3話 好きの種類
あれから5年経ち、私、リディア・ベルレアンは19歳になった。
そして、ロジェとアーネスト様は20歳になった。
「ポーラ、午後の予定はどうなっているかしら?」
救貧院で食料分配の活動を終えた私は、ベルレアン家に帰る道中で、同行した専属侍女のポーラに質問した。
「はい。まずお嬢様は、ベルレアン家に戻り昼食をとります。その後、ダンスレッスン用のドレスに着替えて王女宮に向かい、パトリシア殿下とダンスの合同レッスンをする予定です」
――ダンスレッスンの準備はばっちりなんだけど、何か忘れている気が……?
「あっ! 食後のレッスンだから軽めの昼食にしようと思っていたのに、すっかり頼み忘れていたわ! でも、厨房係はもう作り始めているだろうから、残すのも悪いしどうしましょう?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。そうおっしゃると思って、私の方から軽食を準備してもらうよう、事前に頼んでおきました」
そう言いながら、ポーラは私に向かって真顔で親指を立てた。
ポーラはあまり笑わないし、私に対しても結構ズバズバ何でも言う。
けれど、私のことをちゃんと理解してくれているし、的確なアドバイスをしてくれる。
――今回みたいなサポートも完璧だし、信頼できる最高の侍女だわ!
それと意外とノリが良いところも最高ね!
「さすが、ポーラ! いつもありがとう!」
「仕事ですので、お気になさらず」
「いいじゃない! 仕事や立場は関係なく、感謝の言葉は大事なのよ! これくらい素直に受け取ってよ」
「そ、そうですか……。では、次回からはそのようにいたします。ありがとうございます、お嬢様」
そう言ったポーラの顔は、いつもの真顔ではなく、少し照れたように見えた。
ポーラはこの空気感が気まずいのか、突然話を切り出した。
「ところで、お嬢様。王女宮に行くということは、ロジェリオ卿にも会えるかもしれませんよ」
ポーラに言われ、今日のパトリシア様とのダンスレッスンが、ロジェが王女宮に異動してから、初めての訪問日だと気付いた。
「ほんとだわ! ロジェは王女宮に異動したものね。しかも、今回の異動で副団長になったのよ!」
本当にロジェはすごいわっ……! この5年間で騎士になって、しかもこの若さで副団長になったんだから。
「お嬢様から何度も聞いたので、知っていますよ」
「あっ、そうだったわね。つい嬉しくって」
強い騎士になるという目標に向かい、努力し続けるロジェの姿を見てきたからこそ、ロジェの活躍は自分のことのように嬉しい。
一人でニコニコしている私を見て、ポーラが声をかけてきた。
「お嬢様は昔から、ロジェ様のことが大好きなのですね」
「当たり前でしょ。だってロジェは幼馴染で、一番信頼できる仲間なんだから!」
「……そうですか。ところで、お嬢様はロジェ様のどんなところがお好きなんですか?」
――いつもポーラにロジェの話をすると適当に流されるけれど、今日はやけにロジェついての会話が続くわね。
それよりロジェの好きなところか……。そう言われると、悩むわね。
私はポーラの質問に頭を悩ませたが、1つの結論にたどり着いた。
「一途なところかしら……?」
「一途……ですか?」
私の情報が少なすぎる答えに、さすがのポーラも困惑の表情を浮かべている。
「いきなり一途って言われても、訳が分からないわよね。えーと、一途っていうのはね。つまり……1つの目標に向かって、努力し続ける真っ直ぐな姿勢って言いたかったの」
ポーラの顔を見ると、困惑の表情は消えていた。
「ロジェの場合、強くて頼れる立派な騎士になるっていう目標があるの。その目標のために、どんなにつらくても毎日の厳しい訓練や練習に耐えて、努力し続けているでしょ? 私は、ロジェのそういう一途なところが、かっこよくて好きなの! それに、ロジェが頑張ってる姿を見たら、私も頑張ろうって思えるの! ふふっ」
言葉にすると、ロジェの頑張っている姿に、かなり元気をもらっていることに気付く。
だからか、ロジェのことを思い出すと、つい笑みが零れる。
「失礼ですがお嬢様……それって少し、幼馴染としての好きとは違うのでは?」
――私は普通にロジェのことが好きだけど、違うってどういうこと?
私はポーラの質問を不思議に思い、問いかけた。
「違うってどういうこと?」
「私は3年ほど前からお嬢様に仕えております。この3年間、お嬢様を見てきましたが、ここ最近で特に、お嬢様のロジェリオ卿に対する『好き』という感情は、恋愛対象に対する『好き』なのではないかと思ったのです」
――え? 私がロジェを恋愛対象として好き? ポーラは何を言っているのかしら?
私は冗談だろうと思いながら、ポーラに返した。
「ポーラったら、突然何を言い出すかと思えば、恋愛対象として好きですって? しかも、私がロジェを? 昔から一緒にいるのよ。そんなんじゃないわ」
「私はお嬢様に仕えてまだ3年程しか経っていません。なので、幼少期や、アーネスト殿下がご一緒だった時代の、ロジェリオ卿とお嬢様の関係性はあまりよく知りません」
確かに、ポーラは3年前にベルレアン家に来て、私の専属侍女になったから、私の幼少期や、アーネスト様も一緒にいた時代の関係性を知らない。
その点においては、確かにポーラの言う通りだ。
「……ですが、今のお嬢様の話を聞いていると、いくら仲が良いとはいえ、ただの幼馴染の話をしているとは思えません。それにロジェリオ卿の話をする時のお嬢様の表情は、まるで恋する乙女のようです」
「そんな、まさか……」
――ポーラの目には、私は恋する乙女として映っているなんて。
そんなの絶対にポーラの勘違いよ……勘違いでないと!
「お嬢様は一番お判りでしょうが、私は冗談でこのようなことは言いません。では、私の指摘が違うというのなら、いくつか質問させてください」
ポーラの気迫に圧倒された私は、質問を受けるしかなかった。
「まず、1つ目の質問です。お嬢様にとってロジェリオ卿は一言で表すと、どのような存在ですか?」
「兄のような存在よ」
――小さいころから一緒に育った幼馴染だから、もちろん兄みたいなものよ!
正直、聞くまでもないような質問ね。
ポーラの質問に、胸を張って答えた。
「それでは、2つ目の質問です。お嬢様には実兄のエヴァン様がいらっしゃいますが、エヴァン様のことは好きですか?」
「もちろん大好きよ!」
私は迷いなく答えた。
「お嬢様なら、そうお答えになると思いました。ここで3つ目の質問です。先ほど私が、『お嬢様はロジェリオ卿が大好きなのですね』と言ったとき、お嬢様は肯定していました。このロジェリオ卿に対する大好きと、エヴァン様に対する大好きは、同じ大好きなのでしょうか?」
このポーラの質問に、私の心臓がドクンと反応した。
確かに私は2人とも大好きだ。けれど、その「好き」の種類は何だか少し違う気がする。
この質問によって、私の心のパンドラの箱が開き始めた。