66話 夢か現か幻か
ウィルが帰った後、私は自室に戻りベッドに倒れこんだ。
「はぁ……」
つい口から声が漏れる。
――ウィルは私に対して罪悪感を抱いているからあんなに謝っているんでしょうけど、本当にウィルが謝る必要は一切無いのに……。
そう思うと、ウィルに対しその他の罪悪感が募る。
――ウィルはこれから、ロジェリオの弟と言うだけで、後ろ指を指されることになるかもしれないわ。
こんなにも良い子なのに、ウィルが後ろ指を指されることになるかもしれないだなんて……。
もちろん私自身もかなり後ろ指を指されることになるだろうけれど、私は当事者で、結局のところ私が選んだ道だからと思うことができるわ。
けれど、ウィルの場合不可抗力よ。
ああ、どうしたら良いの?
今はウィルのことでこんなにも悩んでいるけれど、ウィル以外にも被害が及ぶ場合があるかもしれないと考えると、より自己嫌悪に陥りそうになる。
――ああ、私はエイミー嬢の言う通り、皆に不幸を振りまいているのかもしれないわ。
私がいなかったら、こんなことにならなかったかもしれないし、誰かの人生に傷をつけることにもならなかったのかもしれない。
夜会の日から寝ていない私の頭では、負の思考連鎖が止まらなくなり、昼間というのに、いつの間にか眠ってしまっていた。
そして、再び目を開けると、真夜中になっていた。
「え? 私夜まで寝てしまったの?」
長い時間寝ていたことと、目が覚めたら夜だったことに驚いたため、眠気がなくなってしまった。
この真夜中をどう過ごそうかと思った矢先、窓からコンコンと音が鳴った。
――何の音かしら?
ここは2階だから、鳥がぶつかったのかしら……?
そう思いながら、恐る恐る窓の方に近付くと、バルコニーで月光を浴びている男が立っていた。
その男は、部屋の中を覗き見ているわけではなかったため、ただ月を見つめている横顔だけが見えた。
――ん? あの顔……アーネストさ……ま?
もしかして、私は夢を見ているのかしら?
そうよ、きっとこれは夢よ。
一国の王太子がこんな夜中に、侯爵令嬢の部屋のバルコニーにいるわけがないもの。
これは夢で現実ではないと思うとともに、私は窓の向こう側のアーネスト様そっくりの男が不思議で、つい見入ってしまった。
すると、月を見上げ横顔しか見えていなかった男の顔が、突然正面を向いた。
そして、その男とばっちり目が合った。
夢なのに目が合った時の感覚が妙にリアルで、胸が少しざわついた。
真正面から見ると、その男はアーネスト様本人としか言いようがないほど、アーネスト様にそっくりだった。
――私はそっくりな人ではなくて、アーネスト様が出てくる夢を見ているのね。
そう思っていると、目が合ったアーネスト様が窓の向こうから口パクで何かを伝えている。
夢ならいいやと思い、私は窓を開けた。
すると、アーネスト様が声を出した。
「君のことが心配で頭から離れなくて、夜中だがつい会いに来てしまった。昼は抜け出せなかったから……」
――まあ、夢の中でもアーネスト様は心配してくれるのね。
本当に頼りになる人だから、辛いときの夢に現れてくれたのかしら。
「アーネスト様、気にかけてくださってありがとうございます」
「いや、リディがお礼を言う必要なんていないよ。僕が君に会いたかったから来たんだ」
「そんなことを言って下さるなんて、アーネスト様は昔から変わらず、本当に優しい方で安心します」
そう言うと、アーネスト様は顔を赤らめて言った。
「リディにそう言われると、照れるな」
その言葉を聞くと、ロジェリオとの楽しかった頃の記憶が脳裏をちらつき、どんどん気持ちが溢れて来てしまった。
「……っ本当に、来てくださってありがとうございます。もう、どうしたらいいか分からなかったんです……」
一度口に出すと、言葉がどんどん出てきた。
それと同時に、涙も溢れてきた。
「今日、ウィルが家に来たんです。私に謝りたいからと……。それでウィルと話していくうちに、何も悪いことをしていないウィルが謝って、しかも、自分の兄のしたことによって、ウィルが後ろ指を指されることになるかもしれないと思うと、本当に申し訳なくて……。エイミー嬢が弾劾で私に向かって言った言葉を覚えていますか? 私が皆を不幸にする、私がいなかったら、こんなことにならなかったという言葉です。私は弾劾中、怒りの感情が勝っていて言い返しましたが、今日のウィルの件もあって、私が弾劾を進言しなかったら、ウィルがこんなにも傷付くことはなかったんじゃないか、他にも私が原因でウィルのように傷ついた人がいるんじゃないかと思い出したら止まらなくなって……。それに、私がロジェ…リオと婚約することになっていなかったら、もしかしたら他の皆が幸せなままでいられたんじゃないかって――」
夢の中なら、思ったままの気持ちを言っても良いと思い、涙と共に想いをさらけ出していると、アーネスト様がそれを遮るように、話しかけてきた。
「リディならそう思っているかもしれないと思って、来てみて正解だよ」
そう言うと、アーネスト様は少し安心したような顔をした。
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