39話 衝撃
入り口まで来ると、扉の前に立っていた使用人が、扉越しに声をかけた。
「御二方が、お見えになりました」
すると、中から陛下の声が聞こえた。
「入れ」
そう聞こえるや否や、扉の前の使用人が扉を開けた。
そして、アーネスト様と私は陛下たちのいる部屋に入った。
そして、陛下と妃殿下の前に行き、カーテシーをして声をかけた。
「陛下、妃殿下に――」
「リディア嬢は疲れているだろう。そんな堅苦しい挨拶は要らないから、無理をせずにそこに座りなさい」
言いかけた言葉を遮るように、陛下に座るよう指示された。
座るよう指示された椅子の隣には、既にお父様とお母様が並んで座っていた。
そして、私の対面には、顔色を変え、酷く深刻そうな顔をしたライブリー侯爵が座っていた。
――ジュリアナ夫人も心配だけれど、ライブリー侯爵も大丈夫かしら?
そう心配していると、陛下が近くにいた使用人に話しかけた。
「ライブリー夫人を呼んで来てくれ」
それを聞き、使用人はジュリアナ夫人を呼びに行った。
――倒れたのに、この席に来るだなんて。
安静にしていないといけないのではないの?
心配だわ……。
私がそう思っていると、アーネスト様も同じことを思ったのか、陛下に声をかけた。
「ジュリアナ夫人は倒れたと聞きましたが、本当にこの場にお呼びしても大丈夫なのでしょうか?」
すると、陛下が質問に答えた。
「本当は安静にしてもらいたいんだが、倒れた本人が、何が何でもこの場に出ると言うから、参席を許可したんだ」
「そうですか。それにしても、何故ジュリアナ夫人は倒れたのでしょうか?」
アーネスト様が陛下に尋ねると、私とアーネスト様以外のその場にいた人たちは皆、沈痛な面持ちをした。
すると、ライブリー侯爵が私に話しかけてきた。
「リディア嬢」
「はい?」
「妻が倒れた理由なんだが、ロジェリオのせいなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私は全てを察知した。
――ロジェがエイミー嬢とファーストダンスを踊っているところを、ジュリアナ夫人は見てしまったのね……!
「もしかして、ロジェが他の女性とファーストダンスを踊っていたからでしょうか?」
「ああ、その通りだ。本当にリディア嬢には、謝っても謝り切れないことをしてしまった。本当に申し訳ない」
そう言うと、ライブリー侯爵が立ち上がったかと思うと、私の横に来て、膝を突いた。
「やめてください、ライブリー侯爵……!」
「しかし、愚息がリディア嬢にここまで下劣なことをしでかしたんだ。謝らせてくれ」
「そんな、ライブリー侯爵が膝を突いて謝罪をするなんて……」
そう困っていると、陛下がライブリー侯爵に声をかけた。
「アーヴィング、リディア嬢が困っている。謝る対象の人間を困らせてはいけない。夫人が到着するまで、席に着いて少し落ち着け」
陛下の言葉のおかげで、ライブリー侯爵は一度席に着いた。
すると、扉の向こうから声がかかった。
「夫人がお見えになりました」
それを聞き、陛下がジュリアナ夫人を通すことと、使用人は皆外に出るようにという指示を出した。
すると、扉が開き、化粧をしていても分かるほど、顔色の悪いジュリアナ夫人が入ってきた。
そして、私を見つけるなり、一直線に私に向かって、早歩きで近付いてきた。
触れられる距離まで近づいたかと思うと、両手で私の両手を包むように握って、床に膝を突き謝り出した。
「リディちゃん。本当にごめんなさい……! せっかくリディちゃんが機会を与えてくれたのに、その機会を無下にするだけでなく、こんな公衆の面前で、リディちゃんのことを傷つけてしまったわ……! どうやって償ったらいいのか……」
そう言うと、ジュリアナ夫人は大粒の涙を流した。
その様子を見て影響を受けたのか、お母様もベアトリクス妃殿下も肩を震わせたり、涙を流したりし始めた。
そして、男性陣は苦渋の表情をしていた。
しかし、その空気を切り裂くように、お父様がライブリー侯爵とジュリアナ夫人に話しかけた。
「ライブリー侯爵、夫人。このあいだ、ベルレアン家とライブリー家で話し合いをしたときに、条件を守れなければ婚約破棄をするという、お話をしたことを覚えていますよね?」
そのように、お父様が2人に尋ねると、2人そろって頷いた。
それを確認すると、お父様は私に向き直って話しかけてきた。
「リディア、約束は約束だ。自分の口から、はっきりとお2人に伝えるんだ」
――こんなにも弱っているお2人に言うのは心が痛むけれど、私はこの決定を覆すつもりはないわ。
「ライブリー侯爵、ジュリアナ夫人、今日を以て、私、リディア・ベルレアンはロジェリオ・ライブリー卿との婚約を破棄させていただきます」
そう言うと、ライブリー侯爵はがっくりと項垂れ、ジュリアナ夫人は、絶望的な表情をした後、天を仰ぐようにし、目を閉じた。
その瞬間から、静まり返った部屋には、先程までとは比べ物にならないほどの、重い空気が流れた。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。
突然、ジュリアナ夫人が立ち上がった。
そして、何かを決意したかのようなまなざしで話し出した。
「婚約してから、リディちゃんには本当に嫌な思いをさせ続けてしまいました。それに、チャンスをくれたにもかかわらず、今日の夜会でも最低なことを愚息はしでかしました」
そこまでジュリアナ夫人が言ったところで、ライブリー侯爵が口を開いた。
「ジュリー、まさか……!」
その声を聞き、ジュリアナ夫人はライブリー侯爵に振り返り言った。
「あなたは私のことが嫌いになるかもしれないけれど、私の意見に賛成してくれるって信じているわ」
そう言うと、皆の方に向き直り衝撃の発言をした。
「実はベルレアン家の方には言っていなかったのだけれど、今回の一連の出来事が原因で、もし、婚約破棄することになったらどうするか、ロジェリオに言っていたことがあるんです。今回あの子が、リディちゃんのことを傷つけて婚約破棄に至りました。そのため、本日この時をもって、ロジェリオに話していた通り、嫡男であるロジェリオを廃嫡します。そして、このことはロジェリオに話していないのですが、ライブリー家からロジェリオに追放処分を科します」
――ロジェが廃嫡の上、追放処分ですって……!?
婚約破棄したらそんなことになるだなんて、そこまでは考えていなかったわ!
私は戸惑いが隠せなかった。
好意がなくなったからと言って、廃嫡になって欲しいとまでは考えていなかったからだ。
そう思った私は、ジュリアナ夫人に声をかけた。
「ジュリアナ夫人、廃嫡の上、追放処分というのは……」
アーネストも同じことを思ったのか、ジュリアナ夫人に話しかけた。
「ジュリアナ夫人、それ以外に何か他の選択肢もあるのでは――」
しかし、私とアーネスト様の言葉を遮るように、お母様が話し出し始めた。
「私は廃嫡して追放するという意見に賛成よ!」
――まさか、いつも優しくて、ロジェのことが大好きなお母様が賛成するだなんて……!
私はお母様に対する驚きが隠せなかった。
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