67話 デジャブ
そして、アーネスト様は私の目をしっかりと見て言った。
「ウィルが今日サイラス卿のところに来たらしく、その時に渡してくれと、サイラス卿に俺への手紙を託したんだ。その手紙の一部に、こう書かれていた。『僕はリディア嬢が心配です。僕は兄が弾劾されたことは仕方がないことだと思っています。僕自身は気にしないのですが、僕が他の貴族たちに何か言われたら、自分の婚約の件が原因だと、リディア嬢は非常に気に病むでしょう。そのことに関しては、自分の実力で見返すから、絶対にリディア嬢のせいではないと伝えてあげてください』と。ウィルは、自分の力で見返すそうだ。俺から見ても、ウィルはその力を持っていると思う。リディ、ウィルを信じてあげてくれないか?」
「そんな! 信じていないわけではないんです! ただ、申し訳なくて……」
「リディが申し訳ないと思う気持ちもすごく分かるよ。すぐに気持ちの切り替えなんてできないだろう。今すぐ申し訳ない感情を消すことは不可能に近いと思うよ。ただね、知っていてもらいたいことがあるんだ」
そう言うと、アーネスト様はとても優しい声音で話し出した。
「リディ、俺がロイルにいる間、君が俺の心の支えになっていたんだよ。君がいてくれたから、今日の俺が存在するんだ。もし、リディがいなかったら俺はこんなに心身ともに健康でいられるわけがなかった。これって幸せなことだろう? それに、リディがいたから、諦めることなく、国に帰ることを考えられたんだ。そんな君がみんなを不幸にする? そんなこと有り得ない。それに、ウィルがこんなにもリディを心配するのはどうしてだと思う? リディが自分にとって悪的存在だったら、絶対にこんなに心配なんてしないよ。つまり俺が言いたいのは、今回の件で君が周りを不幸にしたなんてことはない。リディが1番心配しているウィル自身がリディのせいで不幸せになったなんて思っていないんだ。そしてもう1つ言えるのは、リディがいてくれたから存在する幸せもあるということだ。だから、自分をそんなに責めるんじゃない。俺を信じてくれないか?」
この言葉を聞いて、つい言葉が漏れた。
「夢の中でもこんなことを言ってくれるなんて……」
すると、アーネスト様はびっくりした顔をして言った。
「リディ!? 夢の中だと思っていたの!? 現実だよ。俺は今現実でここにいるんだ」
「え? ほ、ほ、本当に……!?」
「ああ、本当だ。ほら」
そう言うと、アーネスト様は私の頬を伝う涙を拭った。
「本当にアーネスト様、なんですね……」
「ああ、そうだよ」
「って、どうやって来たのですか!?」
「ポールに協力してもらってここまで来た後、また登って来たんだ」
「バルコニーにですか!?」
「ああ」
――ああ、神様。
この人は、どうして危険を省みないのでしょうか……。
「危ないじゃないですか! それもお城を抜け出して来るだなんて!」
「ここは前回の3階と違って2階だから、何も問題はないよ。それに、リディが泣いているのに、駆け付けないわけないじゃないか」
――そうだ、アーネスト様は私が心配だから来たと言っていたわ。
どうしていつも来てくれるのかしら……?
そう思っていると、アーネスト様が話し出した。
「リディ、そろそろ僕は城に帰らなければならない時間だから、最後に言わせてくれ」
――そう言うと、アーネスト様は真剣な顔つきで言った。
「君にはもう少し自分のことを信じて欲しい。リディの選択は間違っていないよ。それに、リディが誰かの人生をめちゃくちゃにしたという事実はない。エイミー嬢はと言うかもしれないが、エイミー嬢は自分で自分の人生をめちゃくちゃにしただけで、リディのせいではない。今後リディ自身好奇の目にさらされたり、後ろ指を指されたりすることもあるかもしれない。けれど、君は何も悪いことをしていないんだから、臆さず堂々としていれば良い。それに、エイミー嬢のような人間の意見よりも、ウィルのような人間の意見を聞き入れて欲しい。自分にとって悪い言葉の方が心を支配してしまうこともあるだろう。だが、自分にとって負の言葉よりも、信頼できる人の言葉を心に留めてもらいたい。エイミー嬢の意見は一切気に止めなくて構わない。これだけは覚えておいてくれ」
「アーネスト様、あ、ありがとうございます……! その言葉、しかと胸に留めます」
私のその答えに、アーネスト様は優しい笑顔を見せると、バルコニーから飛び降りた。
私は驚いてバルコニーの柵まで駆け寄り下を見たところ、アーネスト様は2階の高さから無事着地し、走り出していた。
そしてその後、ポール様らしき人と合流した姿が見えた。
――アーネスト様、本当にありがとうございます……!
このとき、私の心の中の靄が晴れ、澄んだ様な感覚になっていた。
このことがあり、私は腹を括った状態で、今日のエイミー嬢の弾劾の続きに参席した。
会場にはエイミー嬢以外の出席者が全員揃っている状態だった。
そして、陛下が口を開き言った。
「今回の件で、王女宮の尊厳が損なわれることとなった。また、色恋の話だけでなく、横領の事実も発覚した。今回の件は、貴族が犯した罪ということで、市民の裁き方とは違う。なぜなら、貴族の認定権を現在有しているのはこの私だからだ。前回は隣国の高官がいたため、王太子に代任したが、認定責任を果たすべく、今回は私自らが弾劾を取り仕切る。エイミー・コールデン子爵令嬢、会場に入れ」
陛下の声が聞こえると、衛兵に挟まれたエイミー嬢が入場してきた。
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