37話 思い定めた婚約破棄
エイミー&ロジェリオ,パトリシア&ロジェリオが踊っている間の出来事です。
「誰が惨めなんだい?」
そう私に声をかけてきたのは、アーネスト様だった。
扉を開けたわけでもなく、突然バルコニーに出現したアーネスト様を見て、驚きのあまり涙が引っ込んだ。
私が驚いたままアーネスト様を見上げていると、アーネスト様は私の方へ、歩み寄ってきた。
そして、私の目の前まで来て、突然跪き、私の左手を右手で、右手を左手で握りしめた。
そして、目を合わせて言った。
「リディ、立てるかい?」
「は、はい」
私の答えを聞くと、アーネスト様は私の両手を片手で握りなおし、もう片方の手を私の肩近くの上腕に添え、支えるようにして立ち上がらせてくれた。
私を立ち上がらせた後、アーネスト様は私から少し離れ、私に向き合う立ち位置に立った。
アーネスト様の配慮だろうが、アーネスト様は私にとって会場側が背になるように、立たせてくれた。
そのため、今、私の目の前に映るのは、夜空を背景にしたアーネスト様ただ1人だけだった。
すると、アーネスト様が口を開いた。
「来るのが遅くなってごめん」
――何でアーネスト様が謝るの?
まさか昼の約束のことで?
「アーネスト様、謝らないでください。このような状況になること自体が、普通はありえないんです。それに結局、今日の主役のアーネスト様をこんなところに来させてしまうことになって、申し訳ないです」
「リディ、困ったときには俺のことを頼ってもらいたいんだ。だから、そんな申し訳ないだなんて、思わないでくれ」
――どうしてここまでしてくれるの?
ここまで心配してくれる人がいるのに、私は自分のことを惨めと言って泣いていたのが、少し恥ずかしいわ。
「アーネスト様……っありがとうございます。ううっ くっ うぅ」
今のロジェは、私のことを大切にしてくれているとは、到底思えない。
エイミーも「ロジェの婚約者」としての私を、蔑ろにしているとしか思えない。
だからこそ、先程一緒にいた2人とは対照的に、私のことを大切に思ってくれるアーネスト様の気持ちが伝わってきて、少しだけ涙が出てきた。
――ああ、私は今、感傷的になりすぎているわ。
いい加減そろそろ気持ちを切り替えないと。
アーネスト様が来てくれた安心感から、涙を流してしまったものの、私は気持ちを切り替えようと考えられるくらいに回復した。
だが、そんな私の心の内を知らないアーネスト様は、私の涙を見て焦り、胸元からハンカチを差し出して言った。
「リディ! 決して泣かせるつもりで言った訳ではないんだ。どうか泣かないでくれ」
私はハンカチを受け取り、礼を言い、涙を拭いて気持ちを落ち着かせた。
その間、アーネスト様は心配そうな顔で私を見ていた。
そして、完全に落ち着き、涙も出てこなくなったため、私はアーネスト様に声をかけた。
「アーネスト様、ご心配をおかけして申し訳ありません。この通り、落ち着きました。私も泣くつもりじゃなかったんですが、アーネスト様の言葉を聞き安心して、つい涙腺が緩んでしまいました」
「そう……なのか? そうか。それなら良かったよ」
「はい、ありがとうございます。ところで、アーネスト様はどうやってバルコニーまで来たんですか? 扉が開いた気配は、なかったのですが」
そう尋ねると、アーネスト様は気まずそうな顔をしながら言った。
「……登ってきたんだよ」
――は? 登ってきた? この高さを?
「登ってきたって……ここは3階ですよ? 何かあったらどうするんですか!?」
私は驚きのあまり、ついアーネスト様に怒り口調で話してしまった。
すると、アーネスト様は私を落ち着かせるように言った。
「だって、リディがここで泣いているんだ。来ないわけないじゃないか。それに、俺は様々な訓練で鍛えているから、このくらいの高さを登るくらい、なんてことないよ」
――私が泣いていたからって、こんな高さを登ってまで来てくれたの?
「その御心は、本当にありがたいですが、もしアーネスト様に何かあったとしたら、悔やんでも悔やみきれません! お願いです。今後、絶対にそのようなことはおやめください」
これは私の心の底からの願いだった。
すると、アーネスト様は困ったように言った。
「そうすると、リディが泣いていても来られないじゃないか」
「――っ、変装とか他にも方法があるじゃないですか。それに、もう私は今日のような出来事で泣くことは、二度とないでしょう」
すると、アーネスト様は察したのか真剣な顔つきになった。
そのため、私は意を決して、アーネスト様に告げた。
「アーネスト様、私はロジェリオ・ライブリーとの婚約を破棄することに決めました」
「そうか。よく決断したな。リディ」
そう言うと、アーネスト様は私越しに、扉の向こうを睨んだ。
そして私に視線を戻し、言った。
「チャンスを与えてもらったにもかかわらず、奴はこの夜会で条件を守らず、リディにそのような決断をさせてしまうことをしでかしたんだ。それも、恐らく無自覚だろう?」
「……はい。無自覚だと思います」
――今まで鍛えたり、訓練したりすることしか頭になかったような人間だから、余計に騎士関連以外の女性や、色恋沙汰に関して疎いのは、婚約前から分かっていた。
けれど、ロジェの疎いは疎いで済まされるレベルのものじゃないわ。
これはただの異常よ。
それに、無自覚だからと言って、無自覚ならしょうがないと言うには限界があるわ。
そう思っていると、アーネスト様が独り言ちた。
「無自覚の罪を本人に理解させ、その代償を払わせないといけないな」
――アーネスト様はどうするつもりなのかしら?
そう思っていると、アーネスト様が質問してきた。
「噂の女性の方はどんな人間なんだ?」
――どんな人間って言われても、純情なふりをした小悪魔にしか思えないわ。
何と答えるべきなのかしら?
そう思っていると、アーネスト様が言った。
「今のリディの顔でだいたいわかったよ。要するに、小賢しいゲス女ということだな」
アーネスト様が言っていることは、確かに合っている。
しかし、これほどキツイ言葉を口にするアーネスト様を見るのは初めてで、少し驚いてしまった。
すると、それを察したのか、アーネスト様が続けた。
「ああ、ごめんね。リディにはこんな言葉を聞かせたくはなかったんだけど、リディを泣かせた奴だから、少し感情が溢れてキツイ言葉になってしまったよ」
「いえ、少し驚いただけなので気にしないでください」
「それならいいが……。そうだ、リディに確認したいことがあったんだけど、あの例の女が着ているドレスは、前に手紙で寄付するって言っていたドレスに似ていないか?」
――アーネスト様は、ほんの些細な出来事でも、手紙に書いていたことをきちんと覚えてくださっているのね……。
「はい、アレンジされているのですが、おそらく私が寄付したドレスだと思います」
「やはり、そうだったか。あの青色はロジェの目の青色によく似ている、あの青のドレスは、ロジェの目の色に合わせて作ったドレスなのか?」
「はい、そのときは婚約という話は一切出ていなかったのですが、両家のお母様がペアにしたらかわいいというので、せっかく一緒に参加するんだからと、そうしました」
「では、あの女はロジェの目の色という理由だけで、あのドレスを選んだんだろうな」
――やはり、そうよね。というよりも、会場中の皆がそう思っているわよね。
「そうであってほしくないですが、そうだと思います」
「なら、あの女は意図的だな。確実に思い知らせてやらないといけないな」
――一応、アーネスト様にはお話ししておこうかしら?
そう思い、アーネスト様に心情を吐露することにした。
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