24話 条件
「ロジェ、念のために聞くけれど、本当にエイミー嬢のことをどう思っているの?」
本当は怖かったが、私は毅然とした態度に見えるようにロジェに聞いた。
「結論から言うと、仲の良い妹みたいな存在だと思っているよ。けど、こないだのことを考えると、妹みたいな存在っていう表現自体があまり良くないことなんだと気付いたよ」
そう言うと、口を覆うように両手を顔に持ってき、深く息を吐きだした。
そのロジェの様子は、本当にどうしたらいいか分からずに困っているということを物語っていた。
「そうね。私は、ロジェが他の侍女にも妹のような存在と言っているのなら、ここまで深刻に考えなかった。けれど、その特定の女性だけを妹のようだと言って気にかけているようだったから、恋仲という噂に惑ったわ。私は、あなたがエイミー嬢を妹のような存在と言うたびに、口には出さなかったけれど、他の女性と違って特別な存在と言われているようで、嫌な気持ちになった。友達と言われるならまだしも、妹のような存在というのは、少し一線を越えているような感覚がするから」
――今まで面倒くさい女と思われると思って言えなかったけれど、ようやく言えたわ!
はっきり言わないと、絶対に理解しないもの。
すると、ロジェは少し青ざめた顔になり、焦るように話しかけていきた。
「そんな、まさかリディという婚約者がいるのに、別の女性と浮気するわけないよ……! それに、本当に彼女とはそんな関係じゃないんだ! 僕にとって、エイミーではなく、リディが特別なんだよ!」
そう言うロジェの姿は、必死そのものだった。
「ロジェは私に婚約のときに、恋愛対象として見ることは出来なくても、人として好きと言ったこと覚えてる?」
私のその言葉を聞き、私とロジェを除いた両家の人間は、面食らった顔をしていた。
その一方で、ロジェは周りの人間の表情には目も向けずに答えた。
「ああ、覚えているよ」
「それなら話が早いわ。この人として好きっていうのは、妹のような存在と言うくらいだから、エイミー嬢も当てはまるわよね? それなのに、私の方が特別ってどういうことなの? 婚約者だから?」
そう言うと、ロジェは苦しそうな顔つきになって言った。
「婚約者という理由だけじゃないよ。リディは小さいころから一緒に過ごした仲じゃないか。それに、僕は婚約してから3か月間、リディとはただの友達としてではなく、婚約者としての仲も深めてきたつもりだ。その中で、僕のリディに対する気持ちにも、別の種類の愛情が芽生えてきたと思っている。だからこそ、特別なんだ!」
――確かに、この3か月で婚約者としての愛情を互いに育んできたとは思うわ。
けれど、ロジェが挙げる根拠だけじゃ、特別と主張するには少し物足りないと感じるだなんて、私の心が狭すぎるの?
自分で聞いておきながら、私はロジェの答えが納得のいく答えというには少し物足りなかったため、困惑してしまった。
すると、その気配を察したのか、お母様が話しだした。
「リディアとロジェリオ卿、2人に1つ質問をするから、嘘偽りなく、素直な気持ちを答えてくれる?」
「はい、お母様」
「はい、シアラ夫人」
私たちがそう答えると、お母様は質問を始めた。
「では。もう話が長引くのも馬鹿馬鹿しいから単刀直入に聞くけれど、2人は婚約を継続する意思はあるの?」
すると、ロジェは間髪を容れずに答えた。
「はい! もちろんです……! 婚約を継続する意志はあります」
――ロジェはどうして私と婚約する意志がこんなにも固いの?
私から好きになって始まった婚約だけれど、3か月の間で本当の意味での両想いに近づいていたってこと?
エイミー嬢のことは本気で恋愛対象として見ていなくて、私とのことだけを考えてくれているの?
もし本当にそうだとしたら、条件を付けて賭けてみようかしら……?
そんな風に考えていると、お母様が話しかけてきた。
「ロジェリオ卿に婚約を継続する意志があることは分かったけれど、リディアはどうなの?」
そうお母様に問われ、意を決して答えを出した。
「もし、ロジェが今後二度とこのような噂を出さないことと、浮気をしないこと、そして、エイミー嬢とは恋仲ではないと皆に証明できるのであれば、婚約を継続したいと思います」
そこまで答えて、ライブリー家の面々を見ると、皆今にも死にそうな顔をしていたが、ほっとした顔で涙ぐんでいた。
「そう。リディアは条件さえ守ることが出来るのであれば、婚約を継続するということでいいのね?」
そう言うと、ジュリアナ夫人が話しかけてきた。
「リディちゃん、息子に機会を与えてくれてありがとう……!」
そう言うジュリアナ夫人の目からは、涙が流れていた。
「……でも、どうして婚約継続の機会をくれたの?」
「私も私で、ロジェが無自覚だって分かっているのに、自分の気持ちや噂について、きちんと伝えなかったから、こんなことにまで発展してしまったという負い目が少しあるので……」
――それに、原因が誰に有ったとしても、貴族社会で生き抜くためには、スキャンダルが原因の婚約破棄は、避けたいところだわ。
そんな私の心情を知らないジュリアナ夫人は、感動したように話しかけてきた。
「まあまあ! リディちゃんには何の負い目もないわ! でも、本当に機会を与えてくれてありがとう」
ジュリアナ夫人は、何度も何度もそう言って感謝の言葉を述べてきた。
そのため言いづらくはあったが、私はもう一つ条件を付け加えた。
「私がロジェを好きになったことから始まった婚約です。ですが、いくらロジェのことを好きと言えど、私は自分が大事なので、これ以上傷つきたくはないのです。なので、もし今の条件が守れていないと判断したら、即刻、婚約破棄させていただきます」
すると、ジュリアナ夫人はうんうんと頷きながら、そのことを了承した。
けれど、私がこのことを一番理解してもらいたいのは、ジュリアナ夫人ではなくロジェだ。
そのため、私はロジェに話しかけた。
「ロジェ、私はあなたのことが好きだから、嫉妬もできていると思うの。でも私は、いつまでも嫉妬して苦しい思いをしたくない。だから、私があなたに未練があったとしても、この条件が守れなかったら、婚約は破棄する、それで良いわね?」
すると、ロジェは救いの光が差し伸べられたかのように私の方を見て言った。
「もちろん守るよ! 絶対に今度こそリディのことを傷つけないから!」
そう言って、私の手を掴んで続けた。
「すぐに婚約破棄されても仕方ないようなことだったのに、僕に機会をくれてありがとう!」
その表情は、先ほどまでの青ざめ焦りを帯びたものではなくなっていた。
すると、お父様が口を開いた。
「ロジェリオ卿。君はリディアの好意によって、首の皮一枚繋がっている状態だということを忘れないようにしてくれ。リディアを傷つけたら、次は無い」
「はい、ベルレアン卿」
「あと、先ほどから気になっていたのだが、エイミー・コールデン子爵令嬢のことをエイミーと呼ぶのはやめたまえ」
そう言われ、ロジェはハッとした表情になり言った。
「肝に銘じておきます」
お父様を見ると、ロジェの返事に無言で頷いていた。
すると、お父様とロジェの会話が終わるタイミングを見計らったかのように、突然ライブリー卿が話しかけてきた。
「リディア嬢、今回のことはうちの愚息がすまないことをした。その上でこんなことを言うのは申し訳ないが、何か言いたいことがあれば、今のうちにロジェリオに言ってやってくれないか」
――それなら、言っておこうかしら。
「今度、アーネスト様が帰ってくることになったのは知っているわね?」
「ああ、凱旋式の警備の打ち合わせで知ったよ」
「そのあとに、恐らく凱旋パーティーを兼ねた夜会が開かれるはずよ。そのときまでに、エイミー嬢と互いの関係性を、はっきりさせて頂戴。恋仲になるような関係ではないと。そのうえで、周囲の誤解を清算してもらいたいの」
――2人には恋仲疑惑が出ない関係性になってもらわないと、いくら、恋仲じゃないと言っても、誰も信じないはずだから。
そう言うと、ロジェは手を強く握りしめ、決意の表情で言った。
「分かった! 夜会までにきちんと関係性をはっきりして、今度こそリディを傷つけないよ!」
こうして、ベルレアン家とライブリー家の婚約に関する話は、条件付きで婚約継続という形で決着がついた。
このときの私は、最後にロジェにかけた言葉が、決定的に命運を分けることになるとは、露程も思っていなかった。
次回、ロジェリオ視点です。