38話 吐露
私は吐露すると決意し、話し出した。
「……アーネスト様、私は正直、ロジェとエイミーに制裁を科したいという気持ちがあります。ですが、いくら恋愛結婚と言っても、貴族の結婚はある種の政略結婚です。なのに、感情のままに制裁を科すことで、周りから、貴族なのに己の感情の赴くままに、婚約者と王女の侍女に制裁を加えた悋気の強い女がいる家門として、ベルレアン家の評判が悪くなるかもしれないと思うと、怖いのです。それに、エイミーに制裁を科したら、コールデン家の管轄下にいる領民にも何か影響があるのではないかと思うと――」
アーネスト様は途中から驚いた顔をして、被せ気味に話し出した。
「リディは当たり前のことをしているだけだ。そのことに関しては、自信をもって安心してくれ。それに、ある種の政略結婚だからこそ、ロジェは身辺の女性関係をきちんと清算するべきだったんだ。ましてや、恋愛結婚の要素も含んでいるなら、なおさらだ。今回は条件付きとはいえ、婚約継続をしてもらった立場にも関わらず、ロジェ自身の怠りが原因で、家同士の繋がりが悪化するんだ。そこで、誰もリディを責めないよ。何せ、あいつらは公衆の面前で逃れられない罪を、犯したんだ。責められるべきはリディでなく、婚約者を大事にしなかったロジェと、呑気にロジェと踊っている非常識な女だ。それはさすがに、周りの人間も分かるさ。それに、コールデン家の領民が困らない方法ならいくらでもある。それについては、後で話し合おう」
――冷静に考えてみると、確かにアーネスト様の言う通り、ロジェとエイミー嬢の今日の行動を見て、ベルレアン家を責める人は少ないかもしれない。
それに、コールデン家の管轄下の領民に影響が出ない方法があるのなら、私が何もかも我慢して耐える必要なんてないじゃない。
やっぱり、アーネスト様に話してみて良かったわ。
「アーネスト様、本当にここに来てくださってありがとうございます。アーネスト様と話して、完全に気持ちの踏ん切りがつきました」
そう言うと、アーネスト様は恐る恐るといった様子で、尋ねてきた。
「その気持ちの踏ん切りというのに、ロジェへの恋心も含まれているのか?」
「はい、今日の出来事で、私のロジェへの恋心は、悉く打ち砕かれました。ついでに、恋心ではなく、人としての好意ですら残っているか怪しいです」
そう答えると、アーネスト様は少し寂し気な笑顔で言った。
「そうか、条件が守れなければ、婚約破棄をすると言っていたけれど、それほどまでに、気持ちにケリを付けられたのなら良かった」
――私の味方と言ってくれているけれど、アーネスト様にはロジェに対する幼馴染の情があるわよね。
幼馴染同士がこんな関係になったら、アーネスト様も複雑でしょう。
アーネスト様には申し訳ないことをしてしまったわ。
そう思っていると、アーネスト様は続けた。
「俺がバルコニーに来た時、リディは自分のことを惨めだと言っていただろ?」
――あの時は感情的になって、ついそんなことを口走ってしまったわね。
けれど、アーネスト様と話していて、自分自身を惨めと思う気持ちは消えたわ。
「はい、確かに私はあの時、自分自身のことを惨めだと言いましたが、アーネスト様と話していて、私は惨めではないと思い直しました」
すると、アーネスト様はハッとした顔になって言った。
「そうだよ、リディ。君は惨めなんかじゃない。誇り高き人間なんだ」
――ちょっと違うとは思うけれど、そう言われると、照れるわね。
でも……。
「誇り高いとまで言っていいのかは分かりませんが、私は孤立無援なわけではなく、支えてくれる人が周りに居ます。それなのに、1人で嘆いて、悲劇のヒロインでいるなんて、自分で自分を下げていて、もったいないですよね。アーネスト様とお話をして、私の考えは変わりました。絶対に、あの能天気な2人に、目にもの見せてさしあげますわ」
そう言うと、アーネスト様は満足げな顔で言った。
「そうだ、リディアの周りにはたくさん支えてくれる人がいるんだ。そのことを忘れないでくれ。決してリディは独りじゃないよ。そのことを忘れないでほしい。あの2人にも、己がしでかしたことの重さを、存分に分からせてやれ」
――アーネスト様には感謝しかないわ。
「アーネスト様、ありが――」
私がアーネスト様に感謝の気持ちを伝えようとしていたところ、バルコニーの扉がノックされた。
――ガラスの扉なのにわざわざノックするなんて、誰なのかしら?
そう思い振り返ると、慌てた様子のポールがいた。
それを見て、アーネスト様はすぐにポールにバルコニーに出てくるよう指示をした。
「ポール、そんなに慌てて、いったいどうしたんだ?」
すると、ポールは私たちに顔を近づけ、報告をした。
「ロジェリオ卿のお母様のジュリアナ・ライブリー夫人がお倒れになられました」
――ジュリアナ夫人が倒れたですって!?
大丈夫なのかしら……!?
すると、アーネスト様も同じことを思ったのか、ポールに質問した。
「今、ジュリアナ夫人はどんな容体だ?」
「はい、気を失われたのは一瞬で、今は意識が回復しているため、休憩室で安静にしております」
「それなら良かった」
「それなら良かったわ」
アーネスト様と私がそう言うと、ポールは話を続けた。
「そこでなんですが、陛下がお2人をお呼びなんです」
私は疑問に思い、ポールに尋ねた。
「陛下が私もお呼びなんですか?」
「はい、マクラレン王家と、ベルレアン侯爵家、ライブリー侯爵夫妻の3組で、話し合いがしたいとのことです」
すると、アーネスト様が答えた。
「それなら行くしかないな」
「はい、できるだけ早く来いとのことなので、急ぎましょう。会場から移動するために、顔を隠すベールや眼鏡、マントを持ってきましたから、それを一時凌ぎとして身に付け、あまり人に見られないように、急いで休憩室に向かってください」
ポールにそう言われ、私とアーネスト様は心許ない程度の変装をし、急いで休憩室に向かって歩き出した。
休憩室に向かう途中、ダンスフロアを見ると、ロジェとパトリシア様が踊る姿が目に入った。
すると、2人に気付いた私に気付き、アーネスト様がこっそりと声をかけてきた。
「パトリシアのあの顔、相当怒っているな」
「はい、ロジェはパトリシア様にも何かしたのでしょうか?」
「多分、無自覚に何かしたか、言ったんだろうな」
――私は、どうしてロジェのことを好きになったのかしら?
昔のロジェは、こんな人じゃなかったはずなのに……。
そう思いながら歩き続けると、休憩室の入り口に着いた。
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