7話 返事の手紙
「必ず返事の手紙を送るって言ってたのに……」
私はそう独り言ちながら、ひどく落ち込んでいた。
しかし、家族にはこの話をしていなかったため、心配をかけるわけにはいけないと思い、ディナー中、私は明るく振る舞った。
そして、ディナーが終わった後の、家族団欒のティータイム中に、お父様が突然私に切り出した。
「リディは今年で19歳になっただろう? そろそろ、リディの結婚について考えないといけないが、リディは何か考えているかい?」
想定外のお父様の発言に、私は驚き咽た。
「ゴホゴホッ! お父様がいきなりそんなことをおっしゃるから、驚いたじゃありませんか!」
「いやいや、そこまで驚かせるつもりはなかったんだ。 けれど、そろそろ考えないといけないと思って聞いてみたんだよ。それで……今好きな人とかいるかい?」
今、好きな人と聞かれ思い当たる人物は1人しかいない。ロジェだ。
「はい、います」
そう言うと、お父様もお母様も驚いた顔をした。
そして、お父様はすかさず質問してきた。
「それは誰だい?」
――今日が約束の3日目なのに返事の手紙が届いていない。
ということは、私は振られたということよね?
自分と婚約する気がない人の名前を出してもいいのかしら?
けれど、ロジェへの気持ちはしばらく隠せそうにないし……。よしっ、言ってみよう!
「実は、ロジェのことが好きなんです……」
お父様の顔を見ると、ハッとした顔をしていた。
「そうか、リディはロジェリオ卿のことが好きなのか! 実はな、ライブリー家からロジェリオ卿との婚約申し込みの手紙が届いていたんだよ」
お父様の言葉に耳を疑った。
「えっ? 婚約の申し込みですか!?」
「ああ、そうだよ。返事を書かないといけないから、リディの気持ちを聞いてみたんだ」
――ロジェは約束通り手紙を送ってくれていたのね!
でもまさか、お父様にいきなり婚約の打診の手紙を送るなんて!
てっきり、返事は私に送ってくるものだと思っていたわ!
それに、あの日の話だけで、ロジェがいきなり婚約だなんて答えを出すとは思っていなかったから、驚きが隠せない。
それと同時に、約束を守ってくれていたことと、婚約の打診が来たことで、どん底だった気持ちが、一気に跳ね上がった。
「それで、リディ。ロジェリオ卿と婚約するかい?」
「はい! 婚約したいです!」
私は大喜びで、お父様に答えた。
「そうか、分かった。あと、本来リディの気持ちを聞いた後でする質問ではないのだけれど、一応念のために確認したいんだが、アーネスト殿下に嫁ぐという考えは……」
言いかけたお父様を遮るように、先ほどまで口を閉ざしていたお母様が話し出した。
「まあまあまあ! リディはロジェリオ卿のことが好きなのね! 両想いじゃない! リディ、おめでとう。お父様が先ほど言いかけたことは、気にしなくても良いからね」
先ほど言いかけたこと、というのはアーネスト様のことだろう。
私とアーネスト様の交流は途絶えることなく、ずっと文通を続けている。
しかし、色恋の話は一切ないため、まさかお父様からアーネスト様に嫁ぐという話が出てくるとは思っても見なかった。
――私が最後に見たアーネスト様は、よく女の子に間違われる中性的な顔立ちで、私と身長が同じだったから恋愛対象にならなかったのかも。今のアーネスト様の成長した姿も、想像がつかないわ。
お母様は気にしなくても良いというが、一応お父様に答えた。
「まず、アーネスト様がいつ帰ってくるかもわかりませんし、最後に会ったのは何年も前です。なので、アーネスト様のことは恋愛対象というよりも、完全に遠く離れた兄という感覚です。それに、アーネスト様は私のことを妹か親友くらいにしか思っていないはずです。したがって、結婚は難しいかと」
「あ、ああ。そうだよな! お父様が要らぬことを言ってしまったな」
お父様をよく見ると、苦笑いしながらも、どこか焦っているように見えた。
あんな表情をするなんて、お父様はアーネスト様と結婚してもらいたかったのかしら?
けれど、私が異性として好きになったのは、この5年間を共に過ごしたロジェだ。
お父様との会話を聞き、お母様がロジェについて話し出した。
「あのロジェリオ卿が愛称で呼ぶことを許している女性は、ロジェリオ卿のお母様のジュリアナ様以外あなただけよ。だから、自信を持ちなさい! 昔からあなたのことを大切にしてくれている子じゃない!」
そう言われると、確かにお母様の言う通りだと思える。
一方で、婚約の申し込みの手紙が届いたとはいえ、まだロジェにとって私は共通目標を持つ仲間であり、妹のような存在という認識が強いのではないかとも思う。
しかし、母はそんな私の心の内を知らないため、一人で盛り上がっている。
「実はね、私はロジェリオ卿のお母様と、アーネスト殿下のお母様とお友達だから、いつかあなたがどこかの家に嫁ぐなら、ロジェリオ卿かアーネスト殿下のどちらかに嫁いでもらいたかったの。あなたがロジェリオ卿のことを好きになってくれて嬉しいわ! すぐに、婚約了承のお手紙を送らなきゃ!」
興奮気味に話すお母様を他所に、お父様が真剣な面持ちで話しかけてきた。
「私はリディの気持ちを尊重するよ。シアラは一人で盛り上がっているから、私が心を鬼にして言うが、ロジェリオ卿の職業柄、結婚できなくなる可能性もある。それに、貴族の令嬢は、個人というよりも家門の付き合いになるから、突然婚約破棄の状況になることもあるということは、貴族の令嬢として心に留めておいてほしい」
私はお父様のその言葉にハッとした。
そうよね、婚約まで行ったとしても、結婚するかは確定ではないもの。
「ええ、お父様のお言葉、胸に留めておきますわ」
「ならいいんだ。まあ、うちのリディにはそんな思いさせんがな! なあ、シアラ!」
「そうよ! リディと婚約して破棄する人なんて、いくらジュリアナ様の子でも、こっちから願い下げよ!」
私にとって、このお母様の発言は意外だったが、2人のおかげで幾分か心構えができた。
次の日、お父様とお母さまはすぐに、ロジェへの婚約了承の手紙を、ライブリー家に送った。
すると、婚約手続きを顔合わせでするために、ベルレアン家に訪問したいという手紙が、ライブリー家から届いた。
そして、5日後にライブリー家の面々がベルレアン家にやってきた。
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