79話 エスコートの行方
ドレスを決めてから1週間ほど経ったある日、またもパトリシア様が家に訪ねてきた。
――来て下さるのは嬉しいけれど、パトリシア様も忙しいのに大丈夫かしら?
そう思いながらもパトリシア様と話を進めていくと、パトリシア様は社交界復帰の話を聞きに来たということが分かった。
「それでは、リディア様は1ヶ月後の社交界復帰に参加することが決まったんですね!? 良かったです!」
「はい! パトリシア様のおかげです」
「では、ドレスはどうするのかしら?」
「実は、1週間ほど前にドレスを決めたんです」
そう言うと、パトリシア様は嬉しそうにはしゃいで言った。
「そうなんですね! とっても楽しみだわ〜!」
そう言ったかと思うと、一呼吸置いたかと思うと、パトリシア様は突然顔を翳らせ気まずそうに話し出した。
「ところで、ちょっと話しておきたいことがあるんですが……」
――急に元気がなさそうになったけれど、どうしたのかしら?
パーティーのこと?
「はい、何でしょうか……?」
突然の神妙な空気に戸惑いながらも問うと、パトリシア様は話し出した。
「エスコートについてなんだけど……」
「エスコート……ですか?」
「…………ごめんなさいっ! 実は、お兄様のエスコートの相手が私になってしまったから、お兄様がリディア様のエスコートをすることが出来なくなってしまったの! それで――」
――えっ……。何で私の相手がアーネスト様前提の話になっているの?
それに突然謝られても……一体どういうこと?
何か勘違いをしているみたいだから、早く訂正しないと!
そう焦った私は、パトリシア様の言葉を遮るように声をかけた。
「ちょっ、ちょっと待ってください! パトリシア様、1度落ち着きましょう。何を謝る必要があるんですか? 王族ということで例外になっていますが、本来パトリシア様はデビュタントの年齢に達していないので、アーネスト様などの親族しかエスコート出来ない決まりじゃないですか」
そう言うと、パトリシア様は驚いた顔をして告げてきた。
「でも、リディア様はお兄様と幼馴染だから、リディア様はエスコートの相手にお兄様を考えていたのではないかと……」
――あら! 私が男性と交友が広くないから、幼馴染のアーネスト様にエスコートを頼むと思ったのね。
全然頼むつもりなんてなかったから安心して……!
それにもとより、一介の侯爵家の娘が婚約者でもないのに、一国の王子にエスコートを頼めるわけないじゃない!
何とかして、パトリシア様の誤解を解いて、罪悪感を消さないと!
そんな気持ちで、パトリシア様に答えた。
「パトリシア様! ご安心ください! 最初からアーネスト様をエスコートの相手にということは、一っっっ切考えていませんでしたから! 何なら、王族の方にエスコートをこちらから頼むだなんて、いくら仲が良くても出来ませんわ! 私には既に決まったエスコートの相手がいますので!」
――よしこれで伝わったでしょう!
これだけ笑顔で伝えたら、怒ってないって伝わるでしょう。
そう思いながらパトリシア様に目をやると、予想と反して衝撃を受けたような顔をした後、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「……で、では、エスコートは一体ど、ど、どなたですか? どこかの家のご令息で!?」
――ああ! そういえば相手が誰か言い忘れていたわね。
「エヴァンお兄様ですよ! ディーナ様が出産後で出られずお互いペアがいないということで、本来お父様の予定でしたが、お兄様がエスコートしてくれることになったんです!」
その言葉を言った途端、パトリシア様は全身から力が抜けたように溜息をついた。
「っはあ〜! 良かった……っ良かったわ〜! もう本っ当に心臓が止まるかと思ってドキドキしてしまいました!」
――私がエスコートの相手にと考えていた人を奪ってしまったと思っていたようだから、誤解が解けて安心したのね。
パトリシア様は優しい方だから、私のエスコートの相手がいないかもと思って心配していたのね。
ちゃんとエヴァンお兄様とエスコートの話を早くにしていて良かったわ!
「誤解が解けたようで良かったです」
「ええ! 本当に良かったです! それでは、必ずエヴァン卿と一緒にお越しくださいね。楽しみにしています」
「はい! ご挨拶にも行きますね」
「ええ! 嬉しいわ! 絶対に来てくださいね。あっ! それとお兄様からの伝言ですが、突然になるかもしれないが近々リディア様に会いに来るとのことです。多分明日とか急には来ないと思うので、早くても2日か3日後だとは思いますが」
――こんな準備の大変な時に来ても大丈夫なのかしら?
ただ、アーネスト様の性格上、本当に大丈夫じゃないと来ないから、そんな心配は無用でしょうね。
言いたいことが沢山あるから、会えるなんて嬉しいわ!
そう思いながら、つい漏れた笑顔のままパトリシア様に言葉を返した。
「アーネスト様には直接会ってお礼を言いたかったのです。ただ、本来こちらから赴くべきですがこの状況では行けなかったので、来てくださって嬉しいです。大歓迎ですわ!」
「まあ! では、そうお兄様に伝えますね!」
そう言うと、パトリシア様は嬉しそうに笑顔になった。
そして、その他にも他愛ない話をした後、パトリシア様は帰って行った。
そして夜になり、今日のことを振り返った。
――パトリシア様が来てくれて楽しかったわ!
何だか気分が上がっている状態だから、明かりを消してもなかなか寝付けないわね。
横になって目だけ閉じていたら、きっといつの間にか眠っているわよね。
そう思い目を閉じたと同時に、コンコンと音がした。
目を開いたものの、部屋に違和感はない。
――え……いや、流石にそれは無いわね。
そう思い、私は再び目を閉じた。
するとまたも、コンコンと音が鳴った。
先程よりもほんの少し強い音だった。
――まさか……本当に?
妙な確信を持った私は、ベッドから降り、かつての状況と重ね合わせながら窓に向かって歩いて行った。
すると、あの時と同じように窓の向こうで立っている1人の男と目が合った。
――アーネスト様っ……!
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