21話 初めて彼女に出会った日 〈ロジェリオ視点〉
あれは、王女宮に配属される半月ほど前の、治安部隊にいた時のことだった。
僕はそのとき、治安部隊の5番隊隊長だった。
そのとき、部下からある情報が入ってきた。
「盗賊団が出没している?」
「はい、隊長! どうやらその盗賊団は民家に侵入したり、馬車を襲ったりして生計を立てているようです」
「被害の件数は?」
「最近の1週間だけで、既に10件は超えています。もちろんそれ以前から被害はあります」
「1週間で10件以上!? その地域担当の警邏隊は今まで何をしていたんだ?」
「盗賊団の人数が多く、とても警邏隊だけでは対応しきれないと……。そのため、応援要請がうちの隊に来たようです」
「そうか、ではすぐ見回りに行かないといけないな」
――盗賊団が出没情報か……。
早めに手を打っておかないと、甚大な被害が拡大しそうだ。
僕は5番隊を率いて、盗賊団の出没頻度が高いという、地方から都市に入ってくる森の中を巡回していた。
「ここは地方と都市の繋ぎ目な上、あまり人気のない森ですから、馬車襲いとしては最適の場所ですね」
「そうだな。だから、警邏隊の手に負えないくらい、盗賊団が蔓延ってしまったんだろう」
そのような話を部下としていると、突如馬の嘶きと、男性と女性の叫び声が聞こえてきた。
急いで声の聞こえたところに行くと、1つの馬車が盗賊団に囲まれていた。
――恐らく叫び声の主は、御者の男性と、その馬車に乗っている女性の声だな。
「おい! その馬車から離れるんだ!」
僕がそう言うと、盗賊団の長のように見える男が、にやにや笑いながら叫んだ。
「離れろって言われて、離れる馬鹿がどこにいるんだよ! お前ら、ここにいる奴ら全員やっちまえ!」
そういうや否や、盗賊団たちが襲い掛かってきた。
しかし、盗賊団たちは武術や体術が強いわけではなく、長を除きあっという間に、全員捕まった。
――交戦中に御者は避難できたようだな。
一方で、盗賊団の長の男はどこかに隠れた。
いったいどこに隠れたんだ!?
それに、女性も助け出さないと!
そう思い、周りをぐるりと見渡すと、馬車の中から出てきて逃げようとする女性を、長の男が人質に取り、言った。
「お、おい! 俺を見逃さないと、この女を殺すぞ!」
――どこまでも卑劣な男だ。
自分は直接手を出さずに、部下に戦わせ、挙句は女性を人質に逃げようとは。
「僕は、お前を逃がす気はない」
「じゃ、じゃあ、お前は俺がこの女をこ、殺しても良いっていうのか!?」
「殺していいわけないだろう」
「じゃあ俺を逃が――」
男は何かを言いかけたが、僕は速攻して長の機先を制し、女性を奪還した。
すると、部下たちがすぐさま長の男を取り囲み、捕らえた。
それを確認し、僕は助けた女性に話しかけた。
「大丈夫かい?」
「え、は、はい! あ、あのっ、この体勢はちょっと……恥ずかしいです」
「はっ! すっ、すまない!」
助けてから女性のことを抱きかかえたままだったため、すぐに下した。
「あのっ!」
「どうした?」
「助けていただきありがとうございました!」
そう言うと、その女性は明るい笑顔で僕に向かって笑いかけた。
――かわいらしい女の子だ。
何だか、少し昔のリディアのことを思い出すな。
「助けてくれた時、本当にかっこよかったです!」
「そう言われると、騎士冥利に尽きるよ」
そう言って微笑み返したが、ふと気が付いた。
「そう言えば、どこに行こうとしていたんだい? 馬車は壊れているようだから、途中まで送るよ」
「あっ! やっぱり馬車は壊れていたんですね……。実は、働きに出るために、王宮に行く途中だったんです」
「そうなのか! 僕らは王宮所属だから、行き先が一緒だな。それなら僕の馬に一緒に乗っていくといい」
「そんな、迷惑をおかけするのでは……」
「迷惑じゃないよ。それに襲撃された直後の人を保護するのも僕たちの役目だ」
「それでは、お言葉に甘えて……よろしくお願いします!」
「ああ」
そうして、僕らは一緒に王宮へ向かうことになった。
「馬に乗るんだ、寒くなるかもしれないから羽織っておくといい」
そう言って、僕は自分が来ていたマントを彼女に羽織らせた。
「っ! ありがとうございます!」
彼女はらんらんとした目で、僕を見ながら笑顔でお礼を言った。
そして、僕は彼女と一緒に馬に乗った。
「あの、騎士様……騎士様について教えていただけませんか? 助けてくれた人について知っておきたいのです」
「僕は、ロジェリオ・ライブリー。侯爵の息子だ。今は治安部隊5番隊隊長をしている。君は?」
「あっ! 人に聞いておいて、自分のことは言ってないなんて、失礼しました! 私は、エイミー・コールデン。子爵の娘です」
「エイミーか。かわいらしい名前だな」
「ありがとうござます」
彼女は照れるように笑った。
「エイミー嬢は僕よりも若く見えるけれど、何歳なんだい?」
「今年17歳になります」
「そうなのか。それにしても、17歳の貴族の御息女が侍女として働くなんて、これまたどうして……」
すると、彼女は先程のような満面の笑みでなく、少し寂し気な笑顔になり答えてくれた。
「実は、私の実家は貴族の家とは言っても、没落寸前なんです。私の家の領地は、不作が重なって、地方ということで人も年々減少しています。そのため、少しでも残ってくれている領地民のために、コールデン家の家計を削っているので、コールデン家の家計は火の車状態なのです」
――聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
こんなにも困っている状況だなんて……。
「でも、私が今年デビュタントの年となる17歳になるので、王宮に出稼ぎに来ることになったんです! 王宮はお給料がいいですから、少しでもコールデン家を助けられます! なので、盗賊団から助けてくれた治安部隊の方には感謝してもしきれません。助けていただき本当にありがとうございます」
――そんな事情があって働きに出たんだな。
領主としての役目を果たす家族を助けるために、出稼ぎに来るとは、なんて良い子なんだ。
もし王宮で見かけることがあったら、気にかけてあげよう。
「騎士として、人を助けるのは当然のことだよ。もし、王宮で会うことがあったら気軽に声をかけてくれ」
「はい! ありがとうございます!」
これが、僕と、エイミー・コールデンの初対面となった。
その後、半月後に王女宮に配属されたところ、王女宮で侍女として働いている彼女を見つけた。
そして、彼女は僕を見つけると話しかけてくれ、マントを返しに来てくれた。
そこから、僕と彼女はよく話し合う関係になり、妹のように目にかけるようになった。
そして、彼女とはそれなりに親交を深め、エイミー、ロジェ様と呼び合うくらいまでには仲良くなった。
それが、こんなことになるなんて……。