78話 ドレス選び
声の主はエヴァンお兄様だった。
「お兄様はもう帰って来たの!?」
「はい、長期休暇の期限が来たため来週から王城で働くために、ディーナ様たちより一足早く帰ってきていましたよね? それで、帰路に何があるか分からないからと早めに出たら、思った以上に早く到着したとのことです。そのため、帰ってきたと挨拶をしに来たらしいのですが、忙しいのであれば時間もあるから出直すとのことです」
――帰ってくることは知っていたけれど、予定より早く帰って来たのね!
お兄様、とっても良いところに現れたわ!
そう思った私は、ポーラに頼んだ。
「お兄様はまだ外にいるかしら?」
「はい、お嬢様のお返事をお待ちですので」
「ふふっ、それは良かったわ。お兄様は芸術的センスがあるから、お兄様の意見を聞いてドレスを決めたいわ。ねえ、皆さん」
そう言うと、周りに居た仕立て屋の女性たちも話し出した。
「はい! 良いと思います!」
「やはり御兄妹ですから、お互いに似合うものが分かるのでしょう」
「エヴァン卿はお洒落で有名ですから、きっと良い見立てをしてくれるに違いありません!」
――やはり、お兄様の意見を参考にして決めるのが一番ね!
「ポーラ、私もお兄様にご挨拶したいから通して頂戴。それを伝えるついでに、お兄様にドレスを決めるのを手伝って欲しいと言っていることも軽く伝えてくれるかしら?」
「はい、承知しました」
そう答えると、ポーラは急いでお兄様に伝えに行った。
そして、すぐに満面の笑みのお兄様が入って来た。
そして、ものすごい速さで近付いてきたかと思うとガバっと抱き着いてきた。
「リディ~! 会いたかったぞ! お兄様にドレスの意見を聞きたいだなんて、何てかわいい妹なんだ! お兄様が最高にリディに似合うドレスを選んでやるから安心しろ」
――あぁ、久しぶりのお兄様だわ。
そんなことを思っていると、先程のわざとらしく大きな声とは違い、お兄様は周りの人には聞こえない声で呟いた。
「リディの1番辛い時に助けられなくてごめんな。サイラスに代わりを頼んだが、直接的な手助けが出来ずすまなかった……」
――ディーナ様が出産って時に、お兄様にもディーナ様にも沢山心配かけてしまって申し訳ないわ。
まったくお兄様が謝る必要なんてないのに……。
久しぶりに会えた喜びがじわじわと込み上げてくると共に、お兄様達に心配をかけてしまった申し訳なさも込み上げてくる。
そのため、私もお兄様にしか聞こえない声で呟いた。
「私もお兄様に会いたかったです。お兄様が謝る必要はありません。寧ろ大事な時期に心配をかけてしまってごめんなさい」
そう言うと、お兄様は先程よりも強い力で抱き締めてきた。
――いざお兄様と会うと、やっぱり安心するわ。
ずっと一緒にいた時はしつこいと思ったこともあったけれど、しばらく離れているとやはり寂しくなるものね。
あんなことがあって、まだ傷心状態から抜け切れてないから、そう思う気持ちが強いのかしら……。
……それにしても、いつまで抱きしめ続けるの?
ちょっと、いや、だいぶ苦しいんだけど。
このままじゃ息が止まるわ……!
そう思い、私はお兄様の胸元を叩きながら叫んだ。
「お兄様、苦しいです!」
そう言うと、お兄様は驚いた顔をしてすぐに離してくれた。
「はっ! すまなかった! 久しぶりにリディに会えて嬉しかったからつい感情が……」
いつも通りのお兄様にある意味安心した私は、何事も無かったように改めて自分の口でお兄様に頼んだ。
「ドレス選びを手伝っていただけますか?」
「リディのためなら喜んで!」
こう答えるお兄様に、仕立て屋の女性たちはしばらく歓声を上げていた。
それからというもの、お兄様にカタログを見せると、あんなにも難航していたデザインが恐ろしいほど早く決まっていった。
そのうえ、お兄様が提案してくるものは、私でも自分に似合うと分かるものな上、提案してくる候補は私が好きなデザインが多い。
――兄妹だから趣味嗜好が似るのかしら?
そう思っていると、あんなに苦戦していたドレス選びがあっという間に終わった。
すると、仕立て屋の女性が嬉しそうにお兄様に話しかけた。
「エヴァン卿は本当にリディア嬢に似合うものを的確に選ばれますね。本当に素晴らしいです! それにエヴァン卿は、服飾業界で知らない者はいない程お洒落で有名なんですよ」
「まあ、リディの兄として生まれてきたからにはだらしない恰好ではいけないだろう? だから、何においても出来る部分から最良を心掛けているんだ。それに、今はディーナも息子もいるから、もっと完璧を目指さなければな!」
――え! そんなことを思っていたの?
嬉しくはあるけれど、ちょっと恥ずかしいわね。
ただ、最良を目指すという姿勢はやはり尊敬するわ。
仕立て屋の女性もそう思ったのだろう。
「素晴らしい姿勢ですね! 本日は私共も非常に勉強になりました。もしまた今度お嬢様や御夫人のドレスを選ぶ機会がありましたら、是非当店をよろしくお願いいたします。オーダー通りの最高のドレスを仕立てます!」
――商売がうまいわね。
それに、私がなかなかドレスのデザインを決められなかったのは、この仕立て屋のデザインがどれも素敵だからよ。
腕も間違いないし、やはりこの仕立て屋が人気なだけあるわね。
そう思っていると、仕立て屋の女性の発言に気を良くしたお兄様は嬉しそうに答えた。
「ああ! それでは、今度はディーナのドレスを頼むとするかな」
仕立て屋の女性たちに向かってかっこよく言ったかと思えば、私に向き直り話しかけてきた。
「もちろん、リディが言うならリディのドレスもいくらでも選ぶぞ。ディーナもリディも世界で一番大切だからな~!」
「で、では、またの機会がありましたらよろしくお願いします。ですが、ディーナ様が良ければ、今度はディーナ様のドレスを選んで差し上げてください」
「リディは優しいな。もちろんだ! では、また後で会おう」
そう言うと、お兄様は部屋から出て行った。
そして、仕立て屋の女性たちはドレスを作るための採寸をし、様々な作業を済ませた後帰って行った。
「ほんっとうに疲れたわ」
「お嬢様、お疲れ様です。エヴァン様が来てくださって良かったですね」
「本当にその通りよ。お兄様が来て下さらなかったら、今頃まだ悩んでいたと思うわ」
「けれど、無事決まりましたね」
そう言われると、自然と笑みが零れてくる。
「ええ、決まったわ。正直今まで着てきた私のドレスの中で最も好きなドレスになったわ。完成が楽しみよ。ポーラ、提案してくれてありがとう」
「いえ、とんでもないです」
そう言うと、ポーラは少し気恥ずかしそうな顔をした。
そんなポーラの反応を見てクスっと笑いながら、今日の事を思い返した。
――弾劾以来、色褪せたような日常だったのに、パトリシア様が来てから日常が色付き芽吹き始めたような感覚だわ。
アーネスト様がパトリシア様にパーティーの話を知らせてくれて、それをパトリシア様が私に伝えてくれたから、あんなことがあったのに、今日、私は笑えて過ごしているのよね。
偶然ってすごいわ。
それにしても、アーネスト様が帰って来たばかりなのにこんなことになってしまったから、よく考えると全然話せていないわ。
せっかく5年ぶりに会えたのに……。
会いたいわね。
私たちが離れていた5年間、どうやって過ごしたか聞いてみたいわ……。
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