20話 初めて自覚した噂
――ついに言ってしまったのね。
ウィルの質問を聞き、私は反射的にロジェとエイミー嬢の方を見た。
すると、2人とも本当に何のことか分からないように、きょとんとした顔をしていた。
「ウィル、僕たちの噂っていったいどんな噂だ?」
ロジェがウィルにそう問いかけた後、ウィルは答えた。
「兄様が王女宮の侍女と恋仲だっていう噂だよ! そして、その恋仲と言われている王女宮の侍女は、その横にいる女のことだよ!」
このウィルの発言に、ロジェとエイミー嬢はひどく驚いた顔をした。
そして、必死に弁明を始めた。
「僕たちは一切、そんな恋仲なんて関係じゃないよ!」
「……っそうです! 私たちはお友達ではありますけど、決して恋仲ではありません! 本当にただの仲の良い同僚でお友達の関係ですっ!」
2人とも何度も何度も必死に弁明をしているが、ジュエリーショップから一緒に出てきて、果たして誰がただの同僚や、友達だと思えるのだろうか。
――それに邪推かもしれないけれど、ロジェが恋仲じゃないと言ったとき、一瞬エイミー嬢は傷ついたような顔をしていたように感じたわ。
ウィルの発言以降、必死に続く弁明を聞き、私は思い切って2人に質問をした。
「あなたたちは先程から、同僚と言ったり、友達と言ったりしているけれど、本当にそんな関係だというのなら、なぜ2人でジュエリーショップに来ていたの?」
「それは――」
「リディア嬢のためです!」
ロジェが言いかけた言葉を遮り、エイミー嬢が話し出した。
「私のため? どういうこと?」
「本当はサプライズにする予定だったので言いませんでしたが、ロジェ様がリディア嬢と婚約して100日が経つから、その記念に指輪を買うというので、そのお手伝いで一緒に店に来たのです! ……だから先程、一緒に来ていないふりをしました。サプライズがばれると思って……」
――まあ、エイミー嬢がロジェと一緒にいたわけじゃないふりをした理由は分かったわ。
これが本当のことだとして、どうして恋敵の女が一緒に決めたプレゼントを喜ぶと思うのよ。
もし一緒に選んだことを知らなかったとしても、しばらく経ったら絶対に知ることになったはずよ。
私は、婚約の記念日にプレゼントを用意してくれた事実と、そのプレゼントを恋敵と買いに行ったという2つの事実に葛藤していた。
すると、ウィルが口を開いた。
「もしそれが本当なら、兄様はこの女じゃなくて、僕やお母様を誘って選べばよかったじゃないか!」
私もその通りだと思う。
それに、ロジェが選んでくれたものなら何でも良いくらいの気持ちだった。
ウィルのこの言い分に、ロジェは口を開いた。
「本当は1人で買いに来るつもりで街を歩いていたんだよ。そしたら、王女宮のお使いの仕事で街に来ていたエイミーに偶然会って、その流れで選ぶのを手伝ってもらうってことになって、一緒に来ることになったんだよ」
私はわざわざ計画して一緒に来たわけではないことに安心したものの、それでも嫌な気持ちは消えない。
「私はロジェがくれるものならどんなものでも良かったのよ」
「リディ……ごめんね。僕は自分のセンスに自信がなかったから、リディならどれで喜んでくれるだろうけど、どうせならリディに似合うものを付けてもらいたかったんだ。だからリディと会ったことがある同年代の女の子なら、リディに似合って好きそうなものが選べると思ったんだよ」
――その、似合うものを選んであげようという気持ちは、すごく嬉しい。
けれど、最悪の初対面だった人に選ぶ手伝いをしてもらいたくはないわ。
私って、狭量な人間なのかしら?
そう思っていると、エイミー嬢が口を開いた。
「どうして先程から、リディア嬢はロジェ様の頑張りを認めてあげようとしないんですか? こないだカフェで借りたハンカチのお礼として、今日のプレゼント選びのことを偶然知ったから、その助力になれればと、私からロジェ様に頼み込んで、付き添わせてもらったんです! ロジェ様のことを責めないであげてください!」
そのエイミー嬢の一言一言が、私の心を締め上げていく。
――まるで、私の方が悪者みたいじゃないの!?
どうして、よりによってエイミー嬢にこんなことを言われないといけないの!?
「ちょっと、エイミー嬢。あなた――」
「……ぉぃ、おいっ!」
怒りの言葉を言いかけた私の声を、ウィルの怒声が遮った。
「あんた……リディ様を虚仮にするのも大概にしろよっ! 何様で偉そうにリディ様に説教垂れてるんだよ! それに、さっきから何度も気になっていたけど、ロジェ様ロジェ様って、どうして愛称で呼んでるんだ。それはもうただの同僚じゃないだろ!?」
「そ、それは。ちょっと興奮してしまって……」
ウィルに怒鳴られたエイミー嬢は、気まずそうにウィルから目を逸らした。
一気に言い切ったウィルは荒く息を吐きながら、エイミー嬢を睨んでいた。
一方で、ウィルの様子を見て逆に冷静になれた私は、エイミー嬢に話しかけた。
「エイミー嬢、私は全知全能の人間ではないの。だから、いくらロジェが私のプレゼントをエイミー嬢と選んでいたとしても、そのことを知らない人間から見れば、恋仲と噂されている2人が、一緒にデートしている風にしか見えないの」
そこまでを言うと、ロジェがハッとした顔をした。
一方で、エイミー嬢は居た堪れないといった顔になった。
「そして、そのことはロジェの婚約者である私にとって、とても不名誉なことよ。あなたも、貴族の令嬢だから分かるでしょう? それに、私は形だけの結婚ではなくて、ロジェのことが好きで結んだ婚約なの。今まで言わなかったけれど、あなたとロジェの噂で、ここ数日私はひどく心を悩ませたわ。それなのに、エイミー嬢がそのような発言をするのなら、こちらもこちらでそれなりの対応をさせてもらうわ」
――これ以上言っても、お互いに嫌な気持ちになるだけね。
そう思っていると、ロジェが口を開いた。
「僕はそんな噂が広がっているなんて全く知らなくて……。リディには相当嫌な思いをさせたよね、ごめん。でも、エイミーとは恋仲ではないよ。これだけは分かってもらいたいんだ」
――エイミー嬢の前でこれだけ断言しきるということは、本当に恋仲ではないようね。
ウィルをふと見ると、今度はロジェを睨んでいた。
「恋仲でもないなら、どうして馴れ馴れしく接するのを許しているんだよ」
「それは妹みたいな――」
「前まではリディ様のことを妹みたいって言っていたのに、婚約したら別の妹かよ。本当の弟がいるのに、妹みたいな、とか言うな!」
「ごめん……」
「ごめんは僕じゃなくて、リディ様に言えよ!」
そう言いながら、ウィルは泣いていた。
そして、そのウィルを見てロジェはひどく痛ましげな顔をしていた。
エイミー嬢は先程から黙ったままだ。
「もういい! 今までのことは全部お母様に報告する。今日はどれだけ話をしても意味がなさそうだ。リディ様帰ろう。僕がちゃんとポーラさんに説明するから」
そう言うと、ウィルは私の手を引っ張って馬車まで連れて行った。
その際、私は後ろを振り返りロジェとエイミー嬢を見たが、2人とも茫然としてその場に佇んでいるだけだった。
そして、家まで送り届けられた私は、疲れすぎたのか、自室に戻ると倒れるように眠り込んだ。
次回、初のロジェリオ視点です。