70話 一蓮托生
皆も同じことを思っているのだろう。
陛下に聞こえないように、小さな声で口々に貴族達が話し出した。
ただ、小さな声で話したところで、何人もが話し出したため、話をしていることは誰の目から見ても明白であった。
「ほら、やっぱり反省していなかったから、こんなことになるだろうと思ったよ」
「そうですわね。国王様はお優しいから、罪刑法的主義の中でも、今までの判例やデビュタントという年齢、彼女のバックグラウンドを踏まえた上で、刑期を軽くしていたのでしょうに、彼女は墓穴を掘ったわね」
「間違いないですな。嘘でも反省したふりをすれば刑が軽くなったかもしれないのに、反省の色が一切見えない自身の発言によって、むしろ自分の罰を重くするなんぞ思いもしなかったですよ」
「国王様もただ優しいだけの国王様ではないということか……。まあ、恐らくエイミー嬢の精神的な成熟度合いも考慮して出した判決だったんだろうが、結局のところ、彼女は考慮するにすら値しなかったというわけか」
「約20年間も禁錮刑で、約40歳になって刑が終わったとしても、経歴どころか年齢的に結婚もできないぞ。できたとしても、まず良婚は有り得ない。ということは、彼女は自分で生き抜く手段を見つけなければならないのか……。なかなか辛い道だな」
「辛い道……ですか。そのような考えもあるのでしょうけれど、彼女は死刑も十分有り得る不敬罪を犯しているのですよ? 死刑にならなかっただけましではなくて? まあ、彼女の年齢や社会的に持つ影響力や権力から死刑になることはそうないでしょうけれど」
非常に小さい声ではあるものの、聞こえてくる最も近い貴族たちからの会話に耳を傾けながら、衝撃の発言を聞いたはずのコールデン子爵夫妻の顔を見た。
すると、2人の顔からは揃って生気が抜けていた。
――無理もないわ。
今日の反応を見るに恐らく、コールデン子爵夫妻は子爵夫妻なりにエイミー嬢のことをかわいがって育ててきたはずよ。
だからこそ、娘が何をしたか知っていても、刑期22年の発言を聞いて、あの顔になったのでしょう。
エイミー嬢に至っては、絶望的という言葉がこれでもかというほど当てはまる顔をし、床を見つめたまま黙り込んでいる。
すると、陛下が口を開いた。
「皆言いたいことがあるのならはっきり申せ。異論があるのなら聞こう」
その陛下の言葉により、会場は一瞬で静寂に包まれた。
そして、この陛下の判断に異論を申し出る者はいなかった。
その様子を見た陛下は、言葉を続けた。
「皆のその反応、私の判断に肯定と見做すぞ。では、最後の処分を述べる。コールデン子爵、其方もエイミー・コールデンのいるところまで出てくるのだ。そして、横に並べ」
そう言われ、酷く青ざめた顔になった子爵は、陛下の指示通りエイミー嬢の横に並んだ。
それを確認し、陛下は最後の処分を告げた。
最初はエイミー嬢の方を見て話し出した。
「では、最後の処分を述べる。エイミー・コールデンのしたことは、多くの人間に被害を及ぼすものであり、その被害は貴族にとっては致命的とも言える内容もあった。また、横領自体重罪なうえ、国庫に直結する職場での横領は忠誠義務違反による王室反逆とも見做せる。ただ、横領額を踏まえて考えるに、王室反逆の意は無かっただろう。そのうえ、多くの無礼な言動も、不敬の意は在れど、王室反逆の意は無かっただろう」
そこまで言うと、陛下はコールデン子爵に目を向けた。
「それに、エイミー・コールデンは今年がデビュタントの年齢だ。このことから、子爵、其方たちの娘への貴族教育が及ばなかったが故に、このような結果になったとも言える。また、子爵の管轄領地の経済状況は、娘を出稼ぎに行かせるほど火の車になっていることは周知の事実だ。つまり、領地民の見本になるべき立場の人間が道義的義務を果たしておらず、また、領地民が安心して暮らすことのできる経済環境を設けることができていないことが、コールデン子爵家の現状ということが証明された。これらの出来事の全ては、ノブレス・オブリージュに反している。よって、これ以上其方に領地を任せるわけにはいかない。経済問題だけなら、国の支援策として援助できるが、其方の娘の重罪がその援助を絶つ理由だ。故に、今日を以てコールデン家に爵位返上の処分を下す」
その言葉を聞き、コールデン子爵は諦めが滲んだ納得の表情で宣言した。
「その罰、しかとお受けいたします。今現在を以て、子爵の爵位を返上いたします」
すると、絶望的と言った様子で放心状態になっていたエイミー嬢が慌てたように、自身の父親に必死な様子で話しかけた。
「お父様! どうして返上するのですか!? お父様は何も悪いことをしていないではないですか! 私たちは貴族ではなくなったのですか!? 平民になったのですか!? どうして、お父様はそんなことを受け入れてしまったのです!?」
そう言ったかと思えば、命知らずな彼女は陛下に訴えかけ始めた。
「陛下! 罰は私が受けますから、お父様やお母様を巻き込まないでください! お父様とお母様は何も悪くないのです! 陛下がおっしゃるのであれば、リディア嬢にも謝りますから!」
――陛下に勝手に話しかけることにも驚きだけど、自分の父母が関わると、急に自分の罰を受け入れて異常に庇う姿が恐いわ……。
刑期が22年まで伸びたのよ?
それに、陛下に言われて私に謝るということは、自ら謝る意思は一切無いということよね。
何を言われたとしても、エイミー嬢のことは私が正気でいる限り、許すなんてことは有り得ないわ。
このエイミー嬢の反応に、ただただ不思議に思う反面、恐怖感と苛立ちを覚えながら私は彼女の方を見た。
すると、陛下がエイミー嬢に言った。
「其方には前回の弾劾のとき、其方の言動が父母の処分に直結する旨を、王太子は忠告したはずだ。今更何を言おうともう遅い。その最後の機会を、其方は自ら手折ったのだ」
すると、エイミー嬢は床に四つん這いになるようにへたり込んだ。
そして、掠れた声を絞り出すように、独り言ち始めた。
「そ、そんな……。どうして……? う、嘘、嘘よ……。こんなこと、現実なわけがないわ。貴族じゃなくなるだなんて、どうやって生きていけば良いの……!?」
そう呟いた直後、エイミー嬢の目からは涙が流れ出していた。
ただ、彼女の父親は自身の宿命を受け入れるように、背筋をピンと伸ばしたまま、ただ、前を見つめていた。
そんな2人を平然とした様子で見つめていた陛下は、突如エイミー嬢に新たな情報を話し出した。
ここまでお読みいただき、大変ありがとうございます!
ブクマ、評価をしてくださっている方、本当に執筆の糧になっております。
誠にありがとうございます(*^^*)
そして、変換ミス等の誤字や脱字の報告をしてくださる方、お手間を取らせてしまい申し訳ございません。
ですが、おかげさまで大変助かっております。
本当にありがとうございます<(_ _*)>