33話 ローラの報告 〈アーネスト視点〉
ダンス開始の合図の役割を果たすべく、俺とパトリシアはダンスフロアまで来た。
――ダンスフロアまで来ると、リディアたちの様子が全く見えないな。
「パトリシア。早急にダンスを終わらせよう」
「ええ、お兄様。もちろんです」
そう言いながら、パトリシアと踊り始めた。
ダンスフロアに来る前の打ち合わせにより、特例で音楽隊がこちらのペースに合わせて演奏してくれるが、あまりにも早すぎるわけにはいかない。
そのため、早急に終わらせると言いながらも、3分弱はかかる。
――その間に、これ以上何もなければ良いが……。
リディのことばかり考え、上の空でダンスをしていると、パトリシアに話しかけられた。
「お兄様! もうそろそろでダンスが終わります。今は最後まで気を引き締めてください!」
「あ、ああ。すまない」
パトリシアに注意され、注意力が散漫になっていた俺は、ダンスに集中した。
それからしばらくして、ダンスが終わったため、招待客たちに軽く挨拶を済ませ、急いで王族専用席まで戻った。
そして、俺たちが戻ると同時に、報告に来たローラにポールが話しかけた。
「ローラ、急いで両殿下に報告してくれ!」
「はい! ロジェリオ卿とエイミー嬢は、リディア嬢に最低なことをしました!」
「何をしたんだ!?」
すると、ローラは怒り心頭の様子で、俺たちにダンス中にあった出来事を告げた。
「ロジェリオ卿とリディア嬢がダンスをしに行こうとしたら、エイミー嬢がそれを止めて、ロジェリオ卿とファーストダンスを踊りたいと言い出しました」
すると、俺よりもパトリシアが大声で聞き返した。
「ファーストダンスですって!? その女、いかれてるわ! 貴族の女性にとって、ファーストダンスがどれほどのことを意味するのか理解していないのかしら!?」
――まったくもってその通りだ。図々しいとか、もはやそのような言葉では言い表せないくらい、酷い女だ……!
「まさか、ロジェはファーストダンスをその女と踊りに行ったわけではないよな?」
俺がローラにそう尋ねると、気まずそうな顔をしてローラが告げた。
「……その、まさかです」
心臓が驚きのあまり、ドクンっと脈を打った。
その瞬間は、時が止まったかのようだった。
「うそ……だろ? さすがにロジェはそんなことをするような男じゃ……」
俺の言葉に対し、ローラが返答した。
「本日はエイミー嬢のデビュタントだから、記念日としてお願いに応えてあげたいと言って、エイミー嬢と踊りに行きました」
――なんてことだ……。ロジェ、優しすぎるところと、無計画な面が、ここにきて仇となったか。
貴族且つ、王女宮の副団長という立場ある人間だからこそ、気持ちに反してでも貴族としての型は守るべきだろう!
婚約者のリディならまだしも、なぜその女の気持ちを優先するんだ?
「婚約してから初めての夜会で、婚約者が別の女とファーストダンスを踊るだなんて、前代未聞だ。そんな酷いことがあっていいものかっ……!」
俺がそう呟くと、パトリシアが泣きそうな顔で言った。
「こんなのあんまりだわ! あの2人がやったことは人として最低よ! 見て! お兄様! あの2人、笑顔で呑気に踊っているわ! なんて人たちなの!?」
「俺の知っているロジェはもう死んだ。そうとしか思えない。それよりも、今はリディの方が心配だ。今リディはどこにいるか分かるか?」
すると、ローラが申し訳なさそうに話し出した。
「大変申し訳ありません! ダンスフロアに押し寄せる人に流され、リディア嬢を見失ってしまいました!」
すると、ポールが怒った。
「ローラ、どうして肝心なところで、そんなミスをするんだ! それに、このあいだも、ポーラに間違った情報を伝えたようだし、どうなっているんだ?」
「お兄様、ごめんなさい」
この2人の会話を聞き、何となく予感がした俺はポールに問うた。
「それは、あの馬鹿どもの噂に関する情報か?」
すると、ポールは頷いた。
「はい。とはいっても、主にエイミー嬢についての情報です」
「どんな間違った情報を伝えたんだ? もしかしたら、そのことがリディに伝わっているかもしれないだろう?」
すると、ポールは気まずそうな顔になり、早口で続けた。
「実は、エイミー嬢が仲間の侍女に好かれていると伝えたそうなんです。来たばかりの最初の内は、明るくて健気でかわいらしいと本当に侍女たちから好かれていたようです。ですが、私が帰国してから独自に調査したところ、働きだして半月を過ぎたあたりからは、触らぬ神に祟りなしという感じで、面倒くさいことに巻き込まれたくない周りの侍女は、表面上かわいがっている風を演じていただけだと判明しました。それゆえ、噂を知っても咎める侍女がいなかったようなのです。ですが、ローラは間違えて古い情報をポーラに伝えました。先ほど私がリディア嬢の近くに行ったときに、他の貴族も一部ローラのような間違いを言っていたので、恐らく王女宮から外部にまで噂が届くスピードは遅かったようですが、今日の事で、皆が真実を理解したでしょう」
――そう伝えていたのか。もしかしたら、リディはこの情報を知っていたからこそ、逆にこの件に関する初動対処が遅れてしまったかもしれないな。
「まあ、過ぎてしまったことを今ここで言っても意味がない。今はリディが優先だ」
「そうですね。では手分けして探しま――」
そう話しているポールを遮り、俺は告げた。
「俺はリディがどこにいるか分かる気がする」
すると、ポールが驚いたように聞いてきた。
「いったいどこに行ったんですか!?」
「恐らくリディの性格上、人気のないバルコニーに出ているに違いない。となると、あそこしかないな」
そう言って、俺は一番人気がないであろうバルコニーを指さした。
「お兄様! 早くリディア様のところに行ってください!」
「ああ」
すると、ポールが心配そうに声をかけてきた。
「アーネスト殿下、リディア嬢の下に行くことには賛成ですが、アーネスト殿下が移動していると、非常に目立ちます。なので、目立たない方法で行かなければなりません」
「そんなこと当たり前だろう」
この会話を聞いたパトリシアが、不思議そうに尋ねてきた。
「バルコニーまで移動するとなれば、どうしても目立ってしまうと思いますけど、目立たない方法で行くなんて可能なのでしょうか?」
俺はパトリシアに質問で返した。
「パトリシア、この会場は何階か知っているか?」
「3階ですわ」
「その通り。では、方法は一つしかないだろ」
「えっ、まさか……」
「ああ、外から登るんだよ」
この俺の発言を聞き、ポールとローラが反対しだした。
「いけません! そのような危険な行為をするなんて!」
「3階も落ちれば結構な高さですよ! いくらリディア嬢のためとはいえ、止めてください!」
だが、パトリシアだけは反対しなかった。
「お兄様、行ってください。そして、必ずリディア様の傷ついた心を救ってあげてください。それができるなら、反対いたしませんわ」
「ああ、もちろんだ。約束する」
そう言うと、パトリシアは満足げに返事を返してきた。
「では、早く行ってください。私は私にできる仕事をしますので」
――パトリシアはあの馬鹿2人に何かするつもりだろうか?
まあ、それは良い。優先すべきはリディだ。
この会話を聞き諦めたのか、ポールもローラも行くことを許してくれた。
「絶対に怪我だけはしないでくださいね!」
「ああ、行ってくる」
そう言い残し、俺は全速力でリディアの下へ向かった。
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次話は、リディア視点に戻ります。