19話 最悪の遭遇
「どうしてロジェが……」
「どうして兄様が……?」
ウィルと声が被った。
そしてすかさず、ウィルが話しかけてきた。
「リディ様、あの横の女知ってる?」
「……ええ、あの方が例の噂の女性、エイミー・コールデン子爵令嬢よ」
――絶対にウィルには2人が一緒の場面を見せたくなかったのに……。
しかも、よりにもよってこんな店から2人で出てくるなんて。
戦慄した空気の私やウィルに反し、2人はこちらに気付いていないため、楽しそうに話しているようだ。
「リディ様、早速だけど約束破る。ごめんね」
「え、ちょっ……ウィルっ!!!!!! 待ちなさいっ!」
私は強めにウィルを制止したが、ウィルはそれを聞き入れず、猛スピードでロジェの方に走り出し、いきなりロジェを路地裏に引きずり込んで、その横っ面を思い切り殴った。
ウィルが走り出したため、私は慌ててウィルを追いかけた。
そして、私がその場に追いつきかけた時、殴られて座り込み、放心状態になっているロジェにウィルが叫んでいる声が聞こえた。
「僕はあんたのことが許せない! 噂を聞いても、誤解であって本当のことじゃないと思っていたのに! 最低だっ!!!!!!」
すると、横にいたエイミー嬢が口を開いた。
「あなたいったい誰なんですか!? ロジェ様にいきなり殴りかかるなんて……。あなたの方が最低です!」
ウィルにそう言ったあと、ロジェに話しかけだした。
「ロジェ様、大丈夫ですか!? 血が出てるわ! 早く治療しないとっ……!」
そう言って、カバンからハンカチを出すために一瞬振り返った。
そして、追いついた私と目が合った。
「あ、ああ、リディア嬢。な……何でここに? こ、こんなところでどうされたのですか?」
「それは私の方が聞きたいわ。あなたたちこそ、何で一緒にここにいるのかしら?」
いきなり殴ったことは悪いにせよ、ウィルの気持ちが分かる分、ウィルに最低だと抜かしたエイミー嬢が許せなかった私はきつめに質問した。
「こ、この人がいきなりロジェ様に殴りかかったのを偶然見かけたから、そ、その……ロジェ様の看護をしようと……」
そんな嘘を平然と抜かすエイミー嬢に、私は大いに呆れた。
そして、このエイミー嬢の答えはウィルにとって火に油を注ぐ答えだった。
「お前、嘘ついてんじゃねーよ! こっちは2人が店から出てくるのを見てたんだよ! そうだよね、リディ様」
その一言で、エイミー嬢は私とウィルが一緒にいたということに気付いたらしい。
「え……お2人はお知り合いなんですか? ロジェ様とも?」
「ええ」
「じゃあ先程まで、リディア嬢はこの殴りかかってきた人と2人で一緒にいたんですか?」
「ええ、そうよ。だからって、それがあなたに何か関係することかしら?」
苛立ちのあまり、どんどんきつく当たってしまう。
すると、エイミー嬢はとんでもないことを言い出した。
「関係あります! だってロジェ様は私の友人なんですよ? まさか、リディア嬢がロジェ様という素敵な婚約者がいながら、ロジェ様と共通の知り合いである方と、白昼堂々と浮気しているだなんて思っても見ませんでしたわ! 私は、リディア嬢はそんなことをする人じゃないと思っていたのに! 私はあなたよりも身分が下ですが、ロジェ様の親友として言わせていただきます。リディア嬢、あなたがしていることは最低なことです!」
――何を言っているのかしら? ついに頭が沸いたの?
あなたの方がどう考えても最低じゃないっ……!
あまりにも腹が立ちすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
しかし、私よりもウィルがの方が先に口を開いた。
「黙って聞いてりゃ、適当抜かしてんじゃねーよ!!!!! 浮気だって? リディ様は婚約者の弟と浮気するような方じゃないぞ! お前は僕たちのことを、馬鹿にしているのか!?」
そのウィルの怒声と内容にひどく驚いた様子で、エイミー嬢が話しかけてきた。
「え? この方は、ロジェ様の弟君なのですか……?」
その声からは、驚きがにじみ出ていた。
私が、肯定の意を告げようとするとロジェがスッと立ち上がり、私に喋らないよう手で合図を出した。
そして、殴られた拍子に口の中が切れたのか、胸元から自身のハンカチを取り出し、それに血を吐き出した後、告げた。
「エイミー、この子は本当に僕の弟だよ。それに、リディと浮気なんて絶対するような男じゃない。リディは僕の婚約者だからね。それに、リディも浮気をするような子じゃない」
意外だった。
――エイミー嬢の前で、私が婚約者ということを敢えて言うなんて、本当に恋仲じゃないの?
では、なぜ2人は一緒にいたの?
私は頭の中がどんどん混乱してきた。
エイミー嬢が気になり、そちらを見ると、エイミー嬢は申し訳なさそうな顔でウィルを見て、ウィルに話しかけだした。
「……弟さんだったんですね。でも、いきなり殴りかかるなんて間違っていると思いますっ! どうしてお兄様にいきなり殴りかかったんですか!?」
――散々失礼なことを言っていたくせに、謝罪もせず、よくウィルにそんなことが言えるわね!
「エイミー嬢、あなたはウィルにそんなことを言える立場じゃないでしょう」
「……っ確かに私の方が家格は下ですが、こんな理不尽な暴力は兄弟同士であっても、やめるよう言うべきです!」
――エイミー嬢、そういうことではないのよ……。
本当に自分のことを客観的に見ることが出来ない人なのね。
私がエイミー嬢に呆れていると、ロジェが口を開いた。
「エイミー、僕は多分ウィルを怒らせるようなことをしてしまったんだ。普段はこんなことをするような子じゃない。ウィルを責めないでやってくれ」
「……っでも、事実ロジェ様は弟君に殴られて怪我をしているじゃないですか」
そう言うと、エイミーはウィルに向き直り言った。
「弟さん、ロジェ様は優しいからあなたに怒っていないようですが、きちんとロジェ様に謝ってください。それに、自分のお兄様に向かってあんただなんて、いくら何でも失礼ですっ!」
――確かに殴ったり、口が悪くなったりしているウィルも悪いけれど、エイミー嬢にそんなことを言う権限はないわ!
エイミー嬢の発言に驚いた私は、咄嗟にウィルに声をかけた。
「ウィル、確かにあなたが殴ったり、口が悪くなったりしたのは良くないことだけれど、エイミー嬢の指示で謝ることは無いわ」
「分かってるよ、リディ様。それより、僕はリディ様の方が心配だよ。だって、このなかで一番傷ついているのは兄様じゃない、リディ様だ」
私は、ウィルのその言葉に胸が詰まった。
――自分の苛立ちを抑えて冷静になり、私の心配をしてくれるなんて。
そう思っていると、ウィルは私に続けた。
「もうこれ以上リディ様に嫌な思いをしてもらいたくないんだ。だから、リディ様は止めるかもしれないけれど、僕は2人に言うね。僕のこと責めてくれてもいいから」
「え? ウィル! 何を言うの?」
この私の質問に、ウィルは私を安心させるかのように、寂し気な微笑みを返した。
そして、真剣な顔になりロジェとエイミー嬢に向き直って言った。
「なあ、あんたたちは今流れている自分たちの噂について知っているか?」
ついに、ウィルが噂についての口火を切った。
ちなみに、ウィルは15歳ですが見た目年齢が高いため、浮気相手と間違われました。