30話 もうやめて
ニコニコとした笑顔で、エイミー嬢が私たちに話しかけてきた。
――あんなことがあったのに、良く話しかけてこられるわね。
けれど、エイミー嬢はロジェリオ卿と呼んで、ロジェもエイミー嬢と本人の前で呼んでいるわ!?
いったい何があったの?
私は心の中で、なぜか底知れぬ不安が渦巻き始めた。
しかし、挨拶をされたのに、皆が見ている場所で無視するわけにはいかないと、一応笑顔で挨拶を返した。
「こんばんは、エイミー嬢」
挨拶を返した後、チラリと周囲を見てみると、完全にこちらを見ている人、見ていないふりをしながらも、こちらの様子を窺っている人がほとんどだった。
――やっぱり、これだけ注目されるってことは、それなりにこの醜聞が広まっていたのね!
もう! 本当に話しかけてこないでっ!
厚顔無恥とはこのことよ!
居た堪れなすぎるわっ……!
そう考えていると、周囲にいた貴族の会話が一部聞こえてきた。
「ロジェリオ卿はリディア嬢とご婚約されているのよね? あの話しかけてきた子は誰かしら?」
「あの子は、王女宮担当侍女のコールデン子爵家の令嬢で、大きな声では言えないけれど、ロジェリオ卿と恋仲らしいの」
「え!? けれど、本当にそうなら、普通こんな目立つ場所で、2人に挨拶なんてしに行かないでしょう? それに、あちらは侯爵家よっ!?」
「そうよね、私もそれが疑問なの。親戚の子が王女宮で働いているのだけれど、仕事も一生懸命で、明るくて健気で周囲に気遣いもできて、とってもいい子って言ってたわ。それに、家族と領地民のために出稼ぎに来ているらしいの。だから、その話と状況を踏まえると、恋仲という噂は嘘かもしれないわね」
「それはそうかもしれないわね。けれど、コールデン子爵家の令嬢の今の行動は、貴族の令嬢としては悪手ね」
――そうよ! そうなのよ!
この子は、どうして話しかけてきたの!?
そう思いながら、意識をエイミー嬢に戻した。
すると、エイミー嬢が話しかけてきた。
「リディア嬢、このあいだは勘違いさせてすみませんでした。ですが、私たちはただの同僚でお友達なので安心してください! リディア嬢が不快に思わないように、呼び方も改めました! 今まで本当にすみませんでした」
――今この状況が不快でならないのに、謝られたって困るわよっ!!
それに、エイミー嬢に関しては、友達っていう表現も、心底気に食わないわ!
ここは、さすがにこの謝罪だけでこの場から離れるでしょう。
上手く流すのよ! 私!
「そうでしたか。これからも、その一線を越えることなく、恋仲という噂が出ないようにしてください」
「はい! 分かりました! 許していただき、ありがとうございます!」
――許してなんかないわ! 正直あなたの顔なんて二度と見たくないわよ!
これはきちんと言っておかないと、腹の虫が治まらないわ!
「エイミー嬢、私は――」
言いかけた私の声を遮り、エイミー嬢が話し出した。
「私、今日がデビュタントなので、とても緊張して不安だったんです。でも、お友達のロジェリオ卿とリディア嬢を見て安心できました! 私こんなに綺麗なドレスを着るのが初めてなんですけど、似合っていますか?」
――似合ってようが、似合ってなかろうが、どうでもいいわ!
友達? ふざけるのも大概にして……!
どういう思考回路になったら、こんなにも図々しい質問ができるの!?
頭の中がお花畑なの!?
腸が煮えくり返りそうだけれど、足を引っ張る機会を狙っている貴族の集まりで、なりふり構わず怒ることなんてできない。
それゆえ、私はその怒りを表情に全く出さないようにしていた。
そのためか、ロジェは機嫌良さげにエイミー嬢に返事した。
「とっても似合っていてかわいいよ」
「えっ! 本当ですか!」
――何でロジェはこの期に及んで、そんなことを言うの……。
しかも、私の目の前で。
似合っているならまだしも、かわいいまで言う必要があったかしら!?
私は絶望的な気持ちになった。
そんな私の気持ちには全く気付かない2人は、そのまま話を続ける。
「本当さ。こんなことで嘘つくわけがないだろう?」
「でも、やっぱり私みたいな人間は、リディア嬢の美しさには敵いませんわ。だって、私は青色のドレスで、リディア嬢は少し紫がかったような青色のドレスを着ているじゃないですか! こんなにも似たドレスを着ていたら、余計リディア嬢と比較されてしまいますっ! いくらロジェリオ卿がかわいいと言ってくれたとしても、リディア嬢がダイヤモンドなら、私はただの石ころです」
そう言うと、エイミー嬢はしょぼんとした顔で、ロジェを見つめた。
「そんなことないぞ! リディが宝石のように、いやそれ以上に綺麗でかわいいのは間違いないが、エイミー嬢もまた違ったかわいらしさがあるじゃないか! 友の言う言葉を信じろよ」
「えっ……本当ですか? 嬉しいです! 本当に不安だったので、勇気が出ました! ありがとうございます」
――よく平気な顔して、私の前でそんな会話ができたわね……。
それに、エイミー嬢が今着ているドレスは、ロジェの目の色をそのまま映し出したような青色のドレスじゃない!
何が友達よ! このお涙頂戴茶番劇は何なのよ!?
それに、本気で私に負けると思うなら、わざわざそんな馬鹿げた質問しないでくれないかしら?
この女、わざとロジェにかわいいと言われたいだけにしか思えないわ!
怒り心頭の中、周囲の貴族の声に耳を傾けると、私たち3人について話している声が、またも聞こえた。
「今の会話聞いたか? ロジェリオ卿はいったい何を考えているんだ? 馬鹿なのか?」
「話しかけてきた女性の方も、随分と厚顔無恥で、無礼極まりない方ですわね。これでは、あの2人のせいで、リディア嬢が可哀想にしか見えないわ。この会場で、誰よりも綺麗なはずなのに」
「ロジェリオ卿が王女宮の侍女と恋仲という噂は、嘘と思っていたが、本当かもしれないな」
「どうやらそのようね。今の会話を聞くに、本人たちは友人だと言っているけれど、どう見てもそんな空気感じゃないわ」
――この人たちが原因で、私が可哀想ですって……!?
可哀想だなんて言わないで……!
恋仲という噂も、払拭できないじゃない!
エイミー嬢……もう早くどこかに行って頂戴……!
同じ場所にいるはずなのに、自分だけ締め出された2人だけの空間に耐えられず、私は救いを求めるかのように、アーネスト様の方を一瞬見た。
――っ! 目が合ったわ!
それに、いつの間にか貴族の挨拶行列もなくなっているわ!
大勢の人に対応して疲れているはずなのに、そのあともアーネスト様はこちらのことを気にかけてくれていたのね。
――そうよ、アーネスト様がいるから、最後まで理性だけは保ちましょう。
私の心は定まったわ。今後の話はそれからよ。
そう思っていると、突如音楽が流れ出した。
皆様、ここまでお読みいただきありがとうございます。
何と、評価者数が130人を超えました!
小説を書くこと自体が初めてなのでとても不安でしたが、みなさんのおかげで執筆を続けられています。
本当にありがとうございます(*^^*)
感じ方は人それぞれ違うと思うのですが、次話に関して、イライラ注意報を出しておきます。