57話 最後の宣言
アーネスト様に指名され、ライブリー侯爵が一歩前に出た。
一歩前に出たライブリー侯爵は、緊張した面持ちで深呼吸した後、口を開いた。
「皆様、我が愚息がこのような不祥事を起こし、大変申し訳ございません」
侯爵が様々な階級の貴族が集まる場で、このような公開謝罪をしたことに、皆驚いた様子だったが、この謝罪の次に続く言葉を、固唾を呑み待っている様だった。
そして、ついにライブリー侯爵が告げた。
「……っロジェリオ、お前を廃嫡する」
この廃嫡宣言により、貴族たちの間にどよめきが走った。
しかし、侯爵が言葉を続けたため、一度静かになった。
「廃嫡するということは、今突然決めたことではありません。ベルレアン家との話し合いで、ロジェリオがエイミー嬢と恋仲ではないと証明する約束をしていたのです。この約束を守ることが出来れば婚約継続を、約束を守ることが出来なければ、廃嫡すると事前にロジェリオには宣言していました。しかし、今日この場で、ロジェリオはあろうことか、噂の相手とファーストダンスを踊りました。そのため、ロジェリオの廃嫡が決まったのです」
そこまで聞くと、貴族たちが口々に話し出した。
「そんな約束をしていたのに、ファーストダンスを踊ったの? 信じられないわ!」
「どうしてそんなことが出来るのか、理解に苦しむよ」
「婚約者が出来てからのファーストダンスの重みを理解していないなんて、いったい今まで、貴族としてどうやって生きてきたの!?」
「娘がロジェリオ卿と結婚したいと言っていたけれど、諦めておいて正解だったわ。というより、もう卿と付けることも無いのよね」
「廃嫡はやりすぎかもしれないと思っていたけれど、宣言されていてこんな行動したのなら、廃嫡されて当然よ」
様々な意見が聞こえる中、ついに、ロジェに野次が飛び出した。
「どうして婚約者がいるのに、別の女とファーストダンスを踊ったんだ!」
「最低ね! リディア嬢に嫌がらせをしていたの!?」
「君のした行動は、恋仲でない証明どころか、恋仲という証明じゃないか!」
「何とか言ってみたらどうなんだ!? さっきから澄ました顔ばかりして……反省していないのか!?」
私がロジェの方を見てみると、ロジェはただひたすら、これらの野次を受け入れるかのように、ただただ真顔になり、前だけを見つめていた。
しかし、その手はきつくきつく握りしめられていた。
すると、アーネスト様が口を開いた。
「皆、静粛に! 我が国は、恋人や婚約者以上の相手がいる者にとっては、ファーストダンスが持つ意味の重要性が変わってくることを知っている者がほとんどだろう。其方らの中にも、ファーストダンスには様々な思い出を持っている者が多いはずだ。それにもかかわらず、ロジェリオがなぜ今回のファーストダンスを婚約者以外の女性と踊ったのか気になる者も多いだろう。一度、ロジェリオに問う。ロジェリオ、其方はなぜ、エイミー・コールデンとファーストダンスを踊ったんだ?」
――アーネスト様は、ロジェの性格を理解しているから、悪気無しで踊っていたことは理解しているはずよ。
だから、敢えてロジェリオから理由を聞き出すことで、軽率さは露呈させるものの、悪意はないことを示すつもりなのね。
そう思いながら、ロジェの答えを待った。
すると、ロジェはすぐに質問に答えた。
「私は、リディア嬢のデビュタント時以降、毎回リディア嬢と踊っていました。しかし本日、エイミー・コールデンにファーストダンスを踊って欲しいと言われました。そして、今夜がエイミー・コールデンのデビュタントという特別な日のため、踊りたいという願いを叶えてあげたいと思いました。そのため、リディア嬢はいつもファーストダンスを踊っているから、今回だけは一生に一度のデビュタントの記念として、エイミー・コールデンの願いを叶えることを優先したいと思い、彼女とファーストダンスを踊りました。しかし、今考えると、特に今の自身の状況の場合、エイミー・コールデンと踊るべきではありませんでした」
すると、アーネスト様がロジェに言葉を返した。
「では、其方は今回エイミー・コールデンがデビュタントでなければ、彼女とファーストダンスを踊ることはなかったということか?」
「はい、その通りでございます」
ロジェがそう答えると、また貴族たちが口々に話し出した。
「ロジェリオ卿は婚約者がいる感覚が無かったのでは? 確か婚約したばかりだっただろう? もう少し、婚約者がいるという自覚を強く持つべきだったな」
「何を甘いことを言っているのよ! 噂を消すことに尽力しないといけない今、どうでもいい人間の特別な日だなんて、どうでもいいでしょう? リディア嬢の心をどれだけ取り戻せるかが重要なんじゃないの!」
「その通りよ! どうでも良い女よりも、リディア嬢の特別な日を優先すべきよ! というよりも、エイミー・コールデンの特別な日を優先したということは、エイミー・コールデンに特別な感情を抱いていたのでは? あり得ない話ではないでしょう?」
「私は彼に剣術を教える機会があって、何回か話したことがあるが、とても浮気をするような青年には見えなかったぞ? どちらかというと、剣術のことしか頭に無くて、それ以外のことに関しては無垢だったし、彼の口からよく聞く人間の名前は、昔からリディア嬢だけだった。本当に下心があって、エイミー・コールデンと踊っていたとは思えないが……」
「そうかもしれないが、どちらにしろ婚約者がいるのに、ファーストダンスを別の相手と踊るということは、婚約相手を侮辱していることには変わらないよ。自覚があるかどうかは別だ。自覚があったらもっと最悪だが、無かったとしても婚約者に与える社会的影響は変わらないさ」
このような声が聞こえてくる中、私は何とも言えない気持ちが込み上げてきた。
――悪気が無かったのは分かっている。
エイミー嬢に対する善意でしかなかったはずよ。
けれど、エイミー嬢と恋仲と思われる行動を取ったら廃嫡されることを知っていて、そのうえ、私がファーストダンスを踊らないでと止めたにもかかわらず、エイミー嬢と踊りに行ったことがどうしても許せない。
それに、ラストダンスを踊らなかったことに、一喜一憂している時点で、婚約関係を結んでいる者同士の、あるべき関係性ではないわ。
恋心はもう消えた。
けれど、どうしても昔の優しいロジェが、今糾弾されている本人であることには違いないと思うと、自分が言い出してこうなったというのに、少し胸が痛んでいるということは否めない。
私は、そんな自分の中に生じた気持ちに戸惑っていた。
すると、突然エイミー嬢が口を開いた。
そして、何やらロジェに話しかけ始めた。
ここまでお読みいただき、大変ありがとうございます<(_ _*)>
ブクマ、評価をしてくださっている方、本当に執筆の糧になっております。
誠にありがとうございます(*´▽`*)