8話 婚約
両家顔合わせの婚約手続きは、あっという間に終わった。
そのうえ、親同士が基本的に話を進めたため、当人たちはほとんど話す機会がなかった。
――私はロジェリオの正式な婚約者になったのよね? あまりにもことの展開が早すぎて、現実じゃないみたいだわ。
ロジェとの婚約成立の実感が湧かない私は、当人を他所に大いに盛り上がっているお母様たちを見た。
「私たちの子どもが結婚なんて、こんなの嬉しすぎるわ!」
「ほんとよ! まさかリディちゃんがうちの息子のことを好きになってくれるなんて」
「こちらこそ、ロジェリオ卿がうちの娘のことを好きになってくれて嬉しいわ!」
「そんなの当たり前よ! だって私が育てた息子だもの。リディちゃん以外の人を好きになる方が難しいわ! 突然リディちゃんと婚約したいだなんて言い出すから、私嬉しすぎて、すぐに手紙を送らせたのよ!」
2人ともが恥ずかしくなるくらい、お互いの子どもの婚約成立に大喜びしているわ。
お父様たちは静かだけど、いったい何を話し込んでいるのかしら?
「ライブリー卿の御子息とうちの娘が結婚するとは。なかなかに嬉しいものですな!」
「いえいえ、こちらこそ! 昔から娘のようにかわいがっているリディア嬢が嫁いできてくれるというだけで、私や妻はもちろん、ウィルや屋敷の者までみんな喜んでますぞ!」
「そのように迎えてくださるなら、本当に娘は幸せ者です。ライブリー卿、何卒娘をよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞ息子をよろしくお願いします」
――自分が望んだ婚約だけれど、何だか一気に進みすぎて実感が湧かないわね。
そう思いながら、私は挨拶や質問されたとき以外、ずっと黙っているロジェを見た。
すると、ロジェもこちらを見ていたため、目が合った。
ロジェは何か言いたそうな顔をしている。
――話しかけるべきなんだけど、なんて話しかけようかしら……?
そんなことを考えていると、この私たちの様子を見たロジェの弟のウィルが、こそこそと話しかけてきた。
「兄様はリディ様とお話したいみたいなんだけど、意外とシャイなところがあって、どう声をかけようか迷ってるみたいなんだ。親たちが盛り上がっている間に、少し抜けて兄様と話してあげてくれないかな?」
――私もどう話しかけようか困っていたけれど、救世主が現れたわ!
「ええ、もちろんよ! 私もロジェにどう話しかけようか迷っていたの。ウィルのおかげで、話しかけるきっかけができたわ。ありがとう」
「そんな、大したことしてないよ。リディ様が僕のお義姉様になるのが嬉しいんだ! そのためなら、僕も一肌脱ぐから、なんかあったら僕に相談してよ!」
「ええ! ウィルは頼もしいから、またお願いすることになるかもしれないわね」
「任せてよ!」
そう言いながら、ウィルは照れたように笑った。
それを見ていたロジェが急に話しかけてきた。
「リディもウィルも僕をのけ者にして、何の話をしているんだよ!」
「兄様は寂しがり屋だって話だよ~!」
「ウィル、あまりお兄様をからかってはダメよ」
おどけたようにロジェをからかうウィルを、少し窘め、私はロジェに声をかけた。
「ロジェ、ちょっと2人で話をしましょう」
「ああ、僕もそれが良いと思っていたんだ」
そうして、私たちは客間から私の部屋まで移動した。
この間、私の心臓はドキドキしすぎて、ロジェに鼓動が聞こえるのではないかというくらい緊張していた。
「リディ……突然婚約の返事で驚いただろう?」
部屋に入るなり、ロジェが話し出した。おそらく本当は早く話したくて、たまらなかったのだろう。
「もちろん驚いたわ。あの日の話から、約1週間でまさか婚約までするなんて。私は嬉しいけど、ロジェは私を傷つけないために無理したんじゃないかしら……?」
「それは無い! 絶対に無理なんかしてないよ! ただ、リディのことを完全に恋愛対象として見ることが出来ているのかについては、正直まだ分からない。けど、人としてリディのことが好きなことは間違いないし、リディとならきっと2人でうまくやっていけると思って、婚約を申し込んだんだ」
ロジェの嘘のない素直な言葉で、逆に私は安心することが出来た。
やっぱり、完全に恋愛対象として見ているというわけではないのね。
けれど、結婚において「人として好き」ということは大事なことだと思う。
ロジェの言う通り、案外私たちはうまくやっていけるのかもしれない。
「ロジェ、これからよろしくお願いね」
「ああ、これからは幼馴染としても、婚約者としてもよろしく頼む。アーネストが帰ってきたとき、2人仲良く出迎えような!」
「ええ! もちろんっ!」
この日から、私はロジェの婚約者になった。
次の日、私は婚約が決まったことを報告するために、アーネスト様に手紙を書くことにした。
――アーネスト様へ
陛下から先に通達があったかもしれませんが、ご報告があります。
私は、このたびロジェと婚約しました。
実は、自分でも気付いていなかったのですが、私はどうやらロジェのことが好きだったようです。
侍女のポーラや、パトリシア殿下は私の気持ちに気付いていたみたいですが……。
アーネスト様と最後に会った日の約束を覚えていますか?
私は、アーネスト様との約束が、私とロジェを引き寄せてくれたのだと思っています。
ロジェは今でも約束を守り続けて、私の頼れる存在になっていますよ!
私もロジェも、早くアーネスト様に会いたいです。
アーネスト様が帰ってきたとき、胸を張って会えるように、2人でこれからも尽力していきますね。
アーネスト様、お体に気を付けてお過ごしくださいね。
また会える日を、楽しみに待っています。
――よしっ! これで良いわよね!
こうして、私はアーネスト様に婚約報告の手紙を送った。
アーネスト様からはすぐに、「おめでとう。君たちの婚約をお祝いするよ」という返事が返ってきた。
月日は流れ、婚約からあっという間に3か月経った。
その間、私とロジェはお互いに婚約者としての仲を深め合っていった。
この3か月の間で、ロジェは私をただの妹ではなく、女性として見るようになってくれたと思う。
その証拠に、婚約から1か月のデートではロジェから私に初めてのキスをしてくれた。
ただ、そのキスは頬だったが、その日を境に、何度も頬にキスをしてくれるようになった。
だから私は、これからもっとロジェと婚約者として仲を深めていき、1年後くらいには結婚できると思っていた。
あの日までは……。
次回は、婚約報告の手紙を受け取った、アーネスト視点です。