73話 信じ難き現実〈エイミー父視点〉
日常では絶対に有り得ない早朝に速達で手紙が届いた。
その手紙は、王家の紋章の封蝋がされていた。この紋章を見て、いったい何事かと不安感が押し寄せてきた。
――領地経営に関して、とうとう王家に見切りをつけられたんだろうか!?
それともこんなことはあってもらいたくないが、エイミーに仕事上で何かあったのでは!? 病気や怪我だったらどうしようか!
王家からの手紙だと分かったが、なぜ家にこのような御方からの手紙が届いたのか全く見当もつかなかったため、冷や汗をかきながら急いで手紙を開けた。
手紙を開け、中を見ると、そこには気を失いそうなほど衝撃的な内容が書かれていた。
ずらりと並ぶ娘が犯したという罪名とともに、王宮に来るように書かれていたのだ。
――何故、エイミーが!?
何かの間違いではないのか!?
まさか、あの子がこんな罪名のようなことをするなんて信じられない!
絶対に娘の濡れ衣を晴らしてやらねば……!
その思いだけで、急いで夫婦で王宮までやって来た。
その道のりで、まさかエイミーがそんなことをするなんて有り得ないと確認するように、エイミーのこれまでについて思い返した。
エイミーはコールデン家直系の唯一の子どもとして生まれた。
その後しばらくは、新しい子が生まれることは無かったため、コールデン家の人間や使用人、領地民までもが、それはそれは可愛がって育てた。
また、領地でエイミーと1番歳の近い人間は、6歳上というくらい歳の近いと言える人間がいなかったため、エイミーはほとんど大人たちに囲まれながら、過保護と言っても良いような環境で純粋に育った。
コールデン家は比較的他の領地と比べ、領地民との距離が近かった。
だからだろう。田舎ということも相まって、エイミーは幼い頃から貴族よりも、平民と話す機会の方が多く仲も良かった。そのため、王女宮に出稼ぎに行く前は私が止めても、領地民の農作業を手伝うこともあった。
そんなエイミーを見て、見目良くうら若い貴族の令嬢なのに、平民と人として対等に接するとはなんて優しい子なんだろうと大人たちは誰もが口にし、我が領地においてエイミーは皆の人気者だった。
特に大人たちから人気は著しく、いつも皆の中心で笑顔だった。
しかし時が進むにつれ、若者たちはエイミーに年の近い子ほど、どんどん領地外へと出て行った。
一度、1番エイミーと歳の近かった娘が領地を出て行くと聞き、どんな無礼も許すから、出て行く理由を正直に話してくれないかと尋ねたことがあった。
そのとき、言われたことは忘れられない言葉だった。
『……一度でも良いから、私も誰かに見てもらいたいのです。私はここにいるんだと。そして、認めてもらいたいのです。だから私の居場所はここだと思えるような場所に行こうと思いました。ここにいては一生叶いそうにもないと思えたので。惨めな思いはもう十分ですから……。領主様、今まで本当に有難うございました。両親に会いにたまに帰ってきますが、両親のことを宜しくお願い致します』
このときの私は、こんな田舎よりも自分の持つ力を余すことなく発揮できる可能性の高い王都の方がそりゃ良いよなと思い、これ以上彼女のその言葉を深く読み取ることはなかった。
しかし、今思うとそこには彼女の隠し続けてきた強烈な想いがあったのだろうと今なら思う。
当時の彼女は、19歳だった。
その後、どんどん過疎化が進み領地経営が徐々に苦しくなっていった。
そのことを知ったエイミーは、17歳になると私が領地のために出稼ぎに行くと言い、出稼ぎのために王女宮に行き、王女宮に行った後、宣言通り領地に送金してくれた。
領主としても親としても、娘の給与に頼らなければならない状況というのは情けなく心苦しくはあったが、こんなにも優しい子供に育ってくれたのなら、今の領地は苦しくともきっとこの子の将来は明るいものとなるだろうと思っていた。
だから、どうしても手紙に書かれたエイミーの罪名が信じられなかった。
しかし、王宮に着き私の思いはただの幻想にすぎないと痛いほど思い知った。
親としてこんなことを言ってはいけないと分かっているが、とても自分の娘とは思えなかった。それほどまでに、エイミーはここ4カ月程で別人のように変わっていた。
風紀を乱したということだけなら、まだ理解することができた。
今まで最低限の貴族令嬢としてのマナーは教え込んだつもりだが、実践が少なく、今まで多く接した人間は身分で言うと自分より低い者たちだった。
そのため、田舎の貧乏貴族出身のエイミーは、王女宮という高貴な場において風紀の乱れを生じさせてしまったのではと考えられた。
しかし、職務怠慢、横領、名誉棄損、不敬罪は話が違う。
そして、王宮に着きこれまでの経緯を聞き、私はここで死ぬのではないかという思いと、娘に対し初めて憤りを感じた。
横領に関しては、領地のために横領したのかと思っていたがそうではなかった。
また、不敬罪に関しては特にパトリシア様への発言がとても許せるようなものではなかった。
そのうえ、職務を怠慢しながら婚約者のいる男性に迫り、その男性の婚約者に対する名誉棄損の甚だしさには卒倒しかけた。
そして、何より私が驚いたことは、ベルレアン家の御令嬢であるリディア嬢へのあの態度だ。
自分が悪いにもかかわらず、リディア嬢に対して見当違いも甚だしいほどの怒りをぶつけている姿は信じ難いものだったし、とても許せるようなものではなかった。
そして、この犯した罪の重さはエイミーに自覚させなければならないと考えた。
だからこそ、私は陛下に自らの娘への処罰を求めた。
ただその際、今のエイミーは別人のようだが、自分たちが今まで見てきた記憶の中のエイミーがいるため、心の中は凄まじい葛藤に苛まれていた。
そのためつい、エイミーに自分を見捨てるのかと問われたことや刑期を聞いたことで、心が揺らぎそうになった。
そのうえ、陛下の許可が無かったが、話してはいけない、話してはいけないと思いながらも、これ以上何を言い出すか分からない娘を見て悪い予感がしたため、つい何度か口を開いてしまった。
虚しいことにエイミーには何も伝わらず、エイミーはどんどん自分で罪を重くしていった。
だが、このように娘を育ててしまったのは私だった。
だからこそ、陛下に子爵位を剥奪されても、それは至極当然だろうと受け入れざるを得なかった。
というよりも、受け入れるという選択肢以外自分にはなかった。
しかし、エイミーは違った。
彼女はひどく貴族ということにこだわっているように見えた。
そして、平民になったにもかかわらず牢獄は貴族用にしろとまで言い出した。
――今まで領地の平民たちと楽しそうに過ごしていたのに、どうしてあんなにも平民という存在を嫌がるような物言いをするんだ?
確かに今まで貧乏とはいえ、貴族として育ってきたからもちろん抵抗感はあるだろうが、私たちとは比べ物にならないほど高貴な御令嬢よりは、比較的平民たちのことを下に見るような子ではないと思っていたのに……。
私たちが今まで見てきたエイミーは、すべて幻想だったのか?
もう何を信じてよいのか分からない。
エイミー! これ以上何も言わないでくれ!
エイミーがこれ以上変わっていく姿を見たくない! 止まってくれ!
絶望感に浸りながらそのように考えていたが、エイミーが劣悪な環境とも言える独房に入ることとなり、より絶望感が押し寄せた。
それと同時に、そうなっても仕方がないと思ってしまった自分に対し、自分の教育で娘がこんなに育ったのに、仕方がないと思う自分にも嫌気が差した。
だが、エイミーはそれでも文句を言った。
そんなエイミーを妻が打った姿を見た時、止めようとは思えなかった。
そして、妻がぶつける言葉もすべて正論で、リディア嬢への申し訳なさがより募った。
陛下が妻を制止した後、ベルレアン侯爵に要望罰を聞いたが、侯爵はエイミーを期待せず見限ったのだろう。
しかし、領地民と娘の罪はまた別の話として私情を押し殺してくれたのだろう。領地民を苦しめるようなことは求めてこなかった。
求めたのは、娘に対する罰の追加でなく、罪を認めることだった。
この要望を聞き、私の心には底なしの情けなさが襲って来た。
――私の娘はあなたの娘をこれほどまでに愚弄したのですよ!?
それ以外の罪も重いのにそれどころか、こんな子ではないはずなのに、リディア嬢に対してだけは未だに罪を認めず威嚇している!
記憶の中のエイミーが純粋過ぎるから、娘に酷になり切れない自分がいる。
何なら、実はこのエイミーは偽者で昔のままのかわいいエイミーは別にいるんじゃないかと思ってしまいそうになっている。
ベルレアン侯爵、あなたは酷になっても良かったはずだ!
いや、そんなことをする価値もないと思ったのだろう。
こんなにも素晴らしい人格者の侯爵やその御令嬢を苦しめてしまうなんて、本当に申し訳ない……。
自分の娘ながら、本当にこれで良いとは思えない。
どうしたら良いんだ……。
そんなことを思っていると、陛下がベルレアン侯爵の要望に対しある提案をした。
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次話、通常視点に戻ります。