46話 彼女のお願い 〈ロジェリオ視点〉
僕は、壁際に立ち、リディが戻ってくるのを待っていた。
しかしその間、パトリシア様と踊っている最中に、パトリシア様から言われた言葉が、頭の中でグルグルと巡り続けていた。
『リディア様の心や体面を傷つけるダンスは、楽しかったかしら?』
『リディア様は、あなたを完全に見限ったのよ』
――リディ自身が許可してくれたから、デビュタントのエイミーと踊ったが、その言葉をそのままの意味で受け入れて、エイミーと踊ったことは間違いだったのか?
パトリシア様があんなにも怒った様子で言っていた。
ということは、間違いだったんだろう。
世間体を考えると、デビュタントと言えど、リディを優先することが、正しい判断だったから、パトリシア様はあんなにも怒っていたに違いない。
僕は気付かないうちに、どれだけリディのことを傷付けていたんだ?
エイミー嬢と呼称を変えるだけでは、何の意味もなかったのか?
それにこうも言っていた。
『エイミー嬢とはデビュタントの記念だからと、ファーストダンスを踊って、婚約後初のファーストダンスを、リディア様との記念にするつもりがなかったってわけね』
僕はこの言葉を言われた瞬間、一気に血の気が引いた。
――リディとはこれまで何度かファーストダンスを踊っていたから、そのときは咄嗟に、今日がデビュタントのエイミーのことを優先して、エイミーとファーストダンスを踊るという決断をした。
しかし、リディと僕にとって婚約後初のファーストダンスになるということを、その瞬間の僕は完全に失念していた。
今思い返してみると、婚約後初というリディと僕にとって、特別なファーストダンスの機会だった。
それにもかかわらず、リディでなくエイミー嬢と踊ったという事実は、自分が想定しているのとは違う関係性として、他の人の目に映らせるには十分だっただろう。
ただ、そのあとの言葉が、一番僕の頭を占領している。
『あなた、本当にリディア様のことを大事に思っている? 愛している? まさか、本当にエイミー嬢のことが好きなわけじゃないでしょうね?』
その言葉に、僕はすぐに好きなのはリディだと返すことが出来なかった。
――パトリシア様の言う通り、僕はリディでなく、エイミーのことが好きだから、ファーストダンスを踊るときに、リディでなくエイミーを優先したのか?
そのような考えが頭を過ぎる。
自分自身でも1つ分かることは、リディもエイミーも好きだが、その好きの感覚は2人で少し違うということだった。
――それはリディが婚約者という僕にとって特別な立ち位置にいるから、好きの感覚が違うだけなのか?
僕はリディのことが、昔から変わらず好きだ。これは間違いない。
ただ、恋愛感情の好きなのかは、エイミーの出現により、余計分からなくなってしまった。
今僕が知るべきは、エイミーに対する感情が何なのかについてかもしれないな。
ただの妹のような存在にしか思っていないのに、エイミーと自分が恋仲という噂が流れたことや、パトリシア様にもエイミーの方が好きなのかと疑われた事実により、僕は自分で自分のエイミーに対する気持ちに戸惑うようになった。
――他の人にそんな風に言われるような態度をエイミーに取っているということは、実は僕はエイミーが好きで、無意識の内に自然とそう捉えられるような言動をしているのか?
もう何が何だか分からない……!
どうしてこんなことになってしまったんだ!?
見た目には決して出さないが、自分で自分の気持ちが分からないという終わりのない迷路に迷い込んだような気持ちになり、僕の頭の中はパニック状態になっていた。
すると、いつの間にか時間が経ち、後15分ほどでラストダンスが始まるという合図の曲が流れ出した。
――いつの間にか、もうこんなに時間が経っていたのか!
リディはっ……来ていないか。
ぐるりと会場中を見回したが、リディが会場にいなかったため、僕は不安になった。
――リディは約束の通り、ラストダンスを僕と踊るために、待っていてくれるだろうか?
パトリシア様が見限ったと言っていたから、もしかしたら来ないかもしれない。
壁際になんている場合じゃない。
リディを探しに行こう!
そう思い、僕は壁際から一歩踏み出そうとした。
すると、目の前にエイミーが現れた。
「ロジェリオ卿!」
――リディのところに行こうとしたのに、なぜこのタイミングで来てしまったんだ……。
けれど、こうやって話しかけて来てくれたのに、別の場所に行ったら可哀想だよな。
そう思い、僕はその場に留まり、エイミーに挨拶をした。
「やあ、エイミー嬢。色々な人と踊っていたようだが、良い出会いはあったか?」
そう尋ねると、とても嬉しそうな笑顔でエイミーは僕の質問に答えた。
「はい! とっても楽しかったです。それに、踊ってくださる皆さんが、ロジェリオ卿の話をするので、話が合ってとっても楽しかったです!」
――エイミーが一緒に踊っている男性を何人か見たが、別に僕と親しい人間ではなかった。
どうして、僕の話をしたんだろうか?
もしや、僕とエイミーとの間違った噂について、何か聞き出そうとしたんだろうか?
もしそうならば、きちんとエイミーが訂正してくれただろうから、安心だな!
そう思い、僕はエイミーに言葉を返した。
「それは良かったね」
「はい!」
「それで、まだダンスタイムは続いているのに、どうしてここに来たんだ?」
僕は疑問に思い、エイミーにそう尋ねた。
すると、エイミーが僕の質問に答えを返した。
「リディア嬢と一緒にいる姿が見えなかったので、ロジェリオ卿が独りで寂しい思いをしていると思って来たんです」
――エイミーはこんな時でも、僕のことを考えてくれているなんて、優しい子だな。
けれど今の僕は、寂しいとかそれどころじゃないんだ。
そう思いながらもそれを隠すように、エイミーに声をかけた。
「そうだったのか。でも、僕は寂しくないよ。エイミー嬢は僕のことは気にせず、楽しんでおいで」
そう言うと、エイミーは少し怒ったような様子で、言葉を発した。
「お友達が1人でいるのに、自分の楽しみばかり優先させるわけにはいきません!」
「そんなこと気にしなくてもいいのに……」
「気にします! それと、もしリディア嬢がいなければ、お願いがあるのです」
――リディがいなければのお願い?
「何だい?」
すると、エイミーはモジモジしたように、少し下を俯いたものの、僕の方に一歩前進し、僕と視線が交わるように顔をあげて言った。
「何人かの他の男性とも踊ったのですが、ロジェリオ卿とのダンスが一番楽しかったんです。なので、デビュタントの記念として、私とラストダンスも踊っていただけませんか?」
このエイミーの声が聞こえたのか、突然隣にいたご高齢の貴族の男性が話しかけてきた。
「わしは年寄りだから、数多くの夜会に参加してきたが、女性からラストダンスの誘いをするのを初めて見たよ! こりゃ驚いた! お兄さん、せっかく女性から、それもデビュタントの子が誘ってくれたんだ。人生で唯一のデビュタントで恥をかかせてはいけないぞ!」
すると、この男性にエイミーが話しかけ会話をしだした。
「お恥ずかしい所をお見せしました。でも、彼とのダンスが一番楽しかったので、ぜひデビュタントの記念に踊りたいんです」
「そうかそうか」
――2人で盛り上がっているな。
正直、僕とのダンスが一番楽しかったと言ってくれて、嬉しかった。
だから、ラストダンスも一緒に踊ってくれないかという願いも、かわいらしい願いだと思う。
それに、リディはラストダンスのために会場に戻ってきそうにない。
隣のご老人も、恥をかかせてはいけないという。
それに、デビュタントで恥をかいたら、今後社交の場に出辛くなるだろう。
僕はどうするべきなんだ!?
そう思いながら、エイミーと男性を見ると、2人とも期待のまなざしでこちらを見ている。
――やむを得ない。
大変心苦しいが、この状況ではこの選択をするしかないな。
ごめん……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次話はエイミー視点の話の予定です。
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