ。周囲のことをよく考えている」
俺はそうに違いないと確信をしながらパトリシアに話したものの、何故かパトリシアは釈然としないと言った面持ちで俺を見た後、気まずそうに告げてきた。
「お兄様を選択肢に入れていない理由として、もちろんそのことについても仰っていました。しかし、『王族の方にエスコートをこちらから頼むだなんて、いくら仲が良くても出来ませんわ!』と、断言しきっていました。しかも、とても清々しい笑顔で……。お兄様がエスコートの相手だなんて、何の冗談を言っているんだという言葉が聞こえてきそうでしたわ。恋愛対象になり得る方に対して、あそこまでの清々しい笑顔は普通出せないと思います」
――本当にリディなら言いそうだ。
容易にそのときの様子が頭に浮かぶぞ……。
そんなことがあったのなら、パトリシアがリディは俺を意識していないと言いたくなる気持ちも理解できる。
だが、ロジェリオとのことがあって、やっと少しずつ落ち着きを取り戻し始めたリディに対して、今グイグイと迫ることは俺にはとてもじゃないが出来ない……。
しかし、いつまでも悠長に指を咥えて待っているという訳にもいかない。
そんなにも清々しい笑顔で言うということ自体が、俺の事を恋愛対象として意識していないと裏付けるようなものじゃないか……。
「俺はどうしたら良いんだ……?」
つい口から本音が漏れた。
すると、それを聞き逃さなかったパトリシアが捲し立てるように話し出した。
「意識してもらえるよう行動をするしかありません! まず、受け身は厳禁、能動的に動いてください。そしてまず、5年の間で再構築された、お兄様に対するリディア様の中の王族という壁を取っ払ってください。そのためには、いきなりではなく、徐々に距離を詰めて行けば良いのです。そして、2段階目に『ただの幼馴染』という関係から抜け出さないといけません。また、会う回数を増やすべきです。会う回数や接点が少ない人に好意を抱くことはリディア様の場合無いです。リディア様は顔だけで人を選ぶような方ではありませんから……。そんな人だったら、お兄様は今頃結婚まで行っていますよ」
――確かに、ロジェリオはリディにとって親族以外で最も会う回数が多かった。
しかし、ダメになったとはいえ、俺と同じ幼馴染という位置づけでもリディの婚約者になれた。
なら、リディの中の王族に対する壁、幼馴染という壁を取っ払って、王太子兼幼馴染ではなく、アーネスト・マクラレンという一人の男として見てもらえるように行動すれば、意識されるのでは……?
まずは、何が何でもリディと会う回数を増やさねば。
そして、接点を作っていくんだ。
よし、そうと分かればすぐに行動だ!
とにかく、今日会いに行こう……!
「パトリシアの言う通りだ。今のことを参考に実践してみるよ。ありがとう! しかし疑問なんだが……どうしてパトリシアはそんなに恋愛について詳しいんだ?」
感謝の気持ちを告げると共に、話しているうちに湧いてきたパトリシアの恋愛への詳しさの謎を尋ねた。
察しはついているが、それにしても不思議なくらい詳細に話すため気になってしまったから、ついつい尋ねてしまった。
すると、先程までは余裕を取り戻しすらすらと俺に話をしていたパトリシアはどこへやら、突然顔を真っ赤にして、しどろもどろに目線を逸らして話し始めた。
「えっ! いや、あの……。ふ、普通ではないですか!? わ、私には、な、何のことだか~」
――絶対に普通じゃない。
「パトリシア、言いたくないなら別に言わなくても良いんだ。不躾な質問をしてすまなかった」
そういうと、パトリシアは焦ったような顔になり、とうとう白状した。
「い、いえ! 違うのですお兄様! 突然の質問に驚いてしまって……。 ここまで来て言わないのも何となく気持ち悪いですから、正直にお話いたします。実は、私、そ、その……こ、好意を抱いている方がいるのですっ……!」
そう叫ぶと、パトリシアは椅子に置いてあったクッションを手に取り、うわ〜!と言いながら、それに顔を埋めた。
そして、パトリシアはついに言ってしまったわ!とクッションに向かって叫んでいる。
しかし、俺はそのことをここ最近の様子で察していた。
加えて、王女宮のパトリシアと親しい極一部の侍女たちの間で、そのことが噂されているとポールが教えてくれたことも相まって、より予感は確信に変わっていた。
――本人の口から直接確認できて良かった。
ここ最近の反応を見るあたり、相手も恐らく噂通りだろうな……。
そんなことを思っていると、パトリシアは恐る恐るクッションから顔を上げ、真っ赤な顔で尋ねてきた。
「お兄様はあ、ああ、相手が誰なのか、聞かないのですか……?」
「エリック王子だろう?」
さらっとそう答えると、パトリシアは真っ赤な顔を上げ、驚いた顔で質問してきた。
「な、何で! お兄様がそのことを知っているのですか!?」
「ここ最近のパトリシアを見ていれば分かるよ。それに、良いじゃないか。ロイルとは友好国になったんだし、エリック王子は今のところ悪い噂1つ聞いたことが無い。ここで過ごした期間の評判も良かったと聞いている。俺はパトリシアの気持ちを応援するよ」
そう言うと、パトリシアはそれはそれは嬉しそうな顔をして頷いた後、一言加えた。
「ありがとうございます、お兄様! 私もお兄様のことを応援しています。好きになってもらえるよう、お互い頑張りましょうね!」
「ああ!」
こうして、パトリシアとの話が終わり、リディとの時間を作るために尋常ではない速さで残っていた仕事を処理した。
そのため夜になってしまったが、リディアはまだ寝ていないと信じて、こうしてまたリディの部屋のバルコニーまで来た。
そして、バルコニーの窓をノックしたものの、リディが動く気配が無かった。
――もしかして寝ているのか?
それなら、起こしたくはないから帰るが……。
しかし、聞こえていないだけかもしれない、もう一度だけノックしてみよう!
そう思い、先程よりほんの少し強めにノックをしたところ、部屋の中で人が動く気配がした。
リディが起きていたことが分かり、嬉しさが込み上げてくる。
――やばいな。
想像しただけで、にやけてしまう。
けれど、リディにはにやけた顔ではなく、一番良い状態の表情を見てもらいたい。
にやけて気持ち悪がられることだけは、何としてでも避けなければ……!
我慢してくれ! 俺の口角!
そんなことを考えているうちに、リディが窓の向こう側まで来た。
そして、俺の心情には一切気付いてないであろうリディと俺の視線がかち合った。
――ああ、リディだ……!
ここまでお読み下さりありがとうございます<(_ _*)>